第52話 焦り

「急げ!」

「早く! こっちに集まって!!!」


 アレンもレミリアも大慌てだった。


 急に結界が崩壊したのだ。彼らは結界から離れた場所にいたが、それなりに魔術の修行を積んでいたので、この国の空気が急な変容に気がついた。禍々しい気配がどんどんと自分達に近づいているのがわかった。

 

 それは魔物に襲われている一団を助けている最中だった。いつも通り、飛竜達が魔物を追いかけまわし、その間に逃げ惑う人たちを保護した。怪我をしている者には治療魔法をかけ、荷馬車が壊れていればそれを修理する。たまにレミリアのことを知っている人がいて、深く感謝された。


あんなこと冤罪があったのにこの国の人間を見捨てないでくださって感謝いたします……」

「そんな……あれは貴方達がやったことではないでしょう」


(それに私、泣き寝入りするつもりはないし)


 急にアレンの飛竜が大きく鳴き声を上げた。同時に、アレンとレミリアは結界の崩壊を認識したのだ。


「ヴォーーーー!!!」


 地鳴りと共に、大量の魔物の影が迫ってきているのが見えた。飛竜がいてもお構いなしに突っ込んでくる。急いでばらけていた人を一カ所に集め、レミリアとアレン、2人で強固な防御魔術で周囲を囲った。

 魔物達はそれにぶつかりながらもお構いなしに王都を目指して進んでいく。目を見開き、口から涎をたらし、我先にと走っていった。そしてそれがしばらく続いた。小さく震える子どもの肩を、アレンがそっとさすっていた。


「終わったみたいね……」


 石畳だったはずの地面が捲れ上がって、土がむき出しになっている。


「王都へは行かないほうがいい。少しかかるが辺境領へ行くことを勧める」

「そういたします……」


 誰が見てもあの数の魔物が王都へ入ればただでは済まないことがわかった。


「帝国の兵は大丈夫かしら」

「……いや、ダメだろう。俺達も急ごう」


 ヨルムの言った通り、魔物の王都侵攻スタンピードが始まった。王国崩壊が本格的なものになってしまった。


「レミリア」

「なに?」

「絶対にリュークから離れるなよ」


 こんな真面目なアレンの顔をレミリアは初めて見た。それだけ危険な事なのだと改めて認識した。頭の隅に薄ら隠れていた『恐怖』という感情が顔を出そうとしていた。


「ふーーー」


 ゆっくり息を吐き出してその恐怖をまた頭の隅に追いやろうとする。


「怖くていいんだレミリア。その恐怖が身を助けることもあるんだから」


 そう言って、レミリアの肩を抱く。アレンの腕の暖かさで安心感が湧いてくる。


「アレンもね」


 アレンの手にレミリアは手を重ねた。ギュッと強く握りしめる。


「はぁ~お前も逃げるって選択肢消しちゃうタイプだからなぁ~俺は心配だよ」


 珍しく少し照れたように顔を逸らし、いつもの調子に戻った。


「さぁ行くぞ! 師匠のところに!」



 結界の完全崩壊はすぐに国中に知れ渡ることになった。王都は逃げ惑う人々で大混乱している。


「王立学園を解放しろ」


 アルベルトの指示で休校状態だったレミリア達の母校が避難所として解放された。帝国の兵士達がスムーズに避難誘導を行い、王国の兵士達は魔物を迎え撃つため王都の城門周辺へ集まっていた。


「……ユリアは?」


 王太子はつい先程、自分の婚約者が父親を殺そうとしていたことを知った。

 その治癒師は簡単な拷問でベラベラと全てを話したのだ。コイツが牢へ入れた横領犯を殺し、治癒魔法と称して呪いをかけ、カイルを地下牢へぶち込み、騎士団長を脅して魔物の森へ行かせないようにした。金と、ユリアの身体目当てで。


 アルベルトはその想像だけで何度も吐きそうになりながらも、必死に耐えていた。今はそれどころではない。これは自分が招いた事態だという自覚があった。


(俺が彼女を招き入れたんだ……)


「わかりません……教会内から消えたそうです」


 そうしてアルベルトの世界が壊れていった。


「それから……地下牢にカイル殿はいませんでした」

「まさか!」

「いえ、現騎士団長の遺体がありましたので……ご自身で逃げ出したのかと……」

「あいつも関わっていたのか!」


 人を見る目のない自分に、アルベルトは肩を落とさずにはいられなかった。


(くそっ! くそっ! どうしてこんなことに!)


 愛する人と2人、この国ををより良くするイメージでいっぱいだった。きっとユリアは国中から愛される聖女であり王妃に、自分には尊敬と親愛の眼差しがたくさん向けられると思っていた。


 だが現実は違った。2人を祝福したのは、同じくユリアを愛した友人達だけだった。


(ユリア……)


 真実の愛で結ばれたはずの女性は今彼の側にはいない。辛い時に側で手を握ってくれる人はアルベルト自ら追い払ってしまっていた。


「陛下にこの席をお返ししようと思う」

「そんな!」


 アルベルトの側近は彼が放棄して逃げるのだと非難の声色だ。国の滅亡を前に王座から退くなんて。だが、アルベルトはゾッとそるような笑みを浮かべていた。


「ユリアとカイルを探す」


 その言葉を最後に、彼は二度と王の椅子に座ることはなかった。

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