第51話 祈り

 ユリアは最後に祈ったのがいつかも忘れていた。毎日祈りの間に入りはするが、壁際に座って時間が過ぎるのを待つだけだった。


(大賢者様来るの遅すぎ~)


 大賢者とその弟子レミリアが、王都へ向かっていると言う連絡をうけて2日経っていた。道中魔物を倒したり、襲われた人を助けたりして時間がかかっているとも。


(まあそう言う困ってる人をほっとけない所が好きなんだけどぉ)


 ふふふ、と笑みが溢れている。彼女とアレンはほとんどと言っていいほど接点はない。帝国で短時間、王国の屋上で一瞬顔を合わせたくらいだ。だか彼のスペックを見たらもう、欲しくて欲しくてたまらなくなった。


(王国を守った隣国の大賢者と王太子の婚約者だった聖女か~ビックカップルすぎるかな?)


 もはや聖女の仕事もしていないのに彼女の妄想は止まらない。


(これこそ真実の愛に相応しいわ! 大賢者が隣国から愛する聖女を助けにくるの……それで聖女は心動かされ、国民1人守れない王太子じゃなくって大賢者に心惹かれてしまう……)


 うっとりと勇ましい大賢者の姿を想像するのだった。以前は同じポジションにアルベルトがいたのだが、今ではもう愚鈍な王子役に過ぎない。レミリアと同じ、真実の愛の障害物扱いだ。


(結婚式は帝都にしよう! たくさんの花を地面に散りばめて……大賢者ならそれくらいできるわよね?)


 ゴーン………


(それから王都の広いお屋敷で、たまにパーティを開くの!……大賢者の妻のパーティなら皆参加したくてたまらないはずね! 世界中から羨ましがられるわ)


 ゴーン……


(あの人の隣に立つのはこの世界のヒロインである私以外ありえないでしょ! ふふ……美男美女の大賢者夫妻って話題になるわ!)


 ゴーン…


「なに? なんか鳴ってる?」


 ゴーン


 それは足元から聞こえてきた。最初は小さかったが、どんどん音量が大きくなっている。


 パリンッ!


 耳元でガラスが割れる音が聞こえた。そして先ほどの音はしなくなった。


「なんだったの?」


 少し疑問を抱きはしたが、そのまま祈りの間を出る。扉の外には暗い顔をした衛兵がおり、ユリアに付き従って彼女の部屋まで送り届けた。自分たちの仕事に疑問を抱きながら。


(今日は気分がいいわ。きっともうすぐ彼に会えるからね)


 ユリアはお茶を楽しんでいた。目の前にはケーキも置かれてある。別に食べたかったわけではない。市民はもう甘いものなんて食べることは出来ないのに、自分は特別な人間だからこれを食べられると思うと気持ちがよかった。


「聖女様!!!」


 ノックもせずに侍女が駆け込んできた。


「なんなのあんた! 礼儀ってもんがわかってないみたいね!?」

「聖女様! 結界が……結界が崩壊しました!!!」


(やった! やったわ! ついに!!!)


 ユリアはこの日のことを考えていた。


「なんですって! こんなに毎日祈りを捧げているというのに!!!」


 白々しく驚いたフリをするのだった。

 祈りの間のことは聖女以外の人間には全くわからない。彼女が本当に祈っているのかいないのか、確かめる術は誰にもなかった。


「魔物が……魔物が王都に迫っています……!」

「それは今に始まったことじゃないでしょ」

「違います! 他のものには目もくれず、王都めがけて一心不乱に走ってきているそうです!」

「はあ!?」


 魔物達は何かに引き寄せられるかのように王都へ向かって走っていた。もう道中の人間を食べることも忘れていた。ただ、ただひたすらに走り続けていた。


「どうにかしなさいよ!!!」


(大賢者様! 早く私を助けに来てよ!)


 久しぶりにユリアは強く祈ったのだった。



 その少し前、国王と宰相は久しぶりに長く言葉を交わしていた。


「陛下、あのような者の存在に気が付かず……申し訳ございませんでした」

「いやいい。治癒魔法を受けている私がわからなかったのだ。周りが気付くのは難しいだろう」


 結界が完全崩壊する少し前だ。ついに王の体調が回復へ向かい始めた。宰相は久しぶりに顔色の良い国王をみて心底安心していた。

 ユリアと手を組んでいた治癒師がついに捕まったのだ。帝国の治癒師は優秀で、ギルバート王が治癒魔法と称した呪いをほんの少しつずつ受けていたことを直ぐに見抜いた。この呪いの魔術を受けたものは、ゆっくりと弱っていき死んでしまう。毒と違って証拠も残りにくいのでただの衰弱死と間違われることもあるのだ。


「暗殺方法の1つなので、帝国では常にその可能性を考えながら治癒魔法を使うのです」

「……助かった。感謝申し上げる」

「ある意味王国は今までとても安全な場所だったと言うことだと思いますよ」


 帝国の治癒師は、宰相に気を使って答えた。今まで国王の暗殺など、強く注意する必要がないほどこの国は平和だった。


「例の治癒師は何と言っている」

「……聖女にそそのかされたと」

「また聖女か」


 以前、帝国へ支払うはずの金を横領した家臣も聖女の名前を出していた。


「千年もの間に、このような聖女が出てきたのは聞いたことがありません」

「大神官を呼べ。……それからアルベルトも。対策を立てるぞ」

「承知しました」


 王が結界崩壊の知らせを聞いたのは、この後すぐのことだった。

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