第49話 飛竜

 辺境領では無事に結界の代わりになる防御魔術を張り終えることができた。周辺からかなりの人数が辺境伯を頼って逃げてきたので、それなりの広さを必要としたが、大賢者とその弟子のファンからの貢物魔石が潤沢にあったおかげで、どうにか防御都市と呼べる空間を作り上げることができた。


「これでひとまず安心だな」

「本当に感謝申し上げます」


 辺境伯と歳の離れた弟が、膝をつき頭を下げた。弟の方は目に涙を溜めている。やっと領民達を守る術ができ安心したのだ。


「しばらくは大丈夫だろうから、今のうちに体制を整えることをオススメするよ」


 レミリアとアレンが防御魔法の壁を一生懸命作り上げてる最中、飛竜達が近くの森で多くの魔物を捉えていた。


「美味しい燻製肉をたくさん作っておきますわい!」


 そうして辺境伯はガハハといつもの笑い声を上げたのだった。

 辺境領では魔物を食べる文化があった。魔物の肉の臭みを抜く技術もあり、またそれを保存する術も持ち合わせていた。

 これで一安心、そんな空気が流れ始めた頃、突然、ボン! という爆発音が鳴り響く。


「て、敵襲ー!!!」


 慌てふためく見張り番達の叫び声だ。


(あの防御魔法が破られた!?)


 アレンもレミリアも急いで口笛を吹き飛竜達を呼び寄せた。並みの魔物じゃあの防御魔法に傷をつけることすらできない。それを破壊できるということは、飛竜並みに力を持つ上位の魔物以外ありえなかった。


 急いで音の出所に向かうと、バリバリと敗れた防御魔法を腕を組んで見ているジークボルトが立っていた。


(……先生!?)


 しかしレミリアは違和感を覚えた。姿はそっくりだが、どうも雰囲気が違うのだ。遠くからでもそう感じるほど、ジークボルトとは別のオーラを感じた。

 隣に立つアレンが少しホッとした顔で、だがやれやれと額を抑えている。


「大丈夫だ」


 少し微笑んでレミリアを安心させようとしているのがわかった。それからフロイドが口をあんぐりと開けていたので、そっと顎を上に押し上げていた。


「すまない皆。私の知り合いだ。防御魔法はすぐに直す」

「ふん! こんなのモノのどこが防御魔法だ」

 

 不遜な態度のジークボルトの姿をしたナニカが、ブツブツと文句を吐きながらアレンの方へ近づいた。


「全くお前は! こんなくだらんことに時間を使うな!」

「まあそう言うなよ。俺が好きでしてるんだから」


 アレンも苦笑いしながらその男に近づく。


「紹介する。これ、大賢者の飛竜、ヨルムだ」

「へ?」


 飛竜と呼ばれたジークボルトは偉そうに腕を組みなおした。


「コイツが新しい窓口で、コッチが新しい弟子か」


 値踏みするようにしげしげと見つめ、


「悪くないな。流石大賢者様」


 アレンではなく、本物の自分の主人を恥ずかしげもなく褒め始めた。


「やはり見る目は本物だ。大賢者にわからぬことなどないのだろう。いやはや素晴らしいの一言に尽きる」


 自分の言葉に納得するようにウンウンと頷いていた。


「そんでお前は何しにきたんだよ」

「む! なんだその態度は! 私は手伝いに行くよう言われたのだ!」


 どうやら大賢者ジークボルトはマリロイド王国で何が起こっているのか把握しているようだった。


「……何かあるんだな」

「そうだ。まだこれから何かが起こるぞ」

「結界の完全な崩壊?」

「そんなモノは序の口だろう」


 実際、結界はもう機能していないと言っていい。入れるところから魔物はじゃんじゃんと入ってきている。王国はいい餌場だと認識されていた。


「私がここにいてやろう」


 ちょうどその時、飛竜達が上空からやってきた。


「リューク!?」


 レミリアはリュークがこれほど警戒している姿を初めてみた。レミリアの盾になろうと急いで彼女の前に来て牙を剥き出しにして威嚇する。

 だがアレンの飛竜は偽ジークボルトに頭を擦り付けていた。


「うんうん。なかなかいい関係が築けているようだな」


 満足そうに微笑む姿は、ジークボルトの笑顔とまた違った。


「あの、その、飛竜って……人の姿になれるのね」


 リュークをなだめながら、恐る恐る、確認するように尋ねる。


(この飛竜、アレンが前におっかない、っていってたやつよね……)


「なんだ聞いてないのか!」


 そう言ってアレンの方を向き直した。兄弟子として何を教えているのだと言いたげな目を向ける。


「お前、なかなか帰ってこねぇんだもん」

「主人の命があったのだ! しかたなかろう!」


 そうしてレミリアとリュークの方へ向き直った。


「まあ千年も生きれば体の形くらい変えられる。それが我々という種族だ」


 得意気に答えた。


「じゃあこの子はまだ無理ねぇ」

「当たり前だ! まだ生まれたてではないか!」


(さっきまで魔物追いかけまわしてたんだけど……)


 千年以上生きている竜から見ればまだまだ赤ん坊のように見えるらしかった。そうしてゆっくりリュークに近づくと、そっと首元を撫でた。


「うんうん。いい子だな」


 リュークはまだ少し緊張していたが、ヨルムが敵ではないと理解したらしく大人しくなった。


「それで、ヨルムがここにいるって話だが」


 アレンが途中になっていた話を戻した。


「ああ。お前達人間はすぐに死ぬからな。私がここにいれば魔物も近寄ってはこれまい」


 自信満々に宣言する。


「別にそれは俺達の飛竜でも同じだろ」

「む! 失礼だな! 赤子と大人を一緒にするな!」


 小物と一緒にされて不愉快だと言うばかりに口をへの字にした。


「結界が崩壊したらすぐにでも魔物の王都侵攻スタンピードが始まるぞ」


 そうして真面目な顔へと変わった。


「今までのものとは全くの別種と思っていい」


 それはこの王国の崩壊宣言と同じだった。 

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