第35話 兄弟子
聖女が地団駄を踏みながら戻った後、国賓との約束を破ったことに対してその場にいた全員が深く頭を下げていた。
まだ笑い続けていたアレンは、
「気にしないでくれ。この中にこの場所を教えた者はいないだろうし」
と、すぐに頭を上げさせた。
彼らは切実な思いで今回の魔道具に期待していた。使用方法を学ぶために、わざわざ領主や上に立つ者が来る必要はない。なのにそうしたのは大賢者と面識を持つ為、それからすでにこの国を信じられなくなっているからだ。自分の手で魔道具を持って帰らなければ安心できなかった。そのためにトップやそれに連なる者が出てきていたのだ。
だから大賢者の機嫌を損ねていないことに安心していた。
「辺境伯、領地は大丈夫なのですか?」
レミリアが1番驚いたのはこの辺境伯の参加だった。彼を王都で見ることは少ない。ユリアの前の聖女の時ですら、彼の領地ではごくたまに魔物の侵入があったからだ。
「優秀な弟が頑張ってくれております。なので私は水不足の対策に力を入れられるのです」
強面だがとても領民思いの優しい領主だった。
「もしお嫌でなければ少しの間私の飛竜をそちらへ行かせましょうか?」
竜種は魔物の中で最上位に当たる存在だ。魔物すら恐れるので、竜がいる場所には他の魔物が寄ってこない。
辺境伯の領地ではすでに聖女の結界に期待するのをやめ、急いで壁の増設や補強をおこなっていると言う話だった。だが次から次に結界の外から魔物がやって来てなかなか進まない。
「そ、そのようなことまでしていただいてよろしいのでしょうか……!」
辺境伯はいたく感動していた。今はどこの領も余裕がなく、誰の助けも借りられないでいたのだ。
「明日には魔道具が届きます。辺境伯の領地へは最後に伺う予定でしたしそのまましばらくいさせましょう」
「ありがとうございます!」
レミリア達は魔道具が設置された後、全て動くのを確認して帰る予定だった。各領地に1つずつ渡すので、全部回るのにそれなりに時間を要する。なのでアレンとは二手に分かれて、最後に辺境伯領で落ち合うことにした。
「じゃあ今日が王都観光できるラストチャンスだな!」
アレンはそう言って渋るレミリアを連れ出した。
「どんな顔して歩けばいいの~」
「この顔を隣に並べて歩けるんだぞ! 自慢顔しろよ」
アレンは楽しそうだ。護衛の話も断り、服も地味なものに着替えて一般人のように振る舞って街に出た。
「あっちじゃジークボルトだからな~」
「なるほど」
まだマリロイド王国では大賢者の顔を知る者は少数だ。彼が自由に出歩くには王国の環境は悪くない。
「なんか……思ったより閑散としてるな」
「不景気ね……」
レミリアはショックを受けていた。あの華やかで人々が晴れやかに歩いていた王都の街ではなくなっていた。人通りは少なく、どの商店も開いているのか開いていないのかわからなかった。
(どうせならアレンにこの王国のおすすめスポットを見せたかったのに)
「……んじゃあちょっと景気の助けになりに行くか!」
そう言ってすぐ近くにあった宝石商へと入っていった。最初はアレンの身なりを見て眉をひそめた店主だったが、後に続いて入って来たレミリアの顔を見て目を見開いた。
「こ! これはこれは! レミリア様……ようこそお越しくださいました!」
「あら、ここ貴方の店だったの」
「知り合いか?」
「我が家によく来てくれてたの。珍しい石が多くって見てるだけで楽しかったわ」
「お! じゃあ魔石関係があればみたいんだが」
「……! どうぞこちらへ!」
店主はすぐにレミリアと一緒にいるこの凛々しい男性が大賢者だと察しがついたようで、態度を改めて熱心に接客し始めた。
「いやあ買った買った! 王都にこんなに魔石があるとは思わなかったな」
「何でも店主の兄が国外まで買い付けに行ってるらしいわ」
機嫌がいいアレンに、レミリアは前から疑問に思っていたことを重きって聞いてみた。
「その石、何に使うの?」
アレンは魔石を集めていた。それも積極的に。彼は自室の他に魔石の保管部屋まで作っていた。
「ん~まだ秘密!」
アレンは笑ったままだったが、その笑顔はいつもと違うものだった。話したくないという彼の気持ちが読み取れたレミリアはそれ以上追及はしなかった。
「……そう」
「なんだよ~もうちょっと気にしろよ」
「まだってことは、そのうち教えてくれるんでしょ?」
「そーだけど……」
(アレンって何者なんだろ)
ジークボルトも謎が多いが、アレンも同じくらいわからないことが多い。
(両親は? 家族は? 生まれは帝国? なんでそんなに魔法が使えるの?)
それだけではない。ジークボルトとしての堂々とした振る舞いや所作をどこで学んだのか不思議だった。
(詮索するのはマナー違反ね)
王都に入る門に、フロイド達と魔道具が乗った馬車が入ってくるのが見えた。
「早く着きすぎだろ」
「私達愛されてるわよねぇ」
「だな!」
アレンはまた嬉しそうに笑っていた。
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