第34話 聖女現る

 レミリア達が到着した翌日、すぐに魔道具の使い方のレクチャーが行われた。


「こんな簡単に!?」


 今回用意した魔道具は、大量の水を溜めることも、その溜めた水を放出することも出来る物だった。


 使い方講座に参加していたのは、宮廷魔術師、各地の領主やその嫡子、領地運営に関わるものが主だった。全員気合いを入れてきている。熱心にアレンの話を聞いている様子を見て、ちゃんとした人間もこの国にいることをレミリアは思い出したのだった。


「基本的にこのスイッチをこう……くるっと回して、このボタンを3回押すと水が出てきます。量はこっちのボタンで調整を……取り急ぎ帝国内で水は入れてきているので、すぐに使えます。どうしても水がない時は海水でもかまいません。でもその時は不純物が出るので、それはここのボタンをこう……」

「おお~!」


 反応がいいせいか、アレンも楽しそうに説明を続けていた。魔道具が珍しいのもあって皆夢中になっている姿を微笑ましく感じたのだった。


「レミリア様!」

「久しぶりね」


 レクチャーが終わった後、数人の領主代行でやってきていた若者達が目を潤ませながら頭を下げた。


「申し訳ございませんでした……あの時もっと我々は声を上げるべきだったのです」

「嘆願書の件聞きました。私の名誉のためにありがとう。リスクも大きいのに……それだけでとっても救われる気持ちでした」


 実際レミリアのことをわかってくれている学生がいると知っていたから、あのストレスフルな学園生活を送れたのだ。

 

 それはレミリアにとって楽しい時間だった。学園にいた時は周囲に遠慮をして友人関係を深めることができなかった。レミリアと仲がいいというだけで、ユリアから悪役令嬢の取り巻きの1人としてターゲットにされる可能性があったからだ。

 

 急に1人が声を潜めた。


「レミリア様、お気をつけください……聖女は大賢者様のことを熱心に聞き回っているという噂があります」

「残念だけど全然意外じゃないわ」


 レミリアは呆れ顔でため息をはいたが、彼女はこの件については覚悟はできていた。ついでに帝国のパーティであった話を彼らに伝えると、絶望的な表情へと変わってしまった。


「……余計なこと言って悪かったわ」


(これじゃあただの陰口……あの女にはもっとちゃんとお返ししないと)


「いいえ。我々はもっとちゃんと知るべきなのです」

「その話、実は噂にはなっていたのですが皆半信半疑でして」


(彼らにしてみたら腐っても自国の聖女だもんね)


 この国の将来を担う彼らにとっては聖女の素行の悪さは大問題だった。このように真剣に考えてる若者は多いのだ。

 少し離れたところにいるアレンはまだ宮廷魔術師や領主達に取り囲まれていた。この国でも大賢者はアイドルのようだ。


 不意にねっとりとした声が聞こえてきた。


「ああ~大賢者様だぁ~~~!」


 噂をすれば影。事前の約束を無視して聖女ユリアが姿を現した。

 その場にいた王国民達は口をパクパクとしている。


「きゃあ~! 偶然! 運命みたいですね!」


 パタパタと小走りで近づき、上目遣いでじっとアレンを見続けている。


(でたぁ~!!! 期待を裏切らない女ね!)


 ここは城の屋上だった。関係者以外に場所は伝えていないし、立ち入り出来ないはずだったが、どういうわけかここまでスムーズにやって来たようだ。


(まぁ攻略キャラ以外にどの程度通じるか見せてもらおうじゃない)


 アレンは特に驚いた様子はなかったが、口元が明らかに笑うのを我慢しているのがわかった。そしてそれをユリアは微笑みだと勘違いしているようだった。


「わぁ! 大賢者様ってすごい魔法使いって聞いてましたけど、筋肉もすごーい! 私なんか全然筋肉着かないんですぅ。筋トレ頑張ってるのにぃ」


 わざと自分の腕をめくって肌露出させた後で、アレンの腕を触ろうと手を伸ばした瞬間、


「聖女様は帝国との約束で立ち入りを禁止されているはずです。すぐにお帰りください」


 強面の辺境伯が凄んだ。彼の領地は聖女のアレな力の影響をもろに受け領民に被害が出ているので、聖女にいい印象を持っていないのだろう。


「やだ……怖い……」


 そのまま自然な流れでアレンの腕にしがみつこうとするが、彼はサッと身を翻してそれを避けた。


「出口はわかるかな? 入ってきたところだぞ?」


 挨拶すらせずニヤつきながら扉を指差した。それに驚いたユリアはムッとしてレミリアの方を向いて叫んだ。


「ひどい! レミリア様が私の悪口言ってるんでしょ!!! 自分が捨てられて私がアルに心から愛されてるからって!!! これ以上意地悪しないで!」


 そう言って一筋の涙を流した。


(役者だな~~~)


 思わず感心してしまうレミリアだったが、アレンがわざとらしくレミリアの肩を抱き寄せたので、彼女は生まれて初めてユリアの真似をしたつもりで口元に手を当て体をくねらせた。


「まぁジークボルト様……恥ずかしいですわ」

「なんだか汚いものがそばに寄って来た気がしてね……君の美しさで浄化してくれ」

「そんな……私なんて……」

「な、何を言う! 君ほどの美しく聡明な女性はいない! 大賢者の言葉が信じられないかい?」


 アレンの声が震え始めていたので、レミリアはこっそり肘で脇を押した。


(あんたが始めたんだから最後までやりきってよね!)


「ウォホン!」


 アレンは咳をして笑ってしまわないよう必死に誤魔化しながら演技を続けた。ユリアは信じられないものを見ている顔だった。この世界で自分以外、自分以上にイケメンから愛を囁かれている人間がいることに驚いといた。


「ああ、まだいたのか……悪いが君程度ではね……君、鏡って知っているかい? もし持っていたらよく自分の姿を見てみるといい。現実が見えるから」


 そう言うと、以前宝石商でも使った他人の体を操る魔法でユリアを扉の外に追い出した。ユリアのお付き達も急いで後を追って出ていった。


 そうして少し間を置いてから、2人で大笑いしたのだ。


(これよ! これこれ~! あぁ笑える!!!)


 復讐相手としてユリアほどレミリアの心を満たしてくれる人はいないとよくわかる日になった。

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