第15話 治療薬

 廊下をずんずんと大股で進んでいく。


(んもぉぉぉ!!! ムシャクシャする~!)


 自分はつくづくあの国と相性が悪いとレミリアは苛立ちを募らせていった。


「レミリア様」

「なに!?」


 声をかけてきたのは、大賢者と帝国の窓口になっている高官だった。名前をフロイドと言う。平民出の出世頭らしい。驚いて目を見開いた彼はどうやらレミリアが部屋から出てきてすぐに追いかけてきたようだ。


「申し訳ありません……少々苛立っておりまして」

「左様でございますか……あの……」

「ご安心ください。あの国に戻ったりはいたしません」


 怒鳴るような真似してしまったお詫びに、彼の心配事をすぐに解消してあげた。


「おわかりでしたか……」

「評価いただき光栄ですわ」


 こんな夜遅くまで働くなんて彼も大変だ。レミリアはなんとなく前世で働いていたブラック企業を思い出した。


(ああ、ダメダメ! 前世のことまで思い出してイラつくなんて!!! 不毛だわ!!!)


 それもこれも全部マリロイド王国のせいだ。と、結局当初の苛立ちに立ち返る事になった。


「フロイド様、マリロイド王国の現状をご存知ですか?」

「……それは例の流行病の件でしょうか」

「やはりご存知でしたのね」


 ベルーガ帝国のことだ。スパイの1人や2人……いや10人くらい、隣国に潜ませているのだろう。

 

 国王の言う通り、マリロイドでは今じわじわと回復魔法が効かない特殊な病が流行り始めているそうだ。


「この国に薬があるとわかっていて頼まないなんて! 王としての務めを放棄しているではないですか!」

「ギルバート王の肩を持つわけではないのですが……」


 フロイドはレミリアが知らなかった、二つの国の間で今、微妙に駆け引きがおこなわれている事柄を教えてくれた。


「魔物の森に立ち入りたい!?」

「そうです。今、我が国は魔物の森が新たな資源になるとして注目しているのです」


 魔物の森は一応、マリロイド王国の領土内にある。だからそこに帝国として立ち入りたい場合、持ち主の王国に許可をもらう必要があるのだ。実際はその森の王国側に沿って結界を張っているので、王国民がその森を利用することなどない。彼らにとってそこは、ただの恐怖の森である。


「ギルバート国王陛下からすればこの件の主導権を握りたいでしょうし、我々帝国側からすれば、薬を渡す代わりに、魔物の森への立ち入り条件を少しでも有利なものにしたいのです」

「せっかくのチャンスを逃せないってことね」

「王国側にとってこれは滅多にない機会です。どうしてもこのチャンスを掴みたいのだと思います」


(でもだからって、誰かの命がかかってんのよ!?)


 レミリアだって妃教育を受けている。場合によっては何より国益を優先させる事柄だってあることも知っている。だけどこれに関しては納得がいかない。


「どうせ王国は魔物の森なんて使いこなせないのに!」


 フロイドは少し困った顔をして笑った。他国のあからさまな悪口を認めるのは憚られたのだ。


「今回の病に効く薬も、他の魔物の森から採取した薬草から作られているのですよ」


 帝国内にも魔物の森はあるが、どこも規模は小さい。本来国にとっては良いことなのだが、まさかそれが資源として扱われる日がくるとは。


「ジークボルト殿のおかげです」

「やっぱり先生ってすごいんですね」

「はい。そのすごい方のお弟子様がレミリア様ですよ」

「ふふっ! ありがとうございます」


 レミリアは先程までの苛立ちが少し落ち着いてくるのがわかった。フロイドはとても親しみやすい。彼の出身故か、それとも単純にこれが彼の能力なのかはわからない。


「はぁ」

「お心はお決まりのようですね」

「わかりますか?」

「ええ」


 マリロイド王国の上層部はそろいもそろって苛立ちの対象だが、あの国は彼女によくしてくれた人がたくさん暮らしているのだ。可愛がっていた孤児院の子供達も住んでいるし、他の学生をこの乙女ゲームに巻き込まない為に1人でいたレミリアをコッソリ気遣ってくれる令嬢も多くいた。その人達がもし病気に罹ったらと思うと、悔しいがギルバート王の願いを叶えないわけにはいかなかった。


(早いに越したことはないしね……)


「皇帝陛下はお怒りにならないかしら」

「陛下はそのような狭量な方ではありません。なんの心配もいりませんよ」


 フロイドはとても優しく、寄り添うようにレミリアに伝えた。


(大国の余裕を感じるわ……)


 おかげでレミリアは、自分を捨てた祖国の為に行動するという悔しい思いより、大切な人を守ることが出来るという安心感が優ったのだった。

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