第37話 魔石

 結局グレンのいる領地に5日ほど滞在することになった。帝国の魔術師が到着するまでの間、レミリアとフロイドで魔物の討伐を手伝ったのだ。


「あのくそ聖女! ちゃんと仕事してるの!?」


 湧いて出てくるように魔物はひっきりなしに領地に侵入してきていた。しかも広範囲で。一番市街に近いエリアに飛竜を配置し、人気のない別の入口へ魔物を誘導することによって一網打尽には出来たが、それでも日に日に数が多くなっていっていた。

 レミリアの回復魔法のおかげて領地の兵士や戦える市民が態勢を整えることが出来たので、彼女が来てからは大きな被害はなかったが、いつまでもレミリアがいるわけにはいかない。結界をどうにかする必要がある。


(リュークは辺境伯に約束しちゃってるしなぁ)

 

 レミリアは結局グレンと顔を合わせることになってしまった。ボロボロのグレンを見ても心は痛まなかったが、彼の父親を思うと少し切ない気持ちになった。グレンは深く頭を下げたが、声をかけることはなかった。


(領民を守って亡くなった父親に免じて、今ここで泣かすのだけはやめといてあげる)


 自分に言い聞かせるように心の中で何度も唱えた。


「先生~なにかいいアイディアください……」


 明日には帝国の魔術師が到着する、その前に少しはどうにかしておかないと彼らも大変だ。レミリアはジークボルトに助けを求めた。


「お! ちょうどいいもの持ってるじゃない!」


 通信映像の中のジークボルトが耳たぶを触っていた。レミリアの耳には青い耳飾りが付いている。


「ああ。前にアレンに買ってもらったんです」

「ふ~んアレンがねぇ」


 ニヤニヤとからかいたそうな顔つきになった師匠をみて、レミリアはピシャリと、


「そういうのいいので早くアイディアください」


 と言い放った。


「えーん! 弟子が偉そうな上に冷たい!」


 いつものように可愛子ぶっていたが、すぐに彼の考えを教えてくれた。


「その魔石を使って魔術を維持したらいいよ」

「遠隔操作ってことですか?」

「というより、発動しっぱなしにするんだ」


 この魔石は魔力を溜めておくことができる。レミリアはアレンに教えてもらってからずっと魔力に余裕がる時はこの石に溜め続けていた。


「防御魔法を使って結界の代わりにするといい。人間も通れなくなるけど問題はないだろう」


 結界は魔物だけを通さないが、防御魔法は物理的なもの全てを通すことが出来なくなってしまう。しかし今の段階で魔物の森に用事がある者などいない。

 領主代理として動いているグレンの兄も同じ意見だった。


「ですがそのような高価なもの、よろしいのでしょうか……」


 彼はまだレミリアに罪悪感を抱いているようだった。


「あら! 差し上げるわけではありませんよ? お貸しするだけです。必要なくなったら返してくださいね」

「必ず……!」


 そうしてすぐにジークボルトから教わった通り、大きな防御魔法の壁を作った。魔物達がタックルしたり牙で噛みついたりしていたが、特に傷つくことはなかった。

 兵士達はやっと一息つくことができると大喜びした。

 

「魔力の補充を忘れずに」

「承知しました」


 そう返事をしたのは1人だけボロボロのグレンだった。彼はフロイドの回復魔法も拒否していた。


「醜くて鬱陶しいので彼の回復魔法を受けてください。罰を受けているつもりかもしれないけど、これ、関係ないから」


(私がボロボロにしてやったわけじゃないし!)


 心の中で舌打ちをしながら飛竜に跨った。フロイドはそっとグレンを治療した後、


「頑張ってくださいね」


 そう声をかけて同じく飛竜に跨った。


「レミリア様、本当にありがとうございました!!!」

 

 見送りにはほとんど全ての領民が出てきていて、少しこそばゆい気持ちのレミリアが手を振ると、ワーッと歓声が上がった。


「これじゃあグレンを殴れないわよ……」

「ですねぇ」


 上空でのため息は、すぐに風に流されていった。




 辺境伯の領地にはすでにアレンが到着して、城壁増設の手伝いをしていた。


「もうここまで出来てるの!? 早くない!?」


 その城壁は見事なものだった。レミリアは一度アルベルトとこの領地を訪れたことがあった。その時は今の半分くらいの高さだったのだ。


「大賢者様! 恐れ入りますがこちらも」

「ああ。すぐ行こう」


 辺境伯は遠慮せず大賢者を使っていた。アレンも嫌な顔1つせず惜しみなく手を貸している。


「来た時のボロボロ具合みてたら手も貸したくなるって……」


 どうやらグレンの領地と同じような状況だったようだ。飛竜2体が辺境地の空を気持ちよさそうに飛び回る。たまに森に降りたかと思うと、ムシャムシャと魔物をかじっていた。


(うーん……弱肉強食……)


 城壁に作られた塔の上かレミリアはのんびりとその姿を眺めていた。その食べられていた魔物は凶暴で有名な大熊の形をしたものだったので、近くにいた兵士達は歓声を上げていた。


「レミリア様! 恐れ入りますが手を貸していただきたいことが」

「ハイハイ」


 レミリアに対しても辺境伯は遠慮がなかった。それを指摘すると、


「ガハハ! ここではそのような事言ってられんのです! 立ってるものは国王でも使えという領ですよ!」


 と豪快に笑って誤魔化された。


「そういえばお前イヤリング片方どうした?」


 アレンがイヤリングが付いていない方の耳をそっと触る。レミリアは少しドキリとしたが、それがバレるとまた調子のいい言葉が返ってくることがわかっていたので悟られないよう注意した。


「実は先生が……」


 例の魔石を使った防御魔法の発動方法を教えると、アレンは考え込んでしまった。


「せっかく城壁、ここまで出来たのに……」

「でしょ~! それがあるから今更言えなかったのよ~!」

「……まあ補強してて悪いことはないだろ。防御魔法も絶対じゃないしな」


 城壁はアランの魔法の成果もあって、レミリアの飛竜を貸し出す必要すらなく出来上がってしまった。だが結局レミリアのもう片方のイヤリングもマリロイド王国へ置いてくることになる。念には念をということだ。


「気に入ってたんだけどなぁ」

「まあまた買おうぜ。師匠の金で」


 これでマリロイド王国での出張業務は無事に終わった。レミリアは、考えていたよりずっと状況が悪いことに不安を覚えずにはいられなかった。


「私が偉くなる前になくなったりしないでしょうね!?」

「それな」


 上空から見下ろす王国はどこか暗い影を感じずに入られなかった。

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