第4話 親友の涙
絶対に絶対にりんりんは何かに悩んでいる。
悩んでいる筈なのに、どうして相談してくれなかったの?
授業中も休み時間も、お昼休みすらいつもなら私とお喋りするのに、今日はお弁当も殆ど食べずに一人で悩んでいた。
どうして相談してくれないの? りんりんとは中学時代に出会って以来の仲なのに、親友なのにどうして今回は相談してくれないの?
いつもなら、私にだけは相談してくれていたのに、それなのに、どうして今回は一言も話してくれないの?
帰りにでも、家に誘って話したかったけど、今日は日直だったから、日直の仕事を終えて教室に戻ると、りんりんは既に帰った後だった。
メールしても、大丈夫の一点張りで結局は話してくれない。あんな辛そうなりんりんの顔なんて、一秒でも見たくないのに、りんりんにはいつも笑顔でいて欲しい。
彼女に特別な感情は持ってはいないけれど、大切なお友達だから、特別な存在だからいつも可愛い笑顔を見せて欲しい。
中学に入学する前に引越しをして、知り合いが一人もいなくて、そのまま中学に入学して、お友達出来るかなって、凄く凄く心配で入学式直前にお腹が痛くなって、もう泣きそうな位に痛みが強くて動けないのに、誰も気付いてくれなかった。先生も気付いてくれなくて、本当に涙が出てきた時に「どうしたの? お腹痛いの? 歩ける? 」そう声を掛けてくれて、私をトイレに連れて行ってくれた。
トイレから出ると大丈夫? と心配そうに声を掛けてくれた。待っててくれてるなんて、入学式に参加してると思っていたのに、そのまま保健室まで連れて行ってくれて、ベッドに寝かせてくれて、ずっと手を握ってくれた。
あの日から、私はりんりんの事が大好きになって、お友達になりたいと伝えたら、勿論いいよと、またまた可愛い笑顔で答えてくれた。
あの日から、いつも私の事を気にしてくれて、悩みを聞いてくれて、頭の悪い私が同じ高校に行きたいと無理を言った時も、無理だしといいながらも最後まで勉強を教えてくれた。
そんな優しいりんりんが、私は本当に大好きだから、りんりんが悩んでいるのなら困っているのなら、私はりんりんの力になりたい。
明日は休みだし、りんりんをお家に誘おうと彩香はさっそくメールすると、暫くしてからお風呂入ってて返事遅れてごめんと、明日大丈夫だよと返事が来たので、取り敢えず部屋にあるエッチな本はクローゼットの奥に仕舞うと、他に見せられない物はないかと、部屋を隈なく見渡すとエッチな下着が、これもやばいよねと、これも仕舞う。
彩香もお年頃なので、エッチな事にも恋愛にも興味はあるのだ。
「りんりんって可愛いのに恋人作らないよね」
クラスにも、同級生の中にも凛に恋してる女の子がいる事を彩香は知っている。凛が女の子に興味があるかはわからないけど、あるなら両手に花なのになと、明日はちゃんとりんりんの悩みを聞いて、力になるからねと、そう呟くと彩香は部屋掃除を始めて、こんな時間に何をしてるの! と母親に思い切り怒られていた。
彩香からの遊びの誘いは、正直ありがたい。正直言って私の心はかなり擦り減っていた。
明日、彩香に全てを打ち明けて一緒に考えてもらおう。彩香なら、きっと私の苦しさに気付いて一緒に考えてくれる。
彩香と言う女の子は、マイペースで年相応にエッチな事に興味があるのに、ないふりをして周りにはあっさり見破られて、バレた? とか言っちゃう女の子だけど、実は優しくて他人をとても思いやれる本当に心の優しい女の子。
凛は灯の部屋に行くと、明日は友達の家に遊びに行くから、お昼は自分でなんとかしてねと言うと、灯は多分寝てるから大丈夫だよと、自分の事で悩んで既に目に生気が殆ど残っていない凛の、辛そうな瞳には全く気付かずに能天気な返事をしてから、再びエロゲーに向き合う。そんな灯を凛は、お姉ちゃん、ちゃんと私の心に向き合ってよと心で嘆くと静かに部屋を出て行った。
「お母さん、今日りんりん来るからお昼ご飯用意して」
「あんた、もう高校生なんだから自分で用意しなさい。お母さんは、今日仕事になったんだから」
「わかったよ〜」
それじゃお母さんは仕事に行くからねと、彩香の母親は家を出て行った。
ご飯どうしようと考えていたら、チャイムが鳴ってしまった。
「は〜い。今行くよ〜」
扉を開けると、今にも泣き出しそうな凛が生気無く立っていた。
こんな凛を見るのは初めてで、彩香は一瞬戸惑いながらも、いらっしゃいと言って凛を部屋に招くと、ジュース持って来るねと一旦部屋を出ると、リビングに向かいながら、りんりんどうしたの? そんなに悩んでいるの? と彩香は今日は長くなりそうだなと、ジュースを持って部屋に戻った。
お待たせしましたと、彩香は努めて明るく凛にジュースを渡すと、凛の隣りに座って何があったの? と努めて優しく凛に寄り添って聞く。
その優しさに、もう我慢の限界と凛は親友の前で初めて涙を溢した。一度溢れ出した涙は、身体中の水分が全部無くなってしまうのではないのかと思う程に涙が溢れて、もう自分を抑え切れなくて彩香に抱きついてわんわんと泣き始めた。
「……りんりん」
こんなりんりんは初めてで、どうしていいのかわからない。名前の通りで、いつも凛としていて毅然とした態度で周りと接する。厳しくも相手を思って、ハッキリと言う時にはハッキリと言うけれど、その後のフォローも忘れない。そんな女の子が桜庭凛と言う女の子なのに、今自分の胸で大泣きしている凛は、大切なお人形を無くしてしまった幼い女の子の様に大泣きしている。
このままでは、りんりんが壊れてしまうのではないかと怖くなって、彩香は凛のおでこにキスをしてしまった。
彩香なりに、凛を落ち着かせようとしてしたのだが、思った以上に効果があった。
今までわんわんと大泣きしていた凛が、今度は顔を真っ赤にして彩香をガン見している。
「あ、あの、りんりん。これは、そのそう言うつもりじゃなくて、ただ落ち着かせようとして」
凛は、コクコクと頷きながらも相変わらず顔は真っ赤で、目はトロンとしている。
恋愛経験は当然ゼロで、恋愛の知識は全て少女漫画と言う下手したら中学生でも驚かない様な行為にすら大袈裟な反応を見せるのが、凛と言う女の子だった。
暫く見つめ合っていたのだが、正気に戻った凛がごめんねと謝った事で、彩香も驚かせてごめんねと謝って、やっと凛の悩みを聞ける状態になったので、彩香は凛に直球で悩んでいるのは、家族関係でしょ? と灯の事は当然知らないが、あれだけ悩むとしたら、家族か恋人だろうと、そして凛に恋人がいない事は知っているので、あとは家族しかいないと親友として、凛を良く見て良く知っている彩香だからこそ、あっさりと答えを見つけられたのだ。
相手を良く知っていなければ、勉強の事かな? とか将来の事? 等幾らでも考えられるのだが、彩香は凛の親友として、凛を良く見ていたので、凛と言う女の子が、実はかなり可愛らしくて、見た目以上に弱い部分のある女の子である事を知っていた。
「りんりん、家族の何に悩んでいるの? 泣く程悩むなんて、よっぽどだし」
「彩香には敵わないな」
彩香のお陰で、少し気持ちが楽になった凛は、彩香に全てを話した。姉の灯が、六年前から引き籠りになってしまった事。理由はわからない事。自分以外とは話さなくなってしまった事。そんな灯を何とかしたくて、この六年間必死に頑張ってきたが、全く効果がなくて、灯は相変わらず自堕落な生活をしていて、変わろうとしてくれない。もうどうしていいのかわからなくて、悩んで悩んで、それでも答えが出ない。
正直もう辛くて苦しくて、軽く逃げ出したいと、そんな事を思ってしまった自分が嫌になってしまった事を全て彩香に曝け出した。
「それ本当なの? りんりんにお姉ちゃんがいるのは聞いていたけど、確か海外に留学してるって」
「全部嘘なの。ごめんなさい」
いくら親友の彩香にも、灯が自宅警備員になってしまいましたなんて、もう六年も、彩香と出会って親友になった時点でも、三年も引き籠りで自分としか話さずに、昼夜逆転の自堕落生活。エロゲーやアニメのキャラクターにのめり込んで、そのキャラクターと楽しそうに話し掛けているなんて、返事もしないキャラクターに話して、嬉しそうにしているだなんて言える筈なんてなかった。
本当にごめんなさいと、今まで言えなくてごめんなさいと何度も謝る凛に、彩香はもう謝らないでと私だって、同じ立場なら言えないよと優しく声を掛けてくれたので、凛はまた泣きそうになる。
「りんりんには、嬉し涙は似合うけど悲しい涙は似合わないよ」
この娘は本当に優しくていい親友だなと思いながらも、その優しさに感謝する。
「しかし、改めてそんな事になっていたなんて、本当は理由がわかれば解決策もあるのかもしれないけど、わからないなら、少しずつやるしかないね」
「少しずつって? 」
凛には彩香の言っている意味がわからなくて、聞き返してしまった。
「私には、お姉さんの本当の気持ちはわからない。でも、りんりん以外の人と関わるのを恐れているのだけはわかる。だから、先ずはりんりん以外の人に慣れさせればいいと思う」
以外だった。そんな方法があったなんて、全く思いつかなかった。
「私、お姉ちゃんに立ち直って欲しくて、ただ規則正しい生活しなさいとか、エッチなゲームは夜にしなさいとか、毎日お風呂入りなさいとか、そんな事ばかり言って、一番肝心な事を忘れていた」
難しいのはわかる。六年間も自分以外と話していないお姉ちゃんが、いきなり話せるとは思わないけど、もしかしたらお姉ちゃんが変わるキッカケになるかもしれない。
「りんりん考え過ぎて、悩み過ぎてわからなくなっていたんだよね? 私だってそうなると思うし、りんりんお姉さんの事好き? 」
「う、うん。大好き。ずっと憧れてた。私の大切なお姉ちゃんだよ」
大好きだよと言った凛の笑顔は、今まで彩香が見てきた中で一番素敵で可愛い笑顔だった。
「彩香、本当にありがとう。私、私、う、うぇぇぇん」
「また泣くし、今日のりんりんは泣き虫さんだね。そんなりんりんも可愛いから好きだよ」
「彩香、私も大好きだよ」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で、凛は彩香と親友で本当に良かったと、大泣きしながら彩香に抱きついて思い切り泣いた。
自分の膝の上で幸せそうに眠る凛を見て、本当に追い詰められていたんだなと、ここまでになる前に気付いてあげられなくて本当にごめんねと、凛の頭を撫でながら、凛を見つめる。
「りんりんって本当に可愛い。もう一回位ならいいよね? 」
凛に対して特別な感情はないが、女の子同士にも興味はなかった筈だけど、りんりんの唇があまりにも綺麗で目を離せない。
「りんりんいいよね? 友達同士のキスだから」
凛を起こさない様にゆっくりと顔を近づけると、そっと唇を重ねた。
き、気持ちいい。柔らかくて、もう一回したいと彩香は、何度も凛の唇に自分の唇を重ねた。
「彩香? 何してるの? 今キスした? 」
起きてたの? やばいりんりんに怒られる。りんりんが、また泣いてしまう。折角笑顔になってくれたのに、私は私はなんて事を、自分の欲望を優先してしまった。
「ご、ごめんね。りんりんの唇が綺麗で、その、あのね。お友達同士のキスならカウントされないかなって、その勝手に思ってしまって、りんりんの気持ちも考えずに、私、その、あの……」
言葉が出てこない。りんりんの事は大好きだ。でもそれは、親友としての大好きで恋愛感情がない事は自分でわかっている。
「遊びなの? 私、初めてだったんだよ」
「ち、違う! 確かに恋愛感情はないよ。でも親友として大好きで、だから遊びとかじゃなくて、責任取れって言うなら、一生面倒みるから」
一生って、それはさすがに重いです。でも、ファーストキスだった訳で、女の子は嫌いじゃないけれど、女の子とキスとか考えた事はないし、でも正直嫌じゃなかったのは本音であって、私はどうしたらいいのでしょうか?
「りんりん、私、私、恋愛に興味はあるよ。でも、自分でもわからないんだよ。男の子が好きなのか、女の子が好きなのか。ても、私も年頃だからキスとかエッチとかには興味があって、でも本当に遊びとかじゃないんだよ」
そうだよね。彩香は遊びでキスをする様な女の子ではない。そんな事は親友の私が一番わかっているじゃないか。
「りんりん許して、本当に遊びじゃないんだよ。でも、私、りんりんを恋愛感情を持って見てるって自信を持って言えないのも本当なの」
「もういいよ。彩香が遊びでキスなんてしない女の子だってわかってるから、それに嫌じゃなかったし、嫌だったんなら本気で怒ってるし、私だって女の子なんだから、初めては大切なんだから」
「りんりん、許してくれるの? 」
「もう許してるし、まぁ次からはちゃんと言ってくれるなら考えてもいいよ」
「それって、またキスしてもいいって事? 」
「親友としてのキスならね。本当は間違っているってわかってるけど、お姉ちゃんの事で悩んでた私の心を救ってくれたお礼と言う事で」
凛も自分で何を言っているのかわからないが、助けて貰ったお礼がしたいし、今はこの位しか思いつかないのだ。
「ただし、彩香に好きな人が出来たり、私が他のお礼を思いついたら駄目だよ。それでいい? 」
「うん。許してくれた上に、またしていいって本当にりんりんは優しいね」
「お互い様でしょ」
凛と彩香はお互いを見つめ合って、ケタケタと笑いながら心で本当にありがとうと何度もお礼をしていた。
「彩香、あんた私を殺す気ですか? 」
「そ、そんなつもりはありませんけど」
「あんた、料理の経験は? 」
「一度もないよ。いつもお母さんが作ってくれるし、今日は偶々お仕事になったから、私がりんりんに作ったんだよ」
どうして一度も料理した事ないのに、料理を振る舞う気になったのか、薄れゆく意識の中で凛は二度と彩香の料理は食べないと、心に決めて意識を失った。
目を覚ますと、外はすっかり暗くなっていた。
「帰らないと、お姉ちゃんが心配するから」
まだクラクラするけど、帰らないとお姉ちゃんが飢えてしまうし、きっと私が帰るまで泣いてしまう。それだけはしてはいけない。
「本当にシスコンだね。なら帰る前にもう一回キスしてもいい? 」
「いいけど、そんなに溜まってるの? 」
「そうかもね」
そう言って、唇を重ねる。
やっぱりキスって最高に気持ちいい。何時間でもしていられるけれど、りんりんにはりんりんを心配するお姉さんがいるからと、彩香は少し寂しそうに唇を離すと、決行日決まったら教えてねと更に軽くキスすると、彩香は頑張ろうねと笑顔で言ってくれた。
「うん。本当にありがとう彩香。大好きだよ」
「あぅ! そんな素敵な笑顔見せられたら、色々したくなるから、私の理性がある内に早く帰りなさい」
色々されたら困りますと、凛は彩香にまたねと言うと帰宅した。
凛が帰った後も、彩香は凛の唇を思い出して頬を熱くしていた。
「私ってりんりんの事好きなのかな? 違うよね? だって私年上の方が好きな筈だし」
アニメのキャラクターでも、漫画のキャラクターでも自分より年上のお姉さんが好きだった。だから同い年のりんりんに恋なんてする筈はない。
もし恋をするなら、それはきっと年上のお姉さんである筈だと彩香は、自分の唇を撫でながら、でもまたりんりんとキスしたいなと呟いていた。
灯の様子を確認して、いつも通りに変態だなと確認すると部屋に戻って、彩香とのキスを思い出して凛は顔を真っ赤にする。
顔を真っ赤にしながらも、彩香の唇柔らかかったなと、そして凄く気持ちよかったなと、私どうしたんだろう? もしかして私って女の子が好きなの? ともしかして女の子とキスとかエッチな事したい女の子だったの? と凛はベッドで一人悶えながら、女の子の唇って柔らかくて好きと、とうとう百合に目覚め始めた凛ちゃんだった。
凛ちゃん嬉しそうだった。
今日はお友達の所に遊びに行ったからかな?
それとも、私に言ってないだけで実は彼女とのデートだったのかな?
どちらにしても、可愛い凛ちゃんが嬉しそうなのは私も嬉しい。
でも、凛ちゃんが自分から離れてしまうのは、どうしても寂しくて、今はまだ凛に彼女が出来てなんて欲しくない。
「酷いお姉ちゃんだよね。でも、私には凛ちゃんが必要だから、だから神様どうかこのままでいさせてください」
両親に言われるがままに生きてきた。自分で考えて行動した事なんて、殆どない灯。
そんな灯にとって凛と言う存在は、とても大きな存在で、今失ってしまっては死んでしまうと本気で考えている。
「凛ちゃん、お姉ちゃん凛ちゃんが大好きだよ。ずっとずっと一緒に居たいから、凛ちゃんもそう思っているよね? お姉ちゃん信じているからね」
凛に依存して生きている灯に、凛の気持ちが届くのはまだまだ時間が掛かりそうだった。
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