第18話 豹変した灯

響さんに全てを打ち明けた事で、心がかなり軽くなった。

 軽くなった勢いで、自分からキスを求めた事を思い出して、思い切り赤面してしまって、クラスメートからどうしたの? と聞かれて何でもないですと敬語で答えてしまった。

 週末のデートを終えて帰宅すると、灯と彩香は仲良く寝ていたので、取り敢えずそのままにして自室に戻ると、自分なりに今までを見つめ直してみる事にする。

 キスの後に響さんから言われた言葉を思い出しながら、自分なりに考えてみる。

「誰だって、好きな人に自分の言う事を聞いて欲しいって思ったりするよ。私だって思うし、だから凛ちゃんのも支配したいじゃなくて、自分の言う事聞いて欲しいなんじゃない? 違う? 」

 と言われても即答できなかった。

 私のお姉ちゃんへの気持ちは、支配したいなのか、それともただ大好きなお姉ちゃんに、自分の言う事を聞いて欲しいと言う我儘程度の気持ちなのだろうか?

 考えても答えは出ない。

 ゆっくり考えたらいいよ。

 響さんの言葉を思い出して、凛は響さんって本当に優しいなと、響の事を考えると胸が熱くなる。

 優しい気持ちになれる。

 やっぱり私は響さんが好きなんだと自覚した瞬間だった。


余談だが、彩香は響さんに相当追い詰められたのか、電話で「キスしてすいませんでした。もう二度致しませんので、どうかお友達でいてください。お母さんと幸せになってくだしゃい。どうか許してくらしゃい」とがん泣きで電話をしてきたので、相当やられたんだなと、ご愁傷様ですと凛は大丈夫だよと電話で慰めるのに、一時間も掛かったのを思い出して、響さんは相変わらずだなと気付けば響の事を考える自分がいる事には、気付いてはいなかった。


灯の事を本当に思うのなら、少しずつでいいから変わらなければいけない。

 以前の凛なら、このままでいいのだと、これでいいのだと、自分が将来会社を継いで灯を一生面倒見ればいいと考えていた。

 灯には自分しかいないのだから、私がお姉ちゃんの面倒を見ればいいのだと、その考えに固執して周りが全く見えていなかった。

 だから自分は正しいのだと、自分の考えは一切間違っていないと、視野が狭くなっていた事に、響との出会いで、響に自分の事を話した事で気付く事が出来た。

 しかし、いざ変わるとなると実際どう行動していいのかわからない。

「桜庭さん、桜庭さん聞いてますか? 」

「…………」

「桜庭さん! 授業中ですよ! 」

「あひゃ! 」

 いきなり大声で呼びかけられて、思わず変な声が出てしまった。

「あひゃって、桜庭さんどうしたんですか? あなたらしくもない」

 周りを見回すと、彩香がクラスメートがりんりん大丈夫? 凛ちゃんどうしたの? と心配そうに見つめている。

 今まで授業を聞いていなかった事がない凛が、先生に大声で呼ばれても気付かずに、何かを思案している姿なんて、見た事のないクラスメートと女性教師は心配そうに、凛を見つめている。

「す、すいません。あの、ちょっと頭が痛くて、それで、その……すいません」

 今後の事を考えると、実際頭が痛いし何だか目の前が回っている様にすら感じてしまう。

「ちょっといいかしら? 」

 そう言うと女性教師は、凛のおでこを触る。

「少し熱いわね。保健室行って来なさい。一人で行ける? 」

「は、はい。すみません」

 凛は、ふらふらと立ち上がると教室を出て行った。その後ろ姿を彩香とクラスメートが心配そうに見つめていた。


保健室で熱を計ると、37.5度だったので、凛はそのまま早退する事になった。

 考え過ぎて知恵熱でも出したのかと、凛は教室に戻ると事情を説明して、自分の席から鞄を取ると心配そうに見つめている彩香に、大丈夫だよとだけ伝えると、そのまま教室を出て行ってしまった。

 本当なら一緒に帰ってあげたかったが、そんな事したら、逆に凛に怒られるので、彩香は無理しないでねと教室を出て行く凛に、そっと呟く事しか出来なかった。


最近色々と考え過ぎて、ちゃんと寝れてなかったからねと、凛は帰宅すると学校から連絡を受けていたのだろう心配する一葉に大丈夫だからと言ってから、階段を上がると灯の部屋の前に行く。

 コンコンとノックの音がしたので、灯はまたママかな? と無視を決め込んだのだが「お姉ちゃん、凛だけど今日体調悪いから夕食はママに頼んでおくから、いいか加減食べてあげてね」と言われて、扉を開けると、荒い息で辛そうにしている凛が居た。

「凛ちゃん、具合悪いの? ご飯ならカップ麺あるから」

「お姉ちゃん、いい加減変わろうよ。ママ、本当に辛いんだよ」

「……絶対に食べない。あの人のご飯なんて」

 頑なに母親の料理を拒む灯。

 凛には、どうしてそこまで拒むのか理由はわからないが、今はゆっくりと理由を聞いている程の余裕がないので「私、お姉ちゃんとの付き合い方変えて行こうと思うから、お姉ちゃんも変わってね」とだけ言うと、凛はふらふらと自分の部屋へと戻って行った。


お姉ちゃんも変わってねか、今更どう変わればいいのか、凛以外の人間との関わりを拒絶した。

 最近は、やっと彩香と言う可愛らしい女の子と、妹の親友とお友達にはなれたが、凛と彩香が居てくれたら、それだけで十分だ。

 この部屋だけが、私の世界だ。

 大好きなエロゲーや百合本に囲まれて、光の差さないこの空間が大好きだ。

 私の心と一緒で、真っ暗で、真っ黒なこの世界が大好きだ。

 この部屋から、家から出てもしまたあんな思いをする事になるのではと、そう考えると恐怖で身体が震えて、身動き出来なくなってしまう。

「凛ちゃん、どうして? お姉ちゃんが嫌いになったの? 」

 凛はお姉ちゃんが灯が大好きだからこそ、変わって欲しいと願う様になった。その為には、自分も変わろうと決意した。

 だが、その思いは、凛の灯への純粋な気持ちは、灯へと届く事はなかった。


 凛が自分を見捨てると思ったら、不安とイライラが灯の心を支配する。

 そんな時に、タイミング悪く聞きたくない人間の声が耳に入ってきて、灯の中で何かが、ぷつりと音を立てて切れた。

「灯ちゃん、ご飯ここに置いて置くから、少しでも食べてね」

 一葉は、恐る恐るノックをしてから、そう弱々しく伝える。

「煩い! 早くどっか行け! その声を聞かせるな! 」

「ご、ごめんなさい。すぐに行くから」

 母親の泣き声に灯は再び「早く行け! 本当に殺されたいの。イライラさせるな! 」と感情を爆発させて怒鳴って、扉に物を投げつける。

 その事に恐怖した一葉は、ごめんなさいごめんなさいと泣きながら、階段を降りて行ったので灯はどうして今更なんだよと、自分が一番悩んでいた時には、悩んでいる事にすら気付かないで、勉強しなさいと、良い成績を取って良い高校に、良い大学に進学しなさいと、それしか言わなかったのにと、怒りとやるせなさから、部屋の前に置かれた食事を階段の下に投げ捨てて「ふざけるなぁぁあ! 」と叫んでから部屋に戻って行った。


大きな物音で、凛は目を覚まして部屋から出ると、階段の下で泣きながら食事と割れた食器を片付ける一葉が居た。

「ま、ママ、これどうしたの? まさかお姉ちゃんがやったの? 」

「ごめんなさい凛ちゃん。具合悪いのに起こしてしまって」

 そんな事はどうでも良かった。ここ数年はこんな事なかった。

 以前は感情が、精神状態が不安定な灯が良く暴れていた。その度に一葉が泣いていた。

「ママ、私も手伝うから、何があったのか教えて」

「凛ちゃん、本当にごめんなさい」

 泣きながら謝るママ。こんなママを見たくないと凛は大丈夫だから、ママゆっくり休んでとお姉ちゃんには、きつく言っておくからと、片付けを手伝うと泣き止まない一葉を部屋へと連れて行く。


ベッドに座らせると、一葉は少し落ち着いたのか、泣きながら、どうしたらいいのかな? どうしたら灯ちゃんは、ご飯を食べてくれるのかな? とどうしたら、ママとまたお話ししてくれるのかな? と悲しそうに、凛を見つめている。

「…………私が元に戻すから、ママお願いだから、もう泣かないで」

 そう言って一葉を抱きしめる事しか出来ない。そんな自分が歯痒くて、自分がまだまだ子供なんだと言う事を実感させられて、凛は悲しくなった。


一葉の部屋を出ると、そのまま灯の部屋に向かう。薬を飲んで、寝たお陰で体調はある程度回復しているので、灯を叱る事位は出来ると灯はノックもせずに灯の部屋に入った。

「お姉ちゃん! いい加減にしなよ。ママを泣かせてばかりで、いい加減変わりなよ! 」

「煩い」

「えっ? 」

 今、煩いって言った?

 今まで、こんな事は一度もなかった。

 凛は、動揺しながらもう一度だけ灯に、そろそろ変わろうよと、今度は普通に話し掛けてみた。

「凛ちゃん煩いよ。何なの変わろうって、私が変な人みたいに、私が全て悪いみたいに、凛ちゃんはどっちの味方なの? ママ? 私? どうして皆んなして私を悪者にするかな? そんなに嫌いなら構わなければいいじゃない。どうせ私は駄目ニートの引き籠りなんだから」

 明らかに様子がおかしい。

 まるで、以前の誰とも話さなくなった時の様に、いやそれ以上に不穏な空気を感じて、凛は灯の側に行く。

「どうせ凛ちゃんも、こんなお姉ちゃんなんていなければいいって、そうしたら自由になれるって思っているんでしょ? 響さんと恋人になったからって、あっさりお姉ちゃんを捨てるんだね」

「ひ、響さんとは、まだそこまでの関係には……」

 灯に睨まれて、それ以上言葉を紡げない。

 響の事は好きだと自覚したし、響も自分を好きだと言ってくれてるから、恋人になるのにそう時間は掛からないだろう。恋人になったら、ママにも灯にもちゃんと報告しようと考えていた。

「もうエッチしたの? お姉ちゃんもまだ経験ないのに、凛ちゃん生意気だよね」

「し、してないし、お姉ちゃんどうしたの? 」

 灯が、まるで別人にでもなってしまったのではないかと、凛は恐怖を覚える。

「本当に? なら証明してよ。ここで服を脱いで見せてよ。凛ちゃんが処女ですって」

「お姉ちゃん、何を言ってるの? 本当にどうしたの? 」

「いいから見せろって言ってんだよ! 」

 今まで、こんな乱暴な言葉を使った事など一度もなかったし、凛に怒鳴りつける事も、灯が引き籠りになる前も一度もなかった。

 姉の豹変した姿に、凛はただ恐怖から涙を零して、ふるふると首を横に振る事しか出来ない。

「どうしたの? どうして泣いているのかな? 裸なんて、いつもお風呂で見せてるじゃない。ただ足を開いてくれたらいいんだよ。凛ちゃん」

「い、嫌だ。そんな事……出来ない」

「いいから、脱げって」

 そう言うと、灯がいきなり凛をベッドに押し倒して無理矢理パジャマを脱がせ始めた。

 必死に抵抗するが、灯とは思えない程の力で、灯は凛の下着まで脱がせると、今度は足を開かせようと凛の足を掴むと、無理矢理広げていく。

「お姉ちゃん、本当にやめて……こんなのお姉ちゃんじゃない」

 泣きながら、もう抵抗する気力もないのか、凛はただやめてとお姉ちゃんどうしたの? を繰り返している。

「ふ〜ん。綺麗ね。でもしたかしてないか、わからないけど、まぁいいや。ねえ、凛ちゃん、お姉ちゃんは変わらないよ。お姉ちゃんは、外の世界が嫌いだから、あんな醜い世界になんて」

 灯は、そう言うと凛を解放して「出て行って、凛ちゃんはもうお姉ちゃんだけの凛ちゃんじゃないから」ともう相手しないでいいよと、彩香ちゃんが居てくれるから、もう凛ちゃんいらないとだけ言うと、ベッドで泣き崩れる凛に興味はありませんと言った感じで、エロゲーを始めた。

 凛はただ灯のベッドで泣き崩れて、その現実を受け入れる事は、到底出来そうになかった。

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