第17話 凛ちゃんはどうしたいの?

本当なら、このまま響さんの肩にもたれ掛かったまま眠りにつきたい。

 でも、中途半端に話しを終わらせるのは自分的にも気持ち悪いし、響さんも気持ち悪いだろう。

 凛はありがとうございますと言うと、再び話しを始めた。


二年生には、宿泊研修なるものがあるのだが、灯に言われなければ参加していなかった。

 自然豊かな場所にあるとある会社の保養所に二泊三日で泊まって、色々とするとの事だが、凛は興味はなかった。

 何故かやる気満々の彩香には申し訳ないが、気乗りしない凛は、宿泊研修の事を正直一ミリも覚えてはいなかった。


これからの二日間をお姉ちゃんは、無事に過ごせるのだろうか?

 その事ばかりが頭を過って、何をしたのかも、彩香とどんな会話をしたのかも、本当に申し訳ないが覚えてない。

 彩香ごめんねと心で謝りながら、凛は話を続ける。


宿泊研修から戻っても、灯は相変わらずで部屋から出ないし、凛以外とは触れ合おうともしない。

 変わろうとしない事は悲しいし、少し腹が立ってしまうけれど、自分を頼ってくれる事が嬉しくて、自分の言う事だけを聞いてくれる事が嬉しくて、凛はもう少しこのままでもいいのではと、そんな事を思い始めていた。

 本来なら尻を引っ叩いてでも、灯を普通の女の子に、家からちゃんと出られて、バイトでもいいからお仕事を始めて、自分のお小遣い位は稼げる人間になりなさいと言うのが、正解なのだろうけど元々お姉ちゃんっ子で、灯が大好きな凛は、そんな思考には至らなかった。

 お姉ちゃんが、自分だけを見ている。

 お姉ちゃんが、自分の言葉だけに反応する。

 お姉ちゃんが、自分を必要としてくれる。

 お姉ちゃんが、自分を抱きしめてくれる。

 凛は、灯が自分だけを見てくれる事に、自分だけを必要としてくれる事に、酔いしれて周りが見えなくなっていた。

 いつもの冷静な凛なら、間違っているとすぐに気付けた筈の事に、そんな簡単な事にも気付けない程に、今の状況に酔いしれて、いや酔っていた。

 

このままではいけないと言う事に気付かずに、凛は灯との日々を過ごしてしまう。

 姉である筈の灯は、完全に凛の妹状態で、凛の言う事を素直に聞いてしまう。

 凛に怒られる事も多々あるが、それでも凛が自分の事を考えてくれている事がわかるから、拒む事は出来ないし、今の環境が心地良くて灯も拒むどころか、抜け出したいとすら思わない。

 そんな状況を延々と繰り返していたら、凛は三年生に進級していた。

 三年生になった凛は、このままではお姉ちゃんは、益々駄目人間になってしまうと、ようやく凛は気付いた。

 少しずつ厳しくして、灯がまともな社会人になれる様に教育しないといけないと、灯に厳しくしないといけないと思うのに、本当にそれが正解なのかがわからなくて、厳しくしたら灯の気持ちが自分から離れてしまって、今までの様な心地良い環境が壊れてしまうのではないかと、自分が灯を支配している事の優越感に浸れなくなってしまうのではないかと、凛は戸惑い、一人部屋でもがき苦しんでいた。


結局答えは出ないままに、凛は少しずつ灯に対して厳しい態度を取り始めた。

 凛が今までとは比べ物にならない程に厳しくなった事に、灯は戸惑い泣きながら、お姉ちゃん凛ちゃんを怒らせた? とかお姉ちゃんの事嫌いになったの? とか、こんなお姉ちゃんやっぱり嫌い? とか言うので、その度に凛の心は鋭いナイフで何度も抉られたかの様な、強烈な痛みに襲われてしまう。

 その強烈な痛みに、何度も元に戻そうと、お姉ちゃんは変わらなくていいと、このまま自分の側に居て、自分が一生面倒を見ればいいだけじゃないかとさえ思ってしまう。

 心が痛過ぎて、悲しくて辛くて、何度も一人部屋で泣いたけれど、凛は元のお姉ちゃんとは言わないけれど、せめて一人で生活出来る人間になって欲しいと、心を鬼にして灯に厳しく接する事にした。


結果は良好とは言えなかった。

 以前にも増して泣く頻度が高くなったし、絶対に家から出ないから! とまで言う始末で凛は自分の考えが間違っていたのかと、受験勉強も手につかない。

 来年の春には受験して、高校生になる。お姉ちゃんが、凛ちゃんは高校に行ってねと言ってくれたからもあるが、会社を継ぐには大学を卒業する事は必須である。

 だから、どんなに疲れていても、どんなに心が擦り減っていても、受験勉強はしなくてはいけないのに、それも手につかない位に凛は悩んでいた。

 そんな凛の気持ちに気付いた訳ではないが、灯は凛が受験勉強に集中出来る様にと、夕食後は自分の相手はしないでいいと、それ以降夕食後は凛を部屋から遠ざけて、部屋に鍵を掛けて凛すら部屋に入れなくなってしまった。


灯は灯なりに、凛の事を考えて行った行為だが、凛にとっては、凄く寂しくて悲しい行為だった事に灯は未だに気付いてはいなかった。

 相手を大切な人を思い遣る気持ちほど、どうして相手に届かないのだろうか?

 この世は本当に不条理で、残酷だ。

 灯に拒絶されてしまったと、凛は自分の何が至らなかったのか、やっぱりお姉ちゃんの心を支配しようなんてしたから、罰が当たったのだと、それでも支配したい気持ちが、自分の胸の奥深くにあるのがわかるから、もうわからなくて、凛はこのままを続けようと決意した。


「そして、今に至るって感じです」

 話し終えて、疲れた顔を見せながらも響に笑顔を見せる。

 その笑顔は、とても悲壮感が漂っていて響は、今すぐにでも凛を抱きしめたいと思って、手を伸ばしかけて止めた。

 抱きしめるよりも先に、凛の気持ちを確かめる必要がある。

「そっか、それで凛ちゃんはどうしたいの? 」

 疲れて、心が擦り減っている凛に、どうしたいの貴女は? と聞く事は酷な事だとわかってはいるが、聞かない訳にはいかない。

 凛がしっかりと前に進む為には、凛が自分で答えを出す必要があると、響はいつもの穏やかな表情ではなくて、凛が見た事のない厳しい表情を凛に向けて、もう一度「凛ちゃんはどうしたいの? お姉ちゃんを支配したい? それとも支配したくない? 答えを出せるのは凛ちゃんだけだよ」と、困惑気味の凛に畳み掛ける。

 え、あぅ、その、あぅと答えを出せない凛を響は真剣に見つめるだけで、助け舟を出す事はせずに、その瞳は、この問題だけは誰かに頼ってはいけないんだよと、凛ちゃんが自分で答えを見つけないといけないんだよと、それが凛ちゃんと灯ちゃんの為なんだよと、力強く語っている。

 凛も、そんな響の気持ちがわかるから困っているのだ。答えを出さないといけないと、気持ちだけは焦るのに、答えがどうしても出せない。

 自分でも、どうしたいのかがわからないからこそ、自分の話を真剣に聞いてくれた響には、適当な事を絶対に言いたくない。

 

答えを出せずに、真剣な眼差しで自分を見つめる響からも目を離せない。

 どの位の時間そうしているのか?

 五分? それとも一時間?

 時間の感覚さえわからなくなる程に、凛は悩んで、それでも答えを出せなくて、自分でもわからない内に泣いていた。

「凛ちゃん? 」

 突然涙を流し始めた凛に、響はどうしたの? と流石に動揺して、凛に顔を近づけて大丈夫? と問い掛けるが、凛はふるふると首を振りながら、自分でもわからないんですと、答えが出せないんですと、ただわからないと答えが出ないと繰り返すばかりで、響は今日はもう無理ねと「ゆっくり答えを出せばいいわ」と、凛を抱きしめると、凛はごめんなさいと響の胸で泣いていた。

 本当なら、今答えを出しなさいと、自分の為に灯の為に答えを出しなさいと、そう言うのが正解なのかもしれないが、響には出来なかった。

 凛の事が大好きだから、大好きだから甘やかしたくもなる。

 時に厳しく、時に優しく甘やかす。

 今は、優しくする時だと響は判断したのだ。

 凛ちゃんにキスしたいなと言う気持ちを必死に抑えながらも、やっぱりちょっと位いいかな? とか考えちゃうのが響さんだった。

 エッチしたい気持ちを抑えて、キスだけで我慢しようとしているんだから、私って偉いでしょとか考えちゃうのも響さんである。

「響さん、キスしていいですよ。約束ですから」

「えっ? いいの? 」

 まさかキスしていいと言ってくれると思わなくて、響は素っ頓狂な声を出してしまったが、本当にいいのかな? と0.5秒程悩んでから、凛ちゃんは私が絶対に守るから、凛ちゃんの心は私が守るからねと力強く言うと、そっと凛の唇に自分の唇を重ねた。

 響との初めてのキスは、自分の涙で塩っぱい味がしたけれど、とても優しくて気持ち良くて、凛は嫌な事を全て忘れて、響とのキスに全神経を集中して、気付いたら自分から何度も響にキスをしていた。

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