第27話 私ってこんなに憶病だったけ?
恋人になったと事は、非常に嬉しいのだが、恋人になってキスまでしたと言う事は、次はそう言う事ですよねと、彩香は灯に膝枕してもらって、頭を撫でてもらいながら胸のドキドキが灯に気付かれてしまうのではないかと、内心ドキドキしていた。
その事もしっかりと頭には入れてきたし、覚悟も決めてきたというのに、いざ灯と恋人になったら、それどころじゃない。
正直ドキドキし過ぎて、灯の顔をまともに見る事すら出来ないのだ。
もっと堂々としていられると。自分ではそう思っていたのに、そんな事はなかった様だ。
思っていた以上に憶病な自分に驚きながらも、ここで引いてはいけないと、自分の為にも、灯さんの為にも、親友のりんりんの為にも、灯と恋人になって、はい終わりではいけないのだ。
自分なりに色々と考えてきた。
灯と恋人になってからのプランを、無い頭で必死に考えてきたのに、いざ恋人になったら、灯と恋人になれた嬉しさで、全て忘れてしまった。
昔からそうだった気がする。
学校の遠足の時も、修学旅行の時も、お母さんとの旅行の時も、嬉しくて、色々考えるのに、いざ当日になると、目的地に着くと、嬉しくて考えていたプランを全て忘れてしまう。それが私と言う女の子だった。
楽しい事を沢山考える。
楽しい未来を胸一杯に考えるのに、それを全て忘れてしまうから、ちゃんと実行出来た試しなんてなかった。
今日も、色々とやりたい事が、灯さんと話したい事があった筈なのに、恋人になる事に、彼女の本音を聞く事に必死で、その後のプランも、話したい事も全て忘れてしまって、彩香は灯の膝の上で固まってしまった。
そんな彩香に「なんか緊張するね」と、灯が微笑む。
ぐはぁ! と変な声が出そうになって、彩香は何とか飲み込む事に成功する。
よくよく考えたら、灯さんはりんりんに負けない位に美人だ。本人は自分は、平均以下だと思うと言っていたが、私から見れば、充分に美人の部類なのだ。
お友達の時は、意識しない様にしていた。意識してしまうと、上手く話せない気がして、りんりんと出会った時も、最初は美人のりんりんの顔もまともに見れなかったし、上手く話せなかった気がする。
りんりんが美人を鼻に掛けない性格だったから、気さくに話し掛けてくれる性格だったから、私はりんりんとすぐに打ち解けて親友になった。
今は、親友のお姉さんが、自分の恋人なのだから、人生とは何があるのか本当にわからないと、正直に思ってしまう。
思い出せない以上は、成すがままに、なるようにしかならないと、彩香はプランを思い出すのを止めた。
焦っても仕方ない。
恋人になって、キスしたりそれ以上の事も、今日しなければいけないと思い込んでいた。
そんな彩香の考えを変えてくれたのは、膝枕してくれている灯だった。
「彩香ちゃん、ゆっくり色々やっていこうね」
灯の喜ぶ事をしないと、自分みたいな平均的な平均以下の女の子なんて、すぐに飽きられて、捨てられてしまうのではと、そんな不安が心のどこかにあった。
誰かと付き合った経験なんてなかったから、不安しかなかった。
灯さんは、りんりんが大好きだから、それは初めて会った時にすぐに理解した。
普通に姉妹としての、妹に対する愛情だと思っていたけれど、りんりんの話を聞く度に、もしかして、灯さんは一人の女の子としてりんりんを愛しているのではないかと、そんな気がして怖くなった。
だって、その時には私は、灯さんを愛していたから、もし自分の考えが正しかったらと、そう考えると不安から涙が出て止まらなかった事も何度も何度もあった。
泣く度に、私は灯さんが好きなのだと、愛しているのだと、その想いは強くなる一方で、もう止める事も諦める事も出来なかった。
正直、何度も諦めようと思った。
灯さんが、本気でりんりんを愛しているのなら、自分は潔く身を引こうなんて殊勝な事を考えた事もあったけど、考えると胸が苦しくなって、切なくて苦しくて、鋭い刃で胸を何度も何度も抉られている様な、そんな痛みを覚えて、私は、本気で誰かを愛すると言う事は、こんなにも苦しくて痛みを伴う事なんだと知った。
恋は盲目なんて言うが、それは本当なのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
一時は盲目になっていた時期もあったかもしれないが、盲目になる時間なんてなかった様に思う。
親友のりんりんが、悩んで壊れて行く姿を見ていたのに、私はりんりんに何もしてあげられなかった。
りんりんは、いつも私を助けてくれたのに、お母さんと喧嘩した時も、クラスの友達と喧嘩した時も、いつも助けてくれた。味方になってくれたのに、私は、灯さんの事で悩んで悩んで、少しずつ壊れていくりんりんを見ている事しか出来なかった。
自分では、助けられているつもりだったのに、結局はりんりんの心を救ってあげられずに、お母さんに任せてしまった。
そんな自分が、灯さんと恋人になって幸せになってもいいのかと、そんな事を考えていたら「彩香ちゃんは、私が幸せにするから、私を幸せにしてね」と、灯さんに言われて、私は本当にこんなに幸せで、自分だけがこんなにも幸せな時間を享受してもいいのだろうか、わからなくて、私は困った顔で灯さんを見つめてしまった。
「凜ちゃんの事? 」
あっさりと見抜かれて、彩香は困り顔でうんと答える。
灯と恋人になれて最高に幸せなのに、りんりんから灯さんを、りんりんにとって大切なお姉さんを奪ってしまったのでは? と言う罪悪感が消えてくれない。
りんりんにとって、灯の世話をする時間は、灯と過ごす時間は、灯の世話をしてきた六年間は、自分なんかには想像もつかない程に濃密で濃厚で、自分なんかが簡単に割って入っていい程に、緩い関係じゃない事は彩香にもわかっていた筈なのに、それなのに自分は灯さんを愛してしまった。
そして恋人になって、りんりんから灯さんを奪ってしまった。
本当に、これで良かったのか?
これが最善だったのか?
灯と恋人になるまでは、灯と恋人になる事で、灯もりんりんも変わってくれると信じていたし、今もその気持ちは変わらない。
自分は、心から灯さんが好きだから、好きだから告白して恋人になった。
それは間違っていないのに、りんりんは認めてくれるのだろうか?
急に不安が襲って来て、彩香は灯に強く抱きつく。
「どうしたの? 彩香ちゃんって意外に甘えん坊さん? 」
「怖いんです」
「怖いって何が? 」
灯には、彩香が何に恐怖しているのか、どうしてそんなに不安な気持ちになるのかがわからなかった。
こうして晴れて恋人同士になれたと言うのに、彼女が不安な顔をしているのは、灯としてはとても悲しいのだが、元々人付き合いが上手な方ではなかった灯には、こういう時にどんな言葉を掛けていいのかわからない。
そんな自分がもどかしくて、そしてとっても情けなかった。
年上なんだから、こんな時こそ年下の可愛い彼女の力になりたいと、お付き合い初日にして、そんな事を考えるが、恋愛経験のない恋人いなかった歴二十一年の灯には、不安そうな顔をしている彩香の頭を優しく撫でてあげる事しか出来なかった。
夕食後も、彩香は悩んだ顔をしていた。
今頃りんりんは、お母さんときっと楽しい時間を過ごしている筈。そう信じたいのに、不安の方が大きくて、どうしても暗い顔になってしまう。
大好きな人といるのに、恋人と一緒にいると言うのに、こんな暗い顔をしていてはいけないと思うのに、りんりんから灯さんを奪ってしまったのではないかと、そう考えるとどうしても沈んでしまう。
そんな彩香を見ていると、年上としてどうにかしたいと、何か彩香を元気付ける言葉を掛けてあげたいのだが、元来の人見知りな性格のせいで、何て声を掛けていいのかわからずに、灯は彩香の手をそっと握ると、そのままお風呂に連れて行った。
元気が無い時は、悩みがある時はお風呂に入って、身体の汚れと一緒に悩みを落としてしまおうと言う、とても単純な作戦だった。
良くは思い出せないが、昔読んだ本に書いてあったのか、滅多に観る事はなかったが、偶に観ていたテレビで有名人とか、著名人なりが言っていたのかすら覚えていないが、灯は彩香が悩んでいるので、お風呂に入りながら、彩香の話を聞いて一緒に悩んで、一緒に考えようと思い立ったのだ。
恋人になって初めて一緒に入るお風呂。本来なら、ドキドキして、舞い上がっていてもおかしくないのだが、沈む彩香を見ていたら、そんな気分にはなれなかった。
「洗ってあげるね」
「…………うん」
素っ気ない返事に、少し寂しくなってしまうが、彼女の前では、彩香の前では明るくいようと決めた。
彩香と言う存在が、自分の前に現れてくれたから、凜ちゃんが自分に彩香ちゃんを紹介してくれたから、私は本当の恋を知った。
もし彩香ちゃんと出会っていなければ、彼女に恋をしていなければ、きっと私は、凜ちゃんの事を愛しているのだと、凜ちゃんを一人の女の子として愛していると勘違いしたままで、ずっと凜ちゃんに依存して凜ちゃんの全てを奪って生きて行く事になっていただろう。
大切な青春の時間を、妹が恋したり、友達と遊んだり、恋人を作って、恋人とデートする時間さえも奪って、彼女の人生を台無しにしていた。
そう考えると、今更ながらに恐ろしくなってしまう。
かなり遅いのはわかっているが、私がこれ以上道を踏み外さずに済んだのは間違いなく、彩香と言う少女のお陰だ。
だから、今目の前で悩んで苦しんでいる彩香ちゃんを救いたい。
何て声を掛けていいのかわからずに、灯は彩香の背中を洗うのを中断して、そっと彩香を抱きしめた。
「悩んでいるのなら、私に話して欲しい。私は、彩香ちゃんの彼女なんだから」
「うん。ありがとう灯さん」
抱きしめられたまま、彩香は凜の事を考えていたと、自分が凜から灯を奪ってしまったのではないかと、凄く不安で怖いと正直に打ち明けた。
彩香の話を聞いた灯は、そんな事はないよと、自分も凜ちゃんも離れる時期だったのだと、そうしないとお互いに泥沼に嵌まったままで、抜け出せずに最後は、きっとバッドエンドになっていた。
だから、彩香ちゃんは間違っていないし、間違っていると言われたら、灯はショックで立ち直れませんと、正直に話すと彩香は間違ってませんからと、私は本気で愛していますからと、身振り手振りを交えながら必死に愛していますと言うので、灯はその姿が面白くて、彩香を自分の方に向かせると、ありがとうと言うと、そっと彩香にキスをした。
灯のキスは何て優しくて温かいのだろう。
りんりんの事で悩んでいた事なんて、一気に吹き飛ばしてくれた。
灯のキスは、自分に勇気をくれる。だから、勇気を出して伝えたい。
心から貴女を愛していると、愛して良かったと、恋人になってくれて本当にありがとうと、彩香は名残惜しいけれど、灯の唇から自分の唇を離すと、真剣な表情で灯を見つめて、一度深呼吸をすると『ありがとう。愛しています』と伝えた。
真っ赤な顔をして、自分の気持ちを再度伝えてくれた彩香が可愛くて、愛おしくて堪らない。
「ありがとう。私も心から彩香ちゃんを愛してます」
キザな言葉も、着飾った言葉も言えないけれど、そんな言葉は必要ないのだと、嬉しそうに微笑む彩香を見ていると、灯は素直になるって大切なんだなと改めて思い知らされた。
恋って、誰かを本気で愛するって本当に素敵な事なんだと、灯も彩香も知る事が出来て、本当に良かったと思った。
自然とお互いの唇を求めて、二人はそっと唇を重ねるとお互いをもっと感じたいと、何度も何度もお互いの唇を奪っていた。
灯に話せた事で、気が楽になった。気が楽になると、急激に恥ずかしさが込み上げあげてきた。
だって、お風呂で裸でキスをしているのだから、恥ずかしくない筈がない。彩香は、自分の大胆さに驚きながらも、このままの勢いで、目標の一つであった灯と結ばれると言う目標を、大好きな人と初めてを経験すると言う夢を叶えてしまおうと、口を開き掛けた。
「そろそろ上がろっか」
逆上せちゃうしと言われて、彩香は口を噤むしかなかった。
灯もこのまま、彩香ちゃんとと思ってしまったのだが、さすがにお風呂場で言う事ではないと、先ずは部屋に行って気持ちを落ち着けようと、彩香の手を引くと脱衣所で、いそいそと下着を身に着けながら、凜とお風呂に入っていた時の癖で、着替える彩香を見つめていたら、彩香から恥ずかしいですと言われて、すいませんと謝ると、彩香から目を離して、パジャマを身に着けて彩香が着替え終わるのを待っていた。
部屋に戻ると、二人は正座したまま向き合っていた。
無言のまま、お互いに言いたい事を言えずに、恥ずかしそうに相手を見ては目を逸らすと言った事を、もう30分も繰り返していた。
こう言うときは、年上で大人の自分が優しく誘導するべきなんだよね?
そんな事が、頭の中を駆け巡るのだが、なにせ灯自身経験がない。
(凜ちゃんには、あんなに大胆にいけたのに、どうして身体が口が動かないの? )
(やっぱり、私から言った方がいいのかな? 灯さんも経験ないって言ってたし、ここは私が大胆に攻めるべき? )
お互いに、そんな事を考えながら、ただ相手を見つめるだけ。
「あの、彩香ちゃん、お布団行こうか」
「ひゃ、ひゃい!! 」
突然声を掛けられて、遂にこの時がきたかと、彩香は素っ頓狂な声を出してしまったが、灯の手を握ると恥ずかしそうに布団に入る。
「彩香ちゃん、無理はしないでいいんだよ」
本当はしたい。
でも、自分の手を握りながら震えている彩香を見ていたら、焦る必要ないんだよねと、灯は冷静になる事が出来た。
「む、無理なんて……してないよ」
明らかに心の準備が出来ていないのがわかって、灯は時間ならこれから沢山あるんだからねと、今日はこのまま寝ようよと、そっとキスをすると彩香を抱きしめて、今日はもう寝ますと言って目を閉じた。
灯の言う通りで、無理をしていた。好きな人と結ばれたい。その
気持ちはあるけれど、正直心の準備が出来ていなかった。出来ていたつもりでいたのだ。
灯の優しさに甘えて、今日は灯の胸に抱かれて彩香は眠る事にして目を閉じて眠りについた。
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