第28話 心を病んだ妹と心を壊された姉

お泊りデート二日目の夜。

 彩香は意を決して、灯に抱いて下さいと迫った。

「本当にいいの? 」

「はい、お願いします」

 緊張から、身体が震えているのが自分でもわかる。そして、彩香が凄く、もの凄く緊張しているのは灯にもわかった。

 寧ろ自分も緊張してしまって、どうすればいいのかわからない。年齢的には成人した大人の女性。

 本来なら、優しくリードしてあげる場面なのだが、年齢だけは大人。経験値はゼロときているのだから、灯も緊張から固まって動けない。

 

お互い動けずに、時間だけが過ぎていく。

 時計の針が刻む、カチカチと言う正確なリズムが耳に煩わしい。

 このままでは、折角の決意が萎えてしまうと、彩香が行動を起こした。

 自らパジャマを脱ぐと、下着姿になって灯に抱きついて、押し倒した。

「ひゃ、ひゃやひゃしゃん!?」

 突然押し倒されて、思い切り上上擦った声が出てしまった。そんな、灯を彩香が真剣な、そして少し怯えてる様にも見える瞳で見据えてから、そっと唇を重ねてきた。

 彩香にキスをされて、灯の心も決まった。

 年下の彼女がここまで必死になっているのに、恥ずかしさに耐えながら、羞恥に耐えながらも自分を求めてくれていると言うのに、自分が心を決めないでどうすると、灯は自分と灯の向きを逆転させると、自ら彩香にキスをする。

「彩香ちゃん、初めてだから下手だけど、私に彩香ちゃんをください」

「勿論です。灯さん、私を貰って下さい」

 大好きな彼女に、初めてを捧げる事が出来る喜びと、緊張からか、彩香の瞳から涙が零れた。その涙をそっと拭うと灯は再びキスをした。


「灯さんって、初めてなのに手つきがエロかったです」

「そ、そうかな? 予習だけは沢山してたから、自分の身体で」

 エロゲーで何度も何度も自分を慰めていたので、後はエロゲーをプレイしながら、いつか自分もと脳内で手順を何度も何度も反芻していたのが、良かったのかもしれない。

「痛くなかった? 」

 自分なりには、優しくしたつもりだったが、何しろ経験がないので、強くし過ぎたかもと不安になる。

「痛かったです」

 灯は土下座ですいませんでしたーーー! と謝る。

「痛かったけど、嬉しい痛み。灯さんだって痛かったんじゃないですか? 」

 灯は顔を上げると、「私のも嬉しい痛みだよ」と、笑顔を向ける。

 灯と彩香は顔を見合わせると、再びキスをして幸せに浸っていた。

 その幸せをぶち壊す様に、部屋の扉が開くと虚ろな瞳で、怒りのオーラを纏った凜が、二人を見つめている。

「り、凜ちゃん? 」

「り、りんりん? 」

 突然の闖入者に二人は驚き、そして軽く恐怖した。

「りんりん、お母さんとのデートは? 」

「終わった。だから帰って来た……彩香がお姉ちゃんに変な事しないか気になったから」

 でも、遅かったみたいと、裸の二人を見て凜が呟く。

 感情の籠らない言い方なのに、許せないと言う感情が恐ろしい程に伝わって来て、彩香も灯も恐怖から抱き合って震えている。こんな凜ちゃんは、りんりんは見た事がないと、ただ凜を見つめる事しか出来ない。

「ねえ、気持ち良かった? お姉ちゃんとのエッチは? お姉ちゃんって上手だった? 」

 何も答えられない彩香の前まで来ると、凜は彩香にいきなりキスをする。

「んっ!? 」

 キスを終えると、今度は口の周りを舐める。

 舐め終えた凜が「返してね。お姉ちゃんを」と、次はこっちかなと彩香を押し倒した。

「な、何するのりんりん」

「凜ちゃん、何してるの? 」

 相変わらず恐怖で身体は動いてくれない。

 そんな二人を横目に、凜は彩香の身体を弄っていく。

「何って、お姉ちゃんを返して貰うの。私の指で、私の舌で上書きしてるんだよ」

 上書きって何? と二人は恐怖した。

 凜が何をしたいのかわからずに、彩香は抵抗したいのに、凜の瞳から発せられる、不思議な力で指一本動かせなかった。

 それは灯も同じで、ただ彩香と違ったのは声はしっかり出せたた。

「凜ちゃんには、響さんがいるんだよ! エッチしたいなら響さんとしなよ! 彩香ちゃんは私の彼女なんだから! 」

「だから何? 別に彼女がいたってお姉ちゃんとしたい。彩香はお姉ちゃんにしてもらった。指で舌で、だから返して貰ってるんだよ。私のお姉ちゃんを」

 そう言うと、灯を無視して再び始める凜。

 彩香は、ただ泣く事しか出来ない。

 灯は、このままでは大切な彩香の心に深い傷を負わせると、無我夢中で、凜を突き飛ばして、凜に馬乗りになった。

「彩香ちゃん、早くママの所に逃げて! ママに凜ちゃんがおかしくなったって伝えて! 」

「か、身体が、動かない」

「彩香ちゃん早く! 私じゃこれ以上は抑えきれない」

 引き籠もりで体力のない灯では、凜を抑えていられる時間に限界があった。

「あぁ~お姉ちゃん」

 凜は嬉しそうに灯に抱きついて、灯にキスの雨を降らせている。

「ひゃ、ひゃやきゅ、あひゃややひゃん」

 既に体勢は逆転していた。凜にがっちりとホールドされて唇を奪われながら、灯は早く逃げてと何度も彩香に叫ぶ。

 彩香は、泣きながら縺れる足で部屋を出て、一葉に事を伝えに階段を転げる様に降りて行った。


やっと二人きりになれたねと言うと、凜は部屋の鍵を閉めて灯に再び覆いかぶさる。

 どうしてこんな事になってしまったのか?

 やっと彼女が出来たと言うのに、やっと妹から離れて亀の歩み程度の速度でも、前に進んで行こうと、そう決意したばかりなのに、どうして妹に犯されているのだろう?

 灯の瞳から、涙が溢れて止まらない。

「お姉ちゃん気持ちいい? 私の初めてもあげる。欲しがってたんもんね」

 凜は自分の女の子の部分に灯の手をあてがうと、嬉しそうに自分の初めてを灯に捧げた。

「これからは、私だけのものだよ」

 お姉ちゃんは私のものなんだよ。

 そう微笑む凜が恐ろしかった。


泣きながら、事情を説明する彩香に取り敢えず服を着せると、一葉は、彩香と二人で灯の部屋に行くが、鍵が掛かっているのか、部屋に入れない。

「凜ちゃん、お願い開けて! ママとお話しましょう」

「りんりん! 灯さんを解放してよ! 」

 二人が必死に呼びかけるが、部屋から返答は無い。それでも必死に呼びかけると、扉が開いて凜が出て来た。

 凜の手にはナイフが握られている。

「煩いなあ~邪魔するなら殺すよ」

「り、凜ちゃ……」

「り、りんりん」

 一葉も彩香も二の句を継げない。

「死にたい? 死にたいなら邪魔してもいいけど、死にたくないなら、これからは邪魔しないでね。これからもお姉ちゃんは私がお世話するから、ずっと、ず~っとね」

 そう言ってニヤリと微笑んだ凜の微笑が、邪魔したら本気で殺しますよと暗に伝える微笑が恐ろしくて、二人はその場にへたり込んでしまった。

 彩香に関しては、恐怖から漏らしていた。

「ねえママ」

「は、はい!」

「お腹空いたから、ご飯作って持って来て」

「は、はい」

 逆らったら殺されると、一葉は素直に頷く。

「彩香は、お漏らしを拭いてね」

「う、うん。ごめんなさい」

 二人共、もう凜には逆らえなかった。

 彩香が、部屋を覗くと裸で泣いている灯がいた。今すぐ、灯のもとに行きたかったが、凜が扉の前に立っていて、それを許してはくれなかった。


まさかこんな事になってしまうなんて、こんな事になるなら凜ちゃんを帰さなければ良かったと、彩香に呼び出された響は彩香と一葉から凜が変貌してしまった事を聞かされて、凜を帰してしまった事を酷く後悔した。

「一葉さん本当にごめんなさい。彩香もごめん」

「そんな響さんは悪くありません。いつも悩みを聞いてくれて、凜を愛してくれて」

 深々と頭を下げる響に、一葉は頭を上げてくださいと、母親の自分が悪いんですと、既に半泣き状態。

「自分の娘なのに、どう付き合っていいのかわからないんです。ずっと灯ちゃんの事を任せて、凜ちゃんに甘えて、いつしか凜ちゃんの言う事を聞くのが正しいと思っていたんです」

 灯ちゃんは自分には心を開いてはくれなかった。旦那は愛人の所に行ったきりで、もうずっと帰って来ない。旦那はどうでもいい。離婚の意志を弁護士を通じて伝えているのだから、もう凜ちゃんしか残されていなかった。

 灯ちゃんも凜ちゃんには心を開いていたから、灯ちゃんを凜ちゃんに任せきって、自分は凜ちゃんが将来自分の跡を継げる様に頑張ればいいと、灯ちゃんを凜ちゃんに任せきった。

 凜ちゃんの言う事は正しいと、いつの間にか思い込んで、いつしか凜ちゃんに逆らえなくなった。

 本当に駄目な母親だと思う。

「一葉さん、子育ては簡単ではありませんよ。今は、凜ちゃんと灯ちゃんを何とか引き離さないと」

「お母さんの言う通りです。やっと灯さんが前を向こうとしているんです」

 灯からは言わないでねと言われていたが、彩香は灯が隠れてイラストを描いていた事を、そして将来イラストを描いたお金で、彩香と暮らしたいと話してくれた事を話した。

「今は、まだ家から出られなくても、灯さんは出たいって足掻いているの。それなのに、りんりんにまた支配されたら、今度こそ部屋から出なくなっちゃうよ! 」

「そうね。彩香の言う通りね。折角前を向いているのに、その手助けをしないのは、親として恥ずかしいと思いませんか?」

「響さん、でも怖いんです。殺すと言った時の凜ちゃんは、凜ちゃんの目は本気でした」

 もしまたあの目を向けられたら、恐怖で屈服してしまう。一葉は、自分の弱さが嫌になる。

 それでも、どう接していいのかわからないのだ。灯とは、最近まで六年近くも会話すらなかったし、よくよく考えたら凜とも、必要以上の会話をして来なかった。

 だからどうしていいのかわからない。

「一葉さん、今は泣いていても仕方ありません。凜ちゃんを灯ちゃんから離すのが、その方法を考えるのが先決です」

 一番いい方法は、凜を病院に入れる事。

 誰が見ても今の凜はまともではない。

 間違いなく心を病んでいる。

 病院に入れる。そして灯から引き離す。

 しかし懸念点がある。灯から引き離された凜の心がどうなってしまうのかと言う事が、どうしても気に掛かって響も彩香も、そして一葉も口に出せない。

 こうしている内にも、灯は凜に再び心を支配されてしまい兼ねないと言うのに、いい方法が思いつかない。


既に時刻は深夜になっていた。

 それでも結論は出ない。

 日にちは変わって、日曜日になっていた。

 今日が日曜日で良かったと思う。考える時間があるから。

 今日が日曜日で最悪だと思う。凜が一日灯といる事になるから。

「やっぱり病院にいれるしか方法はないと思います」

「お母さん、りんりんに精神病院に入れって言うの」

「それが一番なのよ。本当は、私が一時的に引き取って凜ちゃんと二人で過ごしたいけど、過ごして元に戻してあげたいけど」

 響は、デート中から凜が以前の凜ではないと気付いていた。気付いていたが、様子見で大丈夫でしょと高を括っていた。

 それが間違いだったと気付いた時には、もう遅かった。

 凜ちゃんは、完全に壊れてしまった。

 完全に壊れる一歩手前の凜と一緒に一夜を過ごしたと言うのに、凜がおかしくなっていると気付いていたのに、もしかしたら灯に何かするかもしれないという事が、僅かでも頭を過ったのに、凜を帰してしまった。

 娘の彼女も娘も、そして娘の親友で自分が好きになった女の子すら守れなかった。

 そんな私には、凜ちゃんを元に戻してあげるなんて、口が裂けても言えなかった。

「響さん、凜をお願いできませんか?」

「一葉さん、でも私は……」

 自信がなかった。

「本当は親の私が何とかしなくてはいけません。でも、私じゃ凜ちゃんの言う事を聞いてしまいます。もう少ししたら夏休みに入るので、夏休みの間だけでも凜ちゃんを預かって頂けませんか」

 夏休みに入るまでは、自分が出来る限りの事をしますと、凜は難しくても、灯の心のケアは出来る限りしますと、だから夏休みに入ったら、凜は響の元に彩香はこの家で過ごすと言うのはどうかと、一葉は提案する。

 一葉なりに考えた最善の方法だった。

「夏休みが明けても治らなければ、凜ちゃんは病院に入れます。私にとっては凜ちゃんも灯ちゃんも大切な娘です。こんなんでも二人の母親ですから」

 一葉の決意の堅さを感じ取った響はわかりましたと返事する。その返事を聞いた一葉は、それではさっそく行って来ますねとリビングを出て灯の部屋に向かった。


心配になってついて来た二人の前で、一葉は扉を何度もノックする。

「何? 今からお姉ちゃんと楽しむのに」

 明らかに不機嫌な表情で凜が出て来た。

 一葉は何も言わずに、いきなり凜を部屋から引き摺り出すと、凜を押し倒して馬乗りになった。

「ちょっと、いきなり痛いんですけど」

 凜は怒りに満ちた表情を一葉に向ける。

「凜ちゃん、ちょっとやり過ぎよ」

 そう言って、思い切り凜の頬をひっぱたいた。

「ま、ママ?」

 いきなり頬を叩かれて、凜は驚きの表情を見せているが、一葉は更に何度も何度も泣きながら、凜の頬を叩く。しかし、その手には全く力は入っていなかった。

 ただ守ってあげられなくてごめんなさいと、泣きながら一葉は凜を叩く。

「彩香ちゃん、早く灯ちゃんのそばに」

 一葉の言葉で、彩香が灯の元に行くと手足を拘束された灯が力なく項垂れていた。

 その口には猿轡が、身体には無数の痣が出来ていた。

「りんりん! 灯さんに何したの!」

 力なく項垂れる灯。その瞳には、既に光はなかった。

 僅か数時間前には、あんなにも光輝いていた灯の瞳。

 今は、完全に失われていた。

「何って、かる~く調教しただけだよ。私のものなんだから」

 悪びれずに言う凜に、三人は恐怖を覚えた。

 あの優しかった凜が、いつも周りに気を使える優しい女の子だった凜が、いなくなってしまったと、三人は恐怖とともに悲しみを覚えた。


凜は一葉が怯んだのを見逃さなかった。一葉を突き飛ばすと、部屋に戻って、ナイフを取ると彩香に「お姉ちゃんから離れろ」と彩香の首筋にナイフを突き立てる。

「り、りんりん、冗談……だよね?」

「死にたい」

 普段聞いた事のないドスの効いた声に、彩香は灯から離れると、部屋を出るしかなかった。

「今度同じ事したら、全員殺すから、私とお姉ちゃんの邪魔をしたら」

 そう言って、凜は扉を閉めて鍵を閉めた。

 一葉達は、そんな凜を茫然と見つめる事しか出来なかった。

 


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