第26話 恋人になった二人
りんりんは、灯から衝撃のメールがあった翌日から学校に来なくなった。
そのまま週末を迎えてしまった。
お母さんに、メールの事を話すと、私に任せなさいと言ってりんりんを連れ出して行ったので、りんりんの事はお母さんに任せる事にして、私は灯さんの部屋の前に行くと扉をノックして彩香ですと声を掛ける。どうぞと返事があったので、私は灯さんの部屋に入る。
「鍵掛けて、ママに邪魔されたくないから」
そう言われて、鍵を掛けると灯の隣に座る。
久しぶりに会った灯は、以前と雰囲気が違う様に感じられた。上手くは言えないが、以前よりも、自分を偽っている様に見える。
前に会った時の灯は、少しおどおどしながらも、素の本当の灯で自分に接してくれた様に感じた。
でも、今私の隣にいて私を見つめて笑顔を見せてくれている灯さんは、別人とまでは言わないが、何て言うか妖艶な大人の女性と言った感じを受けてしまう。
そんな灯の雰囲気に飲まれそうになりながら、彩香は先ずはこの前告白した事の返事を灯に聞く事にした。
灯を本気で好きになったから、灯に告白したのだ。その答えはすぐじゃなくていいですとは言ったが、いつまでも待っていられる程大人でもなかった。
彩香は深呼吸すると、恋人になってくれますか? と灯に再度聞いた。
「……正直いいのかなって、こんな私が彩香ちゃんの彼女になっていいのかなって、今でも悩んでる」
灯は、少し困った顔になりながら、彩香ちゃんの事は好きだけど、本当に自分でいいのか悩んでると正直に答えた。
凜ちゃんとさよならしてから、必死に逃げずに考えた。
でも、頭に浮かぶのは自分なんかでいいの? ばかりだった。
自分は彩香ちゃんを愛してる?
その答えはYESだった。
だからこそ悩んでしまったのだ。自分は、家から出られない自宅警備員で、外にデートに行く事も出来ない。
一緒に映画を観に行ったり、洋服を買いに行ったり、流行りのお店で洋服を買ったり。食事をしたりも出来ない。
出来るのは、家でのお家デートだけだ。
それに稼ぎもない。
そんな自分なんか、すぐに捨てられてしまうと、そんな恐怖に囚われてしまって、彩香と付き合いたいのに、彩香の彼女になりたいのに、彩香に彼女になって欲しいのに、どうしてもお願いしますとは言えなかった。
「灯さんは、どうしたいんですか? 引き籠もりとか無職とかは置いておいて、貴女自身はどうしたいんですか? 」
彩香は、真剣な眼差しを灯に向けると、灯に貴女の気持ちが一番大切なんじゃないですかと、家から出られないとか無職とかは、後々考えればいい事で、灯さんは私と恋人になりたいんですか? それともなりたくないんですか? と問い詰める。
今までの彩香ちゃんじゃないと思いながら、灯は彩香ちゃんは真剣なんだと、それなのに、私は引き籠もりだからとか、無職だからとか言うのを言い訳にして答えを先延ばしにしようとしている。
彩香に真剣な眼差しを向けられて、灯は何も言えない。
当初の計画では、妖艶な大人の女性を演じて、彩香とキスとか出来ればそのまま関係をと画策していたのだが、彩香の真剣さに、その気迫に押されてしまって、灯の拙い計画は、彩香が灯の部屋に入ってから、僅か十分で崩れ去ってしまった。
あれ、何か灯さんの雰囲気変わった?
いつもの情けない感じに戻った灯に、彩香は灯さん虚勢を張っていたなと、可愛いなと思いながら、今日こそは灯から答えを聞くまでは、灯を開放するつもりなんて、微塵もなかった。
「灯さん、どうなんですか? 」
「あ、あのね。そ、その……」
何か言わないといけないと思うのに、出てくるのは言葉ではなくて涙だ。
「泣いても駄目ですよ。何の為にりんりんから離れたんですか? 」
「そ、それは……」
彩香ちゃんは気付いている。私が、凜ちゃんの為に、妹の幸せの為に離れる決断をした事を、そして出来るならこんな情けない自分と、弱い自分と泣き虫な自分とおさらばしたいと思って、凜ちゃんから離れた事を、目の前の五歳年下の妹の親友は気付いていると、灯は少し彩香が恐ろしくなる。
彩香ちゃんの瞳に見つめられると、私の身体は言う事を聞いてくれなくなる。
彩香ちゃんの瞳に見つめられると、どうしても身体が動いてくれない。
ただ泣きながら、わからないと、彩香ちゃんが好きなのに、私はこんなんだから彩香ちゃんに嫌われるのが怖いと、彩香ちゃんに捨てられるのが怖いと泣きじゃくる私を、彩香ちゃんは黙って見ている。
「だから、付き合わないほうが彩香ちゃんの為になるの」
そう言った瞬間に破裂音がしたかと思ったら、頬が熱くて痛い。
その痛みで、灯は彩香に頬を叩かれた事に気付いた。
「馬鹿にしないでください! 付き合わない方がいい? 引き籠もりだから、無職だから、私が灯さんを捨てる? 冗談も休み休み言ってください! 確かに私はまだ高校生で、親のお金で生きてます。灯さんを養いますなんて簡単に言えないけれど、大人になったら働いて、灯さん一人位養ってみせるって、そう思っているのに、灯さんは、うじうじして、めそめそ泣いて! 」
彩香は立ち上がると、帰りますと答えもくれないなら、もういいですと帰る素振りを見せる。
「まっ、待って! ごめんなさい! 好きです。大好きです……こんな私ですけど、彩香ちゃんの恋人にしてください……彩香ちゃんの彼女になりたいです」
このまま彩香を帰してしまっては、彩香は二度と自分に会ってくれないと、灯の中の何かが警鐘を鳴らした。
気付いたら、灯は自分の気持ちを素直に告白していた。
「言えるじゃないですか。こちらこそお願いしますね」
そう言って、今までの厳しい雰囲気が一転して優しい雰囲気に変わったのを感じて、灯は泣きながらありがとうとお願いしますを繰り返していた。
灯が泣き止むのと落ち着くのを待って、今度はりんりんとはどうするの? と本当にこのままでいいの? と灯に聞く。
「嫌だよ。でも、今は暫らくはこのままでいようと思う。私はずっと凜ちゃんに縋って生きて来て、凜ちゃんの大切な六年を奪ってしまったの。お友達と遊ぶ事に怒って、構ってくれないと泣いて
灯は辛そうに、今まで凜にしてきた事を洗いざらい彩香に告白した。
彼女には、大好きな彩香には自分と言う人間を知って欲しい。
例え、自分が最低な人間でも、彩香なら二人で変わって行こうねと言ってくれるそんな気がしたから、引き籠もってから、先日凜と決別するまでに自分が凜にした事を話した。
「確かに、りんりんの胸は柔らかいから揉みたくなるのはわかるとして、これからは私だけにしてね」
そう言って、彩香は笑っている。
そんな彩香の優しさに、灯の心は救われた。
「だから、遅いのはわかっているんだけど、凜ちゃんから離れて凜ちゃんには自由に自分の人生を歩んで欲しいって」
「いい事だけど、言い方は間違っていたよね。もうお世話しないでいいなんて、りんりんにとっては、灯さんのお世話は生きがいで日常の一部だったんだよ。それがいきなりもうお世話しないでいいなんて、まして、さよならなんて」
彩香は、学校に来ない凜に電話して事の顛末を聞いていた。
「反省してます」
確かに言い方が酷かったと灯は、灯なりに反省している様だ。
「でも、確かにりんりんにとってもいい機会なのかもね。お母さんは本気だし、りんりんも本気みたいだし」
彩香は彩香なりに凜を心配していた。灯が凜に依存しているのと同じで凜が灯に依存している事に彩香は気付いていた。
勉強は苦手だが、彩香は良く凜を見ていたのだ。親友として凜が大好きだから、だから真剣に凜の事で悩む事もあった。
その後数時間話し合ったが、今はこの状態を続けようと結論を出した。
灯も彩香も、凜ならきっと灯の気持ちに凜を本当に大切に想っているから、凜の事が大好きだから、凜に幸せになって欲しいから、敢えて突き放したのだと言う事に時間は掛かっても気付いてくれると信じる事にしたのだ。
「お腹空いた。灯さん、お昼ご飯食べたい」
「そうだね。ママにお願いするから待ってて」
そう言って、部屋を出て言った灯の背中を見つめながら、このままお母さんとも仲良く出来たらいいね灯さんと、そうなる事を願ってやまない彩香だった。
「灯さん、食べさせて~」
急に甘えん坊になったね彩香ちゃんと思いながら、仕方ないなあ~と彩香にお昼ご飯を食べさせながら、灯は彩香に心から感謝する。
もし彩香に出会っていなければ、彩香を好きになっていなければ私は変わろうなんて、絶対に思わなかった。
ずっと凜ちゃんに甘えて、依存して凜ちゃんの大切な時間を奪っている事にすら気付かずに、凜ちゃんの全てを奪っていた。
もしそんな事になっていたらと考えると、今更ながらに恐ろしくなる。
恐怖で食べさせる手が止まった私の唇に温かくて柔らかい感触がした。
彩香ちゃんが、キスしていた。
「恋人になって、初めてのキスだね」
そう言って少し恥ずかしそうにする彩香ちゃんを見ていたら、さっきまでの恐怖心は完全に消え失せていた。
「そうだけど、不意打ちはなしだよ」
そう言って、今度は灯から彩香にキスすると彩香は嬉しそうに、灯のキスを受け入れていた。
好きな人とのキスがこんなにも幸せなのだと、二人は初めて知った。
夕食まで、二人は沢山話した。
彩香ちゃんは将来どんな仕事に就きたいの? と聞くと、彩香ちゃんは少し困った顔をして、正直わからないと答えた。
「私って、何をしたいのかわからないんだよね。お母さんみたいな格好いい大人の女性になりたいくらいしか考えてなかったから、そう言う灯さんは? 」
「へぇ、私? 」
「うん。この先家から出られる様になったら、どんな仕事したいのかなって」
灯は、恥ずかしそうにイラストを描くお仕事をしてみたいと、これは凜ちゃんにも内緒なんだけどねと言うと、パソコンを起動して今まで描きためていたイラストを彩香に見せる。
灯が描いた女の子は、どれも可愛くて愛らしいのだが、何故に裸が多いのかと彩香は疑問を口にした。
「そ、それは、ネットでイラストレーターさんの話が載ってて」
昔見たネットの記事の事を説明すると、彩香はそう言うもんなんですねと、どうやら納得してくれた。
「今度、私をモデルに描いてね」
「裸描いていいの! 」
思わず前のめりになって聞いてしまった。
「彼女だから、特別に許してあげます」
でも、裸ばっかりは嫌だからねと、涎を垂らして早くも妄想する灯に釘を刺すのを忘れなかった。
いつ以来だろう?
こんなにも楽しくて、清々しい気持ちで、穏やかな気持ちで時間を過ごすのは、これも全て彩香ちゃんのお陰だよねと、灯に膝枕をしてもらいながら、頭を撫でられて幸せそうにしている彩香に感謝する。
「ありがとう」
「何が? まだ何もしてないよ」
「彩香ちゃんが、私と出会ってくれて、私を好きになってくれたから、私も彩香ちゃんを好きになったから、こんな幸せな気持ちになれたから」
「それはお互い様です」
そう言うと、彩香は自分の唇に指を当ててキスを催促する。
「甘えん坊なんだから」
そう言いながらも、彩香の唇に自分の唇を触れ合わせる。
幸せで甘美な時間が、二人を包み込んでいた。
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