第30話 二人きりの夏休み

結局凜ちゃんは、夏休みが始まるまで学校には行かなかった。

 私が、いくら学校に行かないと駄目だと、逃げないと言っても凜ちゃんは、単位は足りてるし成績いいんだからと、あっけらかんとした感じで、必要以上に部屋から出ようとはしなかった。

 スマホの電源は、彩香ちゃんにメールしてからは切ってある。多分、着信とメールは山程来ていると予測出来たが、今はスマホの電源を入れる訳にはいかなかった。

 彩香ちゃん達も必死に何かしらの対策を考えてくれている事は容易に想像出来る。

 私が想像出来るのだから、私より勘が良くて頭の良い凜ちゃんが想像出来ない筈はない。

 もしスマホの電源を入れて、メールを確認している現場を凜ちゃんに抑えられでもしたら、ママにも恋人の彩香ちゃんにも被害が及んでしまう。

 響さんの事は、かなり好きみたいだから響さんに被害が及ぶ可能性は低かった。

 

拘束されているとは言え、意外に自由を与えられている。本を読むのも、ゲームをするのも、ネットをするのも自由だ。

 勿論監視はあるから、下手な事は出来ないが、私の心は凜ちゃんにあるんだよと、そう思わせていれば叩かれる事もない。

 灯はゲームをする振りをしながら考える。

 どうすれば、凜ちゃんの心をもう一度響さんに向かせる事が出来るのかを、こうなる前の凜ちゃんんは間違いなく響さんを愛していた。

 愛していたからこそたがが外れる事は無かった筈で、外れる原因が必ずある。

 その原因は自分にあるとしても、その原因がなんなのかがまるきりわからない。

 束縛しようとしたから?

 無理矢理関係をもとうとしたから?

 それとも今までの六年間に何かあるのか、全くわからなくて考えれば考える程に、深みに嵌まって行く。


考えていたら、ゲームをする手が止まっていた様で、凜ちゃんにエロシーンで止めるなんて、まだ昼間なのにしたいの? と言われてしまった。

「そういう訳じゃないよ。ただこうやって二人で夏休みを過ごすの久しぶりだなって」

「そうだね。お姉ちゃんは年中夏休みだけどね」

 実際長い長い夏休みは、既に六年を突破しているので、それについては何も言えない。

 実際こうやって夏休みを過ごすのは、いつ以来だろう?

 引き籠もる前なのは間違いないのだが、最後にこうして妹と夏休みを過ごすのは、いつだったのか思い出す事すら出来ない。

 あれは凜ちゃんが何歳の時だった?

 小学生の凜ちゃんが、私の部屋で夏休みの宿題をやっていたのは、凜ちゃんが何年生の時?

 凜ちゃんが私の似顔絵を描いて嬉しそうに見せてくれたのは、いつの夏休み?

 引き籠もる前の記憶は曖昧な部分が多い。

 あの事があって、その記憶は今でも鮮明に覚えていると言うのに、妹との大切な記憶が曖昧だなんて、本当に残酷だと思わずにはいられない。


引き籠もる前の私は、一体どんな夏休みを送っていたのだろうか?

「お姉ちゃんいい加減、次のシーンに行かないの? さすがに飽きたんだけど」

「ごめんね。セーブして止めるから、なんか集中出来ないし」

 そう言って灯は、ゲームを終了すると疲れてるからとベッドに横になった。

 凜も灯の隣に来て横になると嬉しそうに話しだした。

「こうやってお姉ちゃんとゆっくり過ごす夏休みって、本当に久しぶりだよね」

「そうだね」

「お姉ちゃんは、きっと覚えていないよね。最後にこうして過ごした日の事は」

「うん。ごめんね」

「いいんだよ。あの後から、お姉ちゃん本当に変わってしまったし、何があったのかわからないけど」

 凜ちゃんの口ぶりから考えると、引き籠もる前の夏休みまでは凜ちゃんと一緒に、私は夏休みを過ごしていた様だ。

 どんな夏休みを過ごしていたとしても、過去は過去でしかないのかもしれない。

 今を、これから凜ちゃんとどう過ごすかを考えるべきだろう。凜ちゃんが豹変しなければ、きっと凜ちゃんにとって高校生最初の夏休みはきっと素敵な夏休みになった筈なのに、自分が原因で凜ちゃんにとっては、最悪の夏休みになるのかもしれない。

 今の凜ちゃんは、まともな思考じゃないから私と居られるだけで幸せいっぱいと言った顔で過ごしているけれど、これが泡沫夢幻だと言う事に気付いてしまったら、その時凜ちゃんはどうなってしまうのか、それを考えると灯は心底怖かった。


お姉ちゃんと二人きりで過ごせる夏休み。

 この時を私はずっと待っていた様な気がする。

 完全に二人きりじゃないのは、少々気にはなるが障害にはならない。

 下の部屋にママが居ても、なんら問題はない。

 ママは私の言う事なら、何でも聞いてくれる。お姉ちゃんが引き籠もってからは、それが顕著になった。

 自分に逆らわなくなったママを見ていると、悲しい気持ちになった時もあったが、今はありがたい。

 障害になるとすれば響さんだろう。

 彩香の動向も気になるが、彩香の性格を考えれば無理な事はしてこない。

 響さんだけはわからないから、正直怖いし、申し訳ない気持ちもある。私を愛してくれて本気で心配して、相談にも乗ってくれたのに、私も響さんを愛していた。

 正直響さんとお姉ちゃんのどちらを選ぶかかなり悩んだ。どっちも大好きだから、悩んで悩んで私はお姉ちゃんを選んだ。

 六年間ずっとお姉ちゃんのお世話をしてきて、誰よりもそばにいた。それなのに、お姉ちゃんは彩香を選んだ。

 最初はただお姉ちゃんに友達と考えて、彩香と仲良くなれば、引き籠もりを止めると、そう思って合わせた。それなのに、お姉ちゃんは、日が経つに連れて彩香の話ばかりする様になって、私を見なくなり始めた。お姉ちゃんが本気で彩香を愛しているとわかって悲しくて、悔しくて何度も泣いた。

 泣いて泣いて、泣きはらして気付いた。

 お姉ちゃんを支配しちゃえばいいんだと、もう我慢なんてしないで自分の欲望に素直になればいいんだと、素直に行動して本当に良かった。

 だって、大好きなお姉ちゃんが常に私の隣にいて、私に支配されているんだから、それなのに胸が苦しくなる瞬間がある事がどうしてもわからなかった。


せっかく久しぶりにお姉ちゃんと二人きりで過ごす夏休み。大切に過ごしたい。

 夏休みが明ければ、さすがに学校に登校しない訳にはいかない。そうなれば、四六時中一緒に居られなくなってしまう。

 この夏休みを最高の夏休みにしたい。する為には思い出を忘れられない様な思い出が欲しいし与えたいのだが、どうするのがいいのか、家から出られない以上は、お姉ちゃんと二人きりの旅行は無理だしと、凜は悩んでしまう。

 灯が経験していない事を経験させてあげたいと思いついた。エッチは経験したし、何がいいか?

 そう言えば、お姉ちゃんはもう二十歳を過ぎているのに、未だにお酒は未経験なのを思い出して、凜は一度部屋からキッチンに向かうと、冷蔵庫に入っていたカクテルを持って部屋に戻ると、ベッドに横になっていた灯に声を掛ける。

「お姉ちゃん、まだ飲んだ事ないよね?」

 凜に声を掛けられて、顔を上げると凜はカクテルと自分用なのかジュースを持って、こちらを見ている。

「それってお酒? 誰が飲むの? 凜ちゃんはまだ未成年だから駄目だよ」

「わかってるよ。お姉ちゃんが飲むんだよ。もう大人なんだから、お酒位経験しておかないとね」

 確かに成人はしたが、お酒を飲んでみたいと思った事は一度もなかったし、飲もうと思った事もなかった。

「別にいいよ。飲みたいって思わないし」

「そんな事言わないでよ。将来私が成人したら一緒に飲みたいし」

 その時の為の練習だと思って飲んでみてと、凜はカクテルをコップに注ぐと灯に手渡して、自分のコップにはジュースを注ぐと乾杯しようねと、自分のコップを灯のコップに軽く当ててからグラスに注がれたジュースを飲み始めた。

 凜ちゃんが何を考えているのかわからない。

 自分を酔わせて何かしようと考えているのか、それとも単純に大人の自分がお酒を飲む姿を見たいだけなのか、全くわからないけれど、飲まないと凜ちゃんの言う事を素直に聞かないと、叩かれてしまうと、灯は恐る恐るグラスを傾けるとカクテルを口に含んでみた。

 

初めて飲むアルコールは強烈だった。

 すぐに酔いが回ってしまって、目の前の凜ちゃんが三人に見えてしまう。

「お姉ちゃん、もう酔ったの? まだ全然飲んでないのに」

 グラスには、まだ半分以上カクテルが残っているのに、灯は真っ赤な顔をして、目は虚ろで凜を見ながら微笑んでいる。

 体質の問題なのだろう。お酒に強い人もいれば弱い人もいるし、全く駄目な人もいる。どうやら灯はアルコールに弱い人の様で、とろんとした瞳のまま、グラスに入っているカクテルをちびちびと飲んでいる。

 せめて何か食べながらにすれば良かったと、凜は多少後悔するが、酔っているお姉ちゃんも可愛いなと、これからは偶にお酒を飲ませようと、そして酔ったお姉ちゃんがどうなるのか見てみたいと思いながら、自分はジュースを美味しく頂いていた。

「あは、あはははは、凜ちゃんが三人もいるのはろうしてかにゃ?」

 完全に酔いが回っている様で、すでに呂律も回らない状況になっている。

「お姉ちゃん、可愛い妹は愛する妹は一人だよ」

「しょんな事はないれすよ~三人に見えるんやから」

 お酒って凄いなと思う。元々明るい性格ではない、どちらかと言えば根暗な性格のお姉ちゃんが、ここまで陽気になるのだから、アルコールって本当に凄い。


余程気に入ってしまったのか、凜が持ってきたカクテルを全て飲み干すと、空き缶を持って、もうないの? ともっと飲みたいと言い出してる始末である。

 お酒を飲んだ灯を見てみたかっただけで、ここまで気に入るとは、ここまで変わるものだと思ってなかった凜の方が戸惑って困惑して、正直どしようと困ってしまった。

「早くあひゃらひいのもっへきなしゃい」

「もう止めた方がいいと思うよ」

 目は虚ろ。顔も身体も真っ赤、そして呂律も回っていないのに、これ以上飲ますのは危険でしかない。

「いいひゃらもっへきなしゃい!」

「は、はい! すぐに持ってきます!」

 灯の勢いに負けた凜は、急いでキッチンに向かうと冷蔵庫に入っていたカクテルを、両手に携えて部屋に息を切らして戻って来て、お酌を始める。

 最初はチビチビと飲んでいたのに、今はぐびぐびに変わっている。

 酔いが回るのが早い事から、決して強くない筈なのに、すでに三本も開けている。

「もう止めないと、何も食べてないし、身体に悪いって思うんだけど」

「にゃら、しょこのだんにょーるにお菓子がひゃいってるから、凜ひゃんだしなしゃい」

 今は逆らわない方がいいだろうと、凜は仕方なく段ボールから、ポテチとチョコを出して灯の元に戻ると、何故か下着姿でカクテルを飲んでいる灯がいる。

「どうして脱いでるの?」

「あちゅいひゃら」

 多分熱いからと言いたいのだろうと、凜はそんな恰好で居られたら、理性が持つかなと心配になりながらも、灯の隣に座るとチョコレートを袋から取り出して、灯の口に一つ放り込む。

 凜ひゃんの味がしましゅとか、訳のわからない事を言っている灯の口に、もう一つチョコレートを放り込むと、凜はポテチの袋を開けてポテチを食べながら、横目で灯の下着姿を見る。

 お姉ちゃんって、意外とスタイルいいんだよねと、お腹のお肉がもう少し減れば、もっといいのにと思いながらも、ついつい見てしまう。

「ど~こ~を見へるのかにゃ?」

「おっぱい。お姉ちゃんのおっぱいを見てるの」

 別に隠す事でもないと、はっきりおっぱいと言いきる。灯がどんな反応をするのか、凜は見てみたくなったのだ。

 シラフの灯なら、お、おっぱいって凜ちゃん何を言ってるの! とか言うのだろう。しかし今は完全に酔っている状況。

 どんな言葉が出てくるのかと、凜は楽しみで仕方ない。

「おっぱいみひゃいの? も~ういちゅまれもころもなんらから」

 灯の返答は、凜の予想を超えていた。まさか見たいの? と言ってくるとは、でも折角だから見せてもらおうと、凜が見せてと言おうとしたら、灯は既にブラを外していた。

「お、お姉ちゃんって痴女だったの?」

 見せてと言う前に、既にブラを外しておっぱい丸出しの姉。

 凜は、灯は実は痴女なんじゃないかと疑ってしまった。

「しょんなころはないれすよ~かわいい妹だから、見せてあげてるんれす」

「あ、ありがとう」 

 嬉しい様な、そうじゃない様な、複雑な気分になった凜ちゃんだった。


酔って寝てしまった灯を見ながら、こんな夏休みは、こんな楽しい気持ちになれる夏休みは、きっと初めてかもしれないと凜は嬉しくなる。

 灯が引き籠もる前の夏休みも楽しかった気がするが、まだ幼かったのもあって、毎日が楽しかった様な気がする。

 いつから素直に夏休みを、長期連休を楽しめなくなってしまったのか、そんな事を考えながら、隣で半裸で寝てしまった灯にタオルを掛けてあげる。

 寝ている灯にキスをする。

 お酒の匂いがして、酔ってしまいそうだ。

 もう一度キスをしながら、こんな幸せがずっと続けばいいなと、そう素直に思う。

「お姉ちゃん、ずっと一緒にいようね」

 そう言って、灯に抱きつくお酒で火照った灯の体温が少し暑かったけど、とても幸せな気持ちになれた。

 二人きりの夏休みは、始まったばかり。

 これからの日々がとても楽しみで、自然と笑みが零れる凜だった。

 

 

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