第23話 妹に依存し始めたお姉ちゃん

可愛い妹。

 誰より愛おしい妹。

 私だけの妹。

 私が守ってあげないとすぐに泣いてしまう妹。

 いつも隣にいてくれる妹。

 本当に大切な存在。

 それが凜ちゃん。凜ちゃんといると、嫌な事を忘れられる。

 多分この頃から、私は凜ちゃんに依存し始めていたのだ。

 表向きは、凜ちゃんが私にくっついている様に見えるが、その実凜ちゃんから離れられないのは私だった。

 凜ちゃんが成長する事は、姉として嬉しい筈なのに成長する度に自分から離れていくのがわかる。


当然と言えば当然なんだろうけど、小学三年生になった凜ちゃんは、一人で出来る事 が増えていって自分を頼らなくなり始めてしまった。

 その事が、無性に悲しくて切なくて、喜ぶべき事なのに、どうしても受け入れられない。

 中学二年にもなって、妹がいないと心が氷の様に冷たくて、冷え切っているのを感じてしまう。凜ちゃんと離れている時間が途轍もなく寂しい。


今までは、学校なんてすぐに終わると思っていたのに、一時限が途轍もなく長く感じられてしまって、授業が詰まらない。どんなに授業が詰まらないとしても、成績を落とす訳にはいかなかった。

 成績を落とすと言う事は、進学校に進学して良い大学に進んで、親の跡を継ぐと言うレールから外れてしまう事になる。

 レールから外れる落第者に、両親は特にあの男(父親)は許さないだろう。

 自分は、ママと結婚出来たから、今の地位があると言うのに、それを自分の実力と勘違いしている残念な男。

 ママに見捨てられたら、当然会社になんて居られないし、今の地位も失うと言うのに、それを全くわかっていないクズだ。

 今考えると、私はこの時には父親も男という存在すら嫌っていたのではないかと思う。


凜ちゃんとの時間がもっと欲しいのに、凜ちゃんは学校から帰って来ると、最近は外でお友達と遊ぶ事が増えてしまった。

 その事も本当なら喜ぶべきで「凜ちゃんも成長して、お姉ちゃんは安心したよ」と言うべきなのに、灯は凜が部屋を訪ねる事が、凜が自分と過ごしてくれる時間が、以前より減ってしまった事が本当に悲しくて、凜の成長を素直に喜べないでいた。

 お友達と呼べる存在は皆無と言っても良かった。

 唯一一人だけ学校で、こんな私に話し掛けてくれる生徒もいたが、別にお友達と言う訳ではないが、自分と似ている少女。

 その娘は、私と同じで周りと上手く関われない女の子だった。私は、別に周りと上手く付き合えない訳でも、コミュ障な訳でもないのだが、当時は勉強して良い成績を取る事が全てで、友達を作りたい気持ちも、普通の女の子の様に洋服を見に行ったりカラオケに行ったり、アクセサリーを見に行きたい気持ちを抑え込んでいただけで、本当なら普通の女の子として生きたい気持ちはあったのだ。

 でも彼女は違ったと思うし、そうは見えなかったと記憶している。

 いつも一人で暗い顔をして本を読んでいた女の子。

 そんな彼女から声を掛けられて、他愛もない会話をする様になった事だけは覚えているが、どんな会話をしたのかは覚えていない。

 彼女の事で覚えているのは、いつも本を読んでいて、その本が女の子同士の恋愛所謂百合小説だった事だけだった。


凜ちゃんが、私と寝なくなって何日経ったのだろうか?

 凜ちゃんが夜中にトイレに行けないと、泣きながら私の部屋に来てはトイレに連れて行っていたのに、それが無くなって何日経ったのだろうか?

 唯一今でもお風呂にだけは一緒に入ってくれるのだけが、灯にとっては救いだった。それすら無くなったら、私は妹に勉強を教えるだけの存在に成り下がってしまうから、そんな悲しい存在にだけはなりたくなかった。

 

お風呂だっていつまで一緒に入ってくれるかわからないし、いくら仲良し姉妹だか

らと言っても、それなりの年齢になれば恥じらいも出てくるし、自分だけのお風呂

タイムが欲しいのが当たり前である。

 凜だって、そんな事は理解しているが、それでも少しでも凜との時間が欲しい。

少しでも、凜の傍にいないと凜が本当に自分から離れていってしまう気がして、凜

が自分を見てくれなくなってしまうと考えたら、灯は恐怖から涙を零してしまう。

「お姉ちゃん、お風呂入ろうって、どうして泣いてるの? 」

「凜ちゃんが、お姉ちゃんから離れていくと思ったら悲しくて」

「私がお姉ちゃんから離れる? どうして? 」

 凜にそんなつもり等さらさらない。だから灯がどうしてそう思ったのか、どうし

てそんな事を考えて泣いていたのか、正直理解に苦しむ。

「最近お姉ちゃんの部屋に来てくれないから、お友達が大切なのはわかるよ。

でも、もう少しだけ昔みたいにお姉ちゃんに甘えて欲しい。お姉ちゃんの隣で寝て

欲しい。夜中にトイレに行けないって、お姉ちゃんを頼って欲しい」

 灯は、自分の素直な気持ちを凜に打ち明けた。打ち明けてから、凜がどんな表

情をしているのか、恐る恐る凜の顔を覗き込む。

 凜は少し悩んでいるのか、思案しているのか難しい顔をしていたが、すぐに笑顔

を灯に見せると「確かに最近はお友達ばかりだった。お姉ちゃんが寂しい思いをし

ているのに気付かないでごめんね」と言うと、これからはもっとお姉ちゃんといる時

間を増やしますと笑顔で答えてくれた。

 灯は、その事が嬉しくてまた泣き出してしまった。そんな灯を見ながら、完全に

逆転しちゃったと思いながらも、お姉ちゃんが自分に依存し始めた事が嬉しくて、

小声でお姉ちゃんは私の言う事聞いてればいいんだよと、凜本人も気付いていなか

ったがこの時から、少しずつ灯を支配したいと、自分の言う事だけ聞いて欲しいと思

い始めていた。


大好きな凜ちゃんが、再び自分との時間を増やしてくれた。

 それだけで、灯は以前にも増して勉強に身が入る。

 成績を落とさずに済んだのも、すべて可愛い妹のお陰だ。以前にも増して甘え

てくる凜ちゃんが可愛くて仕方ない。

「お姉ちゃんって、あんまりおっぱい成長しないね」

「えへへ、そうかな? 」

 と辛辣な事を言われても許せる。内心結構ショックを受けてはいるのだが、そ

こは顔には出さずに、凜ちゃんは大きい方が好き? と聞いてみる。

 もしそうなら、ネットで色々と調べてみようと考えていた。

「別に、私そう言うのわかんないし興味ないし、お姉ちゃんのおっぱい気持ちいいか

ら」

 顔を埋めた時の、あの柔らかい感触が凜は好きだった。

 ママのおっぱいも好きだが、お姉ちゃんのはもっと好きだった。凜は本当にお姉ち

ゃんが大好きな女の子だった。

お姉ちゃん大好きと抱きつかれて、灯は嬉しいのに戸惑いを隠せなかった。その

理由は、ここがお風呂で凜が裸のままに抱きついてきたからである。

 凜から言わせれば、姉妹だし女の子同士なんだから何が恥ずかしいの? なんだ

が(その考えは現在もあまり変わってはいない)思春期を迎えたうえに凜ちゃん大好

きお姉ちゃんである灯は、喜びと恥ずかしさと戸惑いで固まったまま動けない。

 そんな灯に凜は、お姉ちゃん柔らかくて気持ちいいなと、まだまだ性的な事を全く理解していない様子で、無邪気に抱きついていた。


灯の凜への依存は酷くなる一方で、凜がお友達と遊びに出掛けると言うと泣き出すは

拗ねるはで、凜は正直少し困っていた。

 お姉ちゃんは大好きだし、世界一大切なのだが私にだって友達はいるし、友達との時間もある。

 そして自分の時間だって、多少欲しい。

 その多少の時間が、お友達と遊んだり、部屋で漫画を読んだりする時間なのに、お

姉ちゃんは、その時間すら私から奪おうとするのかと、溜まりに溜まった日頃の鬱憤がとうとう爆発してしまった。

「お姉ちゃんいい加減にしてよ!! 私だってお友達と遊びたいし自分の時間だって

欲しいのに、お姉ちゃんはそうやってすぐに泣いて、私を自由にしてくれないじゃな

い。私はお姉ちゃんのお人形でも奴隷でもないんだから、いい加減お友達作ってよ!

!」

 凜のあまりの剣幕に、凜ちゃん行かないでとお姉ちゃんと居てと泣いていた灯は、

何も言えずに、あの凜ちゃんが、優しい凜ちゃんが私に怒った? と驚きを隠せない

顔で凜を見つめてしまう。

「私だって怒りたくなんてないんだよ。でも、私には私の時間があるの。夜はお姉ち

ゃんと一緒にいるから、それで我慢してよ」

「…………………はい。我儘言ってごめんね。楽しんで来てね」

 そう言うと灯は、階段をとぼとぼと昇って行った。その後ろ姿は、とても寂しそう

で、凜は後ろ髪を引かれる思いで家を出た。


ベッドの上で体育座りをしながら、凜ちゃんが怒っても当然だよねと、灯は苦笑いを

しながら、こんな泣き虫で妹から離れられない姉なんて、嫌われて当然だよね。

 また涙が零れてくる。私はどうしてこんなにも泣き虫で弱いのか?

 そんな自分が嫌いになる。

 嫌いだけど、変えられない。

 だって、私は自分のやりたい事も言えずに、ただ親の敷いたレールの上を歩いてい

るだけの女の子。

 凜ちゃんにしか、本当の自分を曝け出せない女の子。

 本当は、イラストを描く仕事がしたかった。

 毎日パソコンで、下手なりにせっせとイラストを描いていた。勿論この事は両親に

も凜ちゃんにも秘密にしている。

 凜ちゃんには話してもいいとは思ったけど、もし悪気なく凜ちゃんが、両親に話し

てしまったら間違いなく怒られる。

 下手したらパソコンを没収されてしまうかもしれない。

 それだけは、何とかして回避しなければいけない。

 パソコンだけは死守しなければいけない。

 パソコンの中に入ってるイラストを見られる訳にはいかなかった。灯が描いているのは、全て可愛い女の子。

 ロりから中高生に大人の女性まで、中には裸のイラストもある。

 ネットでイラストレーターさんが、お仕事の大半は18禁のイラストですよと話している記事を見て、灯はそういうのも描けないといけないんだと、ネットでそういうイラストを拾ってきては、恥ずかしさに耐えながら自分でも描いていた。

 そんなイラストを描いてるなんてバレたら、特にママにバレたら最悪家を追い出されてしまう。

 そうなったら生きていけない。だから必死に隠していた。


お友達と遊んでいても、遊びに集中出来なかった。

 お姉ちゃんに酷い事を言ってしまったと、凜はちゃんとお姉ちゃんに謝らないと駄目だと、今日は帰るねと友達に断って友達の家を出て家まで必死に走って帰る。

 バタンッ! といきなり部屋の扉が開いて灯は「あひゃああああああ! 」と叫ん

でしまった。

 な、何が起きたの? と恐る恐る扉の方を見るとぜぇぜぇと息を切らした凜が居た

ので、どうしたの、そんなに息を切らして、お友達と遊んでたんだよね? と時計に目をやると、凜が出て行ってから、まだ一時間しか経っていなかった。

「お姉ちゃんごめんなさい! お友達作ればとかお人形とか奴隷とか酷い事言ってし

まって、お姉ちゃんの気持ち考えてなくて本当にごめんなさい! 」

 目に大粒の涙を浮かべて謝る凜に、灯は椅子から立ち上がると凜の目の前まで行く

と「お姉ちゃんこそごめんね」と謝る。

 灯が謝るとは思っていなかったのと、自分が悪いと思っていた凜は目を丸くして驚いて

いるので、灯は凜を部屋に招き入れるとベッドに座らせて、自分も隣に座る。

「お姉ちゃん凜ちゃんに嫌われるのが、凜ちゃんがいなくなるのが一番怖いの」

「お姉ちゃん? 」

「お姉ちゃんこんなんだから、誰もお友達になんてなりたがらないから」

 学校でも家でも勉強ばかり、息抜きでイラストを描いてはいるが、誰に見せる訳でもない。趣味と呼べるものはない。ただ妹の成長だけが喜びだったから、その妹から嫌われてしまう事が、見放されてしまう事が何よりも恐怖だった。

 まだ幼い妹に依存してはいけないとわかっているのに、どうしてもやめられない。

 凜に依存してないと、自分を保てそうになくて、凜がいないだけで恐怖に飲まれてしまいそうで、凜がいるだけで心がぽかぽかして自分を保てるから、だから凜だけには嫌われたくないのに、本当は凜にはもっともっと自由に生きて欲しいのに、自分なんて無視してでも自分のやりたい事をして欲しいのに、貴重な時間を自分の為に使って欲しいのに……

 そう思っているのに、凜が傍に居ないだけで寂しくて寂しくて耐えられなくて、泣いて凜を困らせてしまう。

「こんなお姉ちゃんでごめんね。嫌わないでね」

「嫌わないから、私お姉ちゃん大好きだよ」

 『大好きだよ』その言葉で、灯は生きて行けると本気で思った。

 その後も、灯が引き籠もるまでは、再び凜に心を開くまでは五歳年下の妹に依存する生活を灯は止められなかった。



 

  

 

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