第3話 自宅警備員には、妹の苦悩はわからない

結局良い考えなんて思いつかないままに凛は帰宅した。

「ただいまお姉ちゃん」

「おかえりなさい凛ちゃん」

 何でこの馬鹿姉は、下着姿でエロゲーしながら爽やかな笑顔でただいまとか言ってるんだ?

 凛ちゃんの顔が思い切り引き攣っているんですけど、私何かしたかな? もしかして臭うのかな? 昨日はお風呂入らなかったからと、灯はもしかして臭いかな? と見当違いな事を聞くと、凛の表情は更に険しくなる。

「り、凛ちゃん、もしかして怒ってる? 」

「はい怒ってます。お姉様は何故にこんな時間から下着姿でエロゲーをしているのかしら? エロゲーは夜にしなさいと言った筈ですよ」

「だだだだだって、今日届いた新作の濡れ濡れ乙女はお姉様が大好きをどうしてもやりたくて」

 灯は少し怯え気味に正直に答える。

「タイトルは言わなくていいし、なんなのそのタイトルは! ってもしかしてお楽しみの邪魔をしちゃったかな? お姉ちゃんも大人だから自分で処理くらいするもんね」

 お邪魔虫は退散しますねと、凛は部屋を出て行こうとする。

「そ、そのま、待ってよ。もっとお話ししようよ。自分でするのは夜にするから、お願いだからお姉ちゃんとお話ししてよ〜」

 猫撫で声で寂しそうに言う灯を見て、する事にはするのねと思いながらも、仕方ないからお話ししてあげますかと、凛はベッドに腰を下ろすと取り敢えず何か着なさいと、灯を睨む。

 女の子同士なのに、姉妹なのにと言う灯を再度睨みつけると、灯はごめんなさい! すぐに着ますからとパジャマを着ると凛の隣に座る。

「お、お姉様〜あ、あたしもう〜」

「ゲーム切れ! 今すぐ切れ! 切らないなら破壊する」

「い、今すぐ切りますから破壊だけは勘弁してください!! 」

 灯は半泣きになりながら、ゲームを切ると凛の前に正座する。

 この姉は本当に大丈夫なのだろうか? 別にエロゲーをするなとも、エロゲーをおかずにするなとも言わないが、もう少し考えて行動出来ないものなのか? 妹が学校から帰って来る時間にエロゲーをイヤホン無しでするなんて、妹だって年頃なんだから恥ずかしいって思うよねとか、全く考えないのだろうか? そんな事を考えられるはずないよね。このダメニートにそんな高度な事は考えられる筈ないよねと、思い切り酷い事を考えていた。


「今日は学校でどんな事あったの? 学校楽しい? 凛ちゃん可愛いから、やっぱり人気あるの? 彼女とか何人いるの? 」

「変わらないよ。いつも通りだし、彼女居ないし、今は考えられないし」

 ここで女の子と付き合うなんてありえないしと言わない部分が凛らしいなと、凛って自分で気付いてないけど、多分女の子好きな女の子だよねと、灯は凛本人も気付いていない事に気付いていたが、そこは敢えて言わない。

 灯の考え通りで、凛は男の子には興味はない。女の子には興味はあるが、本人はそれが恋愛感情を含むなどとは全く思っていない。

 思ってはいないのだが、凛は百合属性の高い女の子で、小さい頃から女の子ばかりを目で追っていたのだが、本人はそれが普通だと思っているので、自分が女の子好きとは気付いてはいないのだ。

「凛ちゃんは、私と違って可愛いし明るいから、きっと凛ちゃんを好きな女の子は沢山いるって、お姉ちゃんは思うな」

「ありがとう。でもお姉ちゃんも十分に可愛いと思うよ。そのボサボサの髪をなんとかして、ちゃんとお肌のケアもすれば、更に可愛い女の子になると思うけど」

「そ、それはお姉ちゃんには無理だよ」

 家から出る事の出来ないのに、自宅警備員の自分には、美容室に行くのもお肌のケアに必要な美容液や化粧水を買いに行く事も不可能だ。お肌ケアの用品は、人によって合う物と合わない物がある。今はネットでも購入出来るけど、自分にどれが合うのかわからないし、見つける為に何種類も買うのはお金が勿体ないと、そのお金があればゲーム買えるかもとか、漫画買えるしとか、結局はそっちに思考がいってしまうのが灯である。

「それにお姉ちゃん、お化粧とかお肌ケアとかの用品わからないし」

 髪は自分でもある程度は切れるが、お化粧に興味を持つ前に引き籠りになった灯には、お化粧もお肌ケアも別世界の話しで、本当に全くわからない。

「わからないなら、誰かに聞けばいいじゃない。お姉ちゃんネットするんだから、ネットで女の子のお友達とかいないの? ゲーム繋がりとか」

「いません。お姉ちゃん、ゲーム下手だからいつも迷惑掛けるから、やるなら一人でやれるゲームしかしないし、お友達なんて一人もいないし、お姉ちゃんには、凛ちゃんが居てくれたら、それでいいから」

 凛ちゃんが居てくれたら、それでいいからか、その言葉は嬉しいけれど、それではお姉ちゃんはいつまでも自宅警備員のままだ。この先も自分以外とは話さず、関わりを持たずにゲームの女の子をおかずに一人寂しく自分を慰めて、どんどん歳を取って行く姉を、私はどんな目で見つめ続けていればいいのだろうか?

 今の私は、恋愛に興味はないしお姉ちゃんが、こんな状態なのに、自分だけ好きな人を見つけて恋をして、告白したりされたりして、誰かとお付き合いして……自分だけが幸せ一杯な笑顔で毎日を過ごすなんて考えられる筈ない。

「凛ちゃんに彼女とか出来たら、お姉ちゃん嬉しいな。彼女出来たら紹介してね。お姉ちゃん応援するから」

「彼女って、どうして女の子限定な訳? お姉ちゃんと一緒にしないで欲しいし、今のお姉ちゃんを、お姉ちゃんだと……」

 今のお姉ちゃんだと心配だから、恋人なんて作れないしとは、さすがに言えなかった。

「お姉ちゃんを何? 」

「何でもない! この馬鹿姉!! あんたこそ彼女作って紹介しなさいよ! 」

 自分でもわからないけど、大声を出すつもりなんてなかったのに、自分の気持ちが早く立ち直って昔のお姉ちゃんとは言わないけど、外に出られるお姉ちゃんに戻って欲しくて、もう一度一緒にお買い物したり、遊んだり出来るお姉ちゃんに戻って欲しくて、必死に考えて頑張っているのに、その思いが気持ちが伝わらない事が悲しくて、イライラしてつい大声を出してしまった。

 しまった! と思った時には遅い。灯を見ると泣きながらごめんなさいと、お姉ちゃん一人で盛り上がってごめんなさいと、部屋の隅で縮こまって泣いている。

「あの、お姉ちゃん。大きな声出してごめんね。怒ってないし、お姉ちゃんに恋人出来たら良いなって、そう思って、年齢的にはお姉ちゃんが先かなって」

 泣かせるつもりなんてなかった。泣かせたくなんてないのに、ついムキになってしまった。お姉ちゃんは、引き篭もりになってからは、一度泣くと簡単に泣き止まない。 

 酷い時は、次の日になっても泣いているのだ。だからもう泣いてほしくないと、お姉ちゃんが泣く度にお姉ちゃんが消えてしまうのではないかと、そんな錯覚に囚われたあの日から、凛は灯を泣かせない様に気をつけていた。

 気をつけていたのに、最近余裕が無くてイライラして、つい大声を出してしまった。

「ごめんね。こんなお姉ちゃんで、本当にごめんね凛ちゃん」

「もう泣かないでよ。エッチなゲームをしてもいいし、ゲームのキャラクターをおかずにしてもいいし、なんなら私をおかずにしてもいいから、だからお願いだから泣かないでよ」

 何とか灯に泣き止んで欲しくて、私をおかずにしてもいいとか、自分でも何を言っているのかわからない。

「あはは凛ちゃん、凛ちゃんをおかずって、いくら女の子好きでも、妹をおかずに慰めたりしないし、もう何言ってるの」

「えっと、私だって何言ってるのかわからないし、でもお姉ちゃんが笑ってくれたならいいや」

 まだ涙は溢れているが、その顔には笑顔が浮かんでいる。

「でも凛ちゃんをおかずって、ちょっと興味あるかも、濡れ濡れ乙女の楓ちゃんに雰囲気似てるから、えへえへ」

「涎ーー! 私を想像してしたら怒るから、暫く口聞かないからね! このエロお姉ちゃんの馬鹿ーーーー! 」

 顔を真っ赤にして怒る凛ちゃんも可愛いなと思いながら、しないから、しないから口聞かないなんて言わないで! と灯は必死に絶対にしないから、これからもお話ししてよと縋りついてくるので、凛はわかったから離れなさいと言いながらも、今日は許してあげますかと、灯を抱きしめながらも、このままじゃいけないよねと、どうすれば灯が少しずつでも前に進めるのかなと、再び考え始めた。


灯が泣き止んだのを確認してから、凛は自室へと戻って制服を脱ぐと、そのままお風呂に入ろうと浴室に向かう。

 下着姿になると、鏡に映る自分を見て、どうして私はこんなにも不器用なのだろうと、ハッキリ言ってしまう性格を、彩香やクラスの皆んなは良いと思うよと言ってくれるけれど、それが誰かを傷つける可能性もあるとわかっているのに、どうしてもハッキリ言ってしまう。イライラしていなくても、自分の感情を抑え切れない時がある。イライラしていたら、今日の様に大声を出してしまう時がある。そしてお姉ちゃんを怯えさせて泣かせてしまう。

 下着を脱いで、浴室に入ろうとして鏡に映る自分の姿に、貴女はどうしたいの? 本当に一人で解決出来ると思っているの? と問い掛ける。

 勿論返事はなかった。


お湯に浸かりながら、私って嫌な妹なのかな? と泣きたくなってしまう。

 お姉ちゃんだって、大人の女性なんだから性欲位あって当然で、自分で触ってみたいとは思った事はないけれど、お姉ちゃんにとってはエッチなゲームのキャラクターで自分を慰めるのは、数少ない楽しみの一つなのかもしれないのに、私は何をしてるの! と怖い顔で、それを咎めて最低な妹だ。

 自分の胸に触れながら、凛はやっぱり一人じゃ無理なのかな? もう六年も色々試したのにお姉ちゃんは、ずっと自宅警備員のままで、私はなんて無力な女の子で、駄目な妹なのだろう。

 悲しくて辛くて涙が次々と溢れて止まらない。

(何か悩みなら相談してよ。りんりんは私の親友なんだからね)

 彩香の声が聞こえた気がして、顔を上げるけれど勿論彩香はいない。

「彩香、私もうどうしていいかわからないよ。助けてよ」

(だから、何でも話してっていつも言ってるじゃん。もうりんりんって変な所で気を使うよね)

「だって言える筈ないじゃん。大好きなお姉ちゃんが、六年も引き籠りだなんて」

(一緒に考えようよ)

「うん。もう一人じゃ無理だから、彩香に相談してもいい? 」

(勿論だよ)

「ありがとう彩香」

 悩み過ぎて、凛は彩香の幻覚を見ていた。

 それ程までに、凛は灯の事で悩んでいたのだ。そんな凛の悩みに全く気付かずに、灯は濡れ濡れ乙女に没頭して涎を垂らしながら、既に自分の世界に浸っていた。

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