第8話 最悪な出会い?
決行は、明日になった。
お姉ちゃんには、明日は友達が泊まりに来るから、下着姿はやめてとせめてパジャマにしなさいと言ってある。
ついでにと言うか、念を押して言ってあるのは、明日はエロゲーはやめておいてとも言ってある。さすがに友達が来るのに、エロゲーをしてる姉を見られるのは、妹として非常に恥ずかしい。
彩香は、灯に会うのをとても楽しみにしているし、灯にとってもいい出会いとなって欲しいと凛は考えているのだが、正直不安もある。
彩香は、とても良い女の子だから、きっと灯も気に入ってくれるし、彩香も灯とは仲良く出来ると信じてはいるのだが、あくまでも昔の灯ならの話しであって、引き籠りになってからの灯は本当に変わってしまった。
変わってしまったと思うのだが、昔の灯がどんな女の子だったのか、もう覚えていない。覚えているよと自信を持って言えない自分がいる。
とても悲しいけれど、灯自身も多分昔の自分がどんな女の子だったのかを覚えてはいないだろうし、過去にこだわっても仕方ないのも理解しているのだが、せめて少しでも前向きな明るい女の子に戻って欲しいと心から願っている。
明日、凛ちゃんがお友達を連れて来るって、私に会わせるって言ってた様な気がする。
何故に?
今までそんな事なかったのに、私が引き籠りになってから、一度も友達を家に連れて来た事なんてなかったのに、何故今になって友達を連れて来るなんて、何故私に会わせるなんて、そんな事を言い出したのたろうか?
いくら考えても、凛の考えがわからない。折角新しいゲームをしているのに、ゲームに集中出来なくて、ゲームの内容が全く頭に入ってこない。
楽しみにしていたゲームの続編と言うか、新作なのに、凄く凄く楽しみにしていたから、じっくりとやりたかったのに、凛ちゃんが友達を連れて来るだけならまだしも、自分に会わせるなんて言うから、悩み過ぎて、ゲームも手につかないので一旦ゲームを止めて、凛の考えを自分なりに考えてみる。
必死に考えてみたが、全く思い付かないし、きっと会わせるなんて、軽い冗談だろう。
こんな引き籠りの駄目ニートが、私のお姉ちゃんですなんて、凛だってお友達に紹介なんてしないだろうし、したくもない筈。
本来なら、いくら姉妹でも引き籠りの駄目ニートの姉なんかと関わりを持ちたくないと、姉だと認める事すらしたくなくなってもおかしくない。それなのに、凛はこの六年間変わらずに、いや、引き籠る前よりも、親密に私と関わりを持ってくれた。
だから、私にお友達に会ってもらうからと言った時に断れなかったのだ。
断りたかった。凛以外と会うなんて恐怖しかないのだから、それでも凛の悲しむ顔を見たくはないとなけなしの勇気を振り絞ったのだ。
明日は頑張って、エロゲーはやらない様にしないといけないよねと、なら今のうちにと早速エロゲーを始めた灯さんだった。
一度着替えを取りに行く為に、彩香の家に寄ってから、家に帰る事にする。
彩香は楽しそうに、着替えを用意をしている。それとは、対照的に凛の表情は曇り空よりも曇って見える。
今になって、思い切り不安になってきたのだ。不安しかない。
あの駄目ニートの事だから、今日彩香を連れて行くと、昨日から散々口を酸っぱくして言い聞かせたのだが、それをあっさりと忘れて下着姿でエロゲーをしている気がしてならない。
ミリ程度の期待も一応持ってはいる。あの駄目ニートでも、さすがに妹が友達を連れて行くと口を酸っぱくして、言っていたのだから、さすがにまともな格好をして、ゲームをしていたとしても、エロゲーではなくて、普通のゲームをしているだろうと考えて、あの人って普通のゲーム持っているの?
不安で押し潰されそうになりながら、彩香の準備が終わったので、重い足取りで自宅へと向かわざるをえなかった。
ここがりんりんのお家なんだ。大きいお家だねと彩香は目を爛々と輝かせながら、凛に案内されて二階へと、灯の部屋へと向かう。
「お姉ちゃんただ…………」
「あっ、おかえりなさい凛ちゃん」
嫌な予想は当たるもので、この馬鹿姉は、あれほど言ったのに、下着姿でエロゲーをやっているではないか、凛の理性は無くなった。
「この、馬鹿姉がぁぁぁぁぁあ!!!」
「あひゃーーーー!」
「あっ、お姉様ーーー!」
虚しくエロゲーの音声が流れる中、凛が灯を叱り付けている光景に、彩香は申し訳無くなって、お楽しみ中みたいだから、取り敢えずりんりんの部屋に行く? と要らない気遣いを見せるので、凛はその必要はないわよと、天使の微笑みを見せる。
「り、りんりん、こ、怖過ぎます」
灯だけじゃなくて、彩香まで凛の気迫と言うか雰囲気に飲まれて、ガタガタと震えている。
一時間後。
灯にこってりと絞られて、もう立つ元気もない灯は、生気の無い表情で項垂れている。
一方本気で怒った凛を始めてみた彩香は、未だ恐怖から、ガタガタと震えながら涙を溢している状態である。
「お姉ちゃん、あれほど言ったのに、どうしてそんなセクシーな格好でエッチなゲームをしているのかしら? 」
「しょ、しょれは、どうしても紗枝ちゃんルートをクリアしたくて」
「紗枝ちゃんだぁ! 私との約束より紗枝ちゃんが大事なのかしら? 折角お友達を連れて来たと言うのに」
そんな事は絶対にありません! 本当にすいませんでした! と額を床に擦り付けて謝る灯を見て、さすがに可哀想だと、涙声で彩香がそろそろ許してあげたら? と救いの言葉を入れる。
「彩香が、そこまで言うなら仕方ないわね。彩香に感謝しなさいよ」
「はい。すいませんでした。あ、あの、ありがとうございます」
灯が、あの駄目ニートで引き籠りで、私以外とまともに話せないエロゲー大好きな、あのお姉ちゃんがお礼を言った?
「いえいえ、私も怖かったしって、挨拶してませんでしたね。初めまして、三倉彩香です」
「はぅあ! 」
今はぅあ! って言った? と凛と彩香は顔を見合わせる。
「お姉ちゃん、挨拶と自己紹介は? 」
あの、その、とさっきお礼を言った勢いはどこにいった? と思う程に灯は、顔を真っ赤にして俯いて一言も話せなくなってしまった。
「あ・い・さ・つは、どうしたのかしら? お姉様? 」
「ひぃ! しゅしゅいません! い、いましましゅから! だから怒らないでーーーー! 」
再びガクガクブルブルと震え出してしまった灯に、ゆっくりでいいですよと、彩香が優しく微笑むと、灯は、あぅあ! とまた意味不明な奇声をあげて、鼻血を垂らし始めてしまったので、凛は取り敢えず鼻血拭きなさいと、ティッシュを渡しながら、ちゃんと挨拶してねと、耳元で囁くと灯はコクコクと頷いてティッシュを鼻に詰めていた。
灯の鼻血が止まるまでの間に、凛は灯に彩香には全てを話しているから、着飾る必要もないしお姉ちゃんらしく接しなさいと言われて、灯の顔は急に曇ってしまったが、彩香に凛の姉の灯ですと、二十一歳ですと挨拶すると、一言も話さなくなってしまったので、凛は今日はここまでかと彩香を連れて自分の部屋へと戻って行った。
去り際に彩香が、これから仲良くしてくださいねと言ってくれたので、灯も宜しくお願いしますとだけ何とか言って、再び俯いてしまった。
三倉彩香ちゃん。何て可愛い女の子なのと、灯は彩香と言う女の子に興味をもったが、こんな引き籠りで妹に散々迷惑を掛けていて、家から出る事も出来ない駄目ニートなんて、きっと相手にしてくれないと、凛の姉だから話してくれたのだと、大きな溜息を吐きながら、ヘッドホンを付けて再びゲームを始める。
ゲームの世界だけは、自分を裏切らないから、ゲームのキャラクターだけが、自分の恋人で友達なんだからと、少し悲しい気持ちになりながらも、ゲームの世界へと入り込んでいった。
着替えを終えると、怖がらせてごめんねと、あと会った感想はどうだった? と彩香に聞く。
「りんりんが、超怖かったです」
「だから、ごめんって。私じゃなくてお姉ちゃんの第一印象だよ」
「セクシーだったけど、胸はりんりんの方があるよね。あと、エロゲー好きなんだね。聞いていたけど、本当にやってるとは、あと棚に沢山エロゲーと百合本があったのには驚きだけど、悪い人じゃないと思うから、もっとお話ししてみたいかな」
確かにあんなにエロゲーと百合本を持っているとは、何度も部屋に入っていたけど、今まで気付かなかったと言うか、気にしない様にしていたと言うのが正解だろうと思う。
「ありがとう。お姉ちゃんスマホ持ってるから、明日アドレス交換したら? 」
「してくれるかな? いくらりんりんのお友達とは言え、今日会ったばかりの人に教える? 」
多分大丈夫だと思うよと、お姉ちゃんまんざらでもなさそうだったしと、さすがは妹であり灯が引き籠りになってから、ずっと世話をしてきただけあって、灯が彩香に興味を持った事に気付いていて、敢えて知らないフリをしていたのだから、凛ちゃんは恐ろしい女の子だった。
凛が三人で夕食にしましょうと、トレイに夕食を乗せて持ってきたけれど、凛ちゃん以外と食べるなんて出来ない。
彩香ちゃんとは、またお話ししたいけれど、一緒に夕食を食べる勇気はない。
「ごめんなさい。お姉ちゃん、まだ無理」
やっぱり無理かと、凛はわかったよと灯の分の夕食だけ置くと、彩香と一緒に部屋から出て行った。少し寂しそうな彩香の後ろ姿に、ごめんなさいと謝りながら、凛の用意してくれた夕食を食べようとして、小さなメモがある事に気付いた。
メモを開くと、今日は急にごめんね。お姉さんとも仲良くなりたいです。私のアドレスなので、良かったらメールしてねと、彩香からの手紙を見て、灯はメールしてもいいの?
こんな私とお友達になってくれるの?
そんな筈ないよね。きっと凛の姉だから気を使っているんだよね? とずっと引き籠りをしていただけじゃなくて、過去の事を思い出して、どうしてもすぐに信用出来ない。
彩香からの手紙を見詰めながら、メールしたいな。でもこんな私とメールしても、きっと楽しくないよねと、灯は夕食にも手をつけずに、モニターに映る美少女キャラを虚な瞳で見つめていた。
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