第28話 二匹目のペンギン
朝学校につくと、隣のクラスが騒がしかった。廊下まで人が溢れかえっていた。
なんだろうと思って近づくと、人だかりの向こう側に僕と同じリボンの制服を着ている生徒が少し照れているのが見えた。
人が多すぎて下のほうは見えないが、リボンをつけているということは下はスカートなんだろう。
僕が4月からスカートをはき始めて半年以上が過ぎて、二人目のスカートを履く生徒が出てきたみたいだ。
「あっ、秋月さん」
向こうのほうが僕の存在に気付いたみたいで、声をかけてくれた。そして、僕のほうへと向かって歩き始めた。
僕の前にいた人たちが気を使って一斉に横にずれてくれたので、モーセの海割のように道が開けた。
ゆっくりとこちらに向かってくる生徒は、僕よりも背が高く、髪の毛はショートボブにカットされており可愛らしい印象を受ける。
「初めまして、山下祐樹です」
「はじめまして」
「秋月さん見て僕もスカートで学校に行こうと思ったけど、髪伸ばしたかったし、親を説得するのに時間かかっちゃった。これから、女の子同士よろしくね」
山下に握手を求めてきたので、僕もそれに応じた。表面上笑顔は作ったが、僕の心中は穏やかではない。
朝のホームルームが終わると、村中先生に呼ばれた。
「隣のクラスの山下さんのことだけど」
「朝、会って挨拶されました」
「知ってるなら話は早いね。女の子同士仲良くしてあげてね」
「はい」
先生の手前快く応じたが、今までの男子校の姫ポジションが脅かされるのが心配であまり歓迎はできない。
浮かない気持ちで午前中の授業を終え、昼休みになった。あまり食欲もないので食堂にはいかず、売店で焼きそばパンでも買ってこようと思い売店に向かう途中山下に声をかけられた。
「秋月さん、お昼一緒食べない?」
「あっ、いや、お弁当持ってきてないから、学食で食べるね」
そんなつもりはないが、一緒に食べたくはなくとっさに嘘をついた。
「それだったら、お弁当二つ作ってきたから一緒に食べよ」
山下は両手にかわいらしいお弁当袋を二つ持ちながら、断られることを微塵にも思っていない笑みを浮かべていた。
断るのも気が引けて、山下の教室で二人向かい合ってお弁当を食べることにした。
お弁当箱を開くと、小さめのおにぎり二つとともに卵焼き、ウインナー、ミニハンバーグにプチトマトと王道のおかずが入っていた。
「いただきます。う~ん、これ美味しい。これって山下さんが作ったの?」
「お口にあったようで良かった。そうだよ朝作ったんだけど、お母さんお弁当持っていくの忘れたから持ってきたの」
卵焼きを口に入れた途端、上品な出汁の風味が口の中に広がった。ふんわりとした塩加減もちょうどよく、料理の腕がかなりのものだとわかる。
「山下さん、料理上手なんだね」
「ウチ母子家庭でお母さん帰ってくるの遅いから、中学上がってからは夕ご飯自分で作ってるからね。高校になって給食がなくなってからは、節約のためにお弁当も作ってるの。大学進学のこと考えるとお金貯めておきたいしね」
「ごめん」
突然の重たい話に、変なことを聞いてしまった罪悪感を感じた。
「いいよ、別に気にしてないから」
「お弁当もらっておいて悪いけど、もし僕が一緒に食べなかったらどうするつもりだったの?」
「そしたら、クラスの適当な男子にあげるつもりだった。運動部なら学食食べた後でも、これくらいの弁当なら食べる人いるしね」
最初は姫ポジションを奪われるのではないかと危惧して警戒心を抱いていたが、山下は意外といい人なのかもしれない。
「ところで秋月さんって、彼氏いるんでしょ?いいな~、私も彼氏ほしい」
おにぎりを食べながら山下が、うらやましそうに僕を見ている。斎藤とはいろいろあったが、結局別れてはいない。
うるおいのない男子校生活に疑似恋愛を求める斎藤、テスト前には勉強を教えてもらわないといけない僕との間には、ギブアンドテイクの関係性が構築されていた。
それに斎藤のことを夜のおかずにするぐらい、いつの間にか僕も斎藤のことを好きになっていた。
「すぐに見つかると思うよ。山下さん、かわいいし」
「ありがとう、女の子同士なんだから、『さん付け』やめようよ。そうだ、アッキーって呼んでもいい?」
「いいけど、私は何て呼べばいい?」
「なんでもいいよ、山ちゃんでも裕ちゃんでも」
「じゃ、裕ちゃんで」
『さん付け』をやめると、一層親しみが増してきた。
「アッキーはいつごろから、女の子になりたかった?私、小学生の時クラスのかわいい女子を見て、好きっていうよりあんな風に自分もかわいくなりたいって思ったあたりで、男子じゃないんだって気づいたけど」
新旧と引き換えに女子高生になった僕とは違い、裕ちゃんは長い間体と心の性の不一致で悩んでいたみたいだ。
「いつとははっきり覚えてないけど、中学生の時女子のセーラー服見て自分も着たいって思ったのは覚えているけど」
4月に考えていた女子高生になる設定を思い出しながら答えた。
「アッキーが4月から女の子になってくれてよかった。おかげで、私も一歩踏み出せたよ。ありがとう」
村中先生の言ったとおり僕がスカートを履くことで、潜在的に体と心の性の問題で悩んでいた生徒に勇気を与えたみたいだ。
女の子に成りたかったと嘘をつくのは心苦しいが、それでも僕の存在が誰かの役に立てたことはうれしい。
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