ファーストペンギン
葉っぱふみフミ
第1話 進級の条件は
「どうだった?」
「明日、親と一緒にもう一度面談だって。やっぱり留年かな?」
明人は僕にかける言葉が見つからなかったみたいで、無言で肩をたたいて励ましてくれた。
泣き出しそうになるのをぐっと堪えて、下校の準備を始めた。
楓が通う光林館高校は国公立に多数合格の進学実績を持つ一方で、部活も盛んで全国大会に運動部・文化部も多い文武両道の男子校として、地元では知らない人はいないぐらい有名な高校だ。
そんな光林館高校に奇跡ともいえる快挙で合格できたのが、人生のピークだったのかもしれない。
高校生活に期待を寄せて入学したものの、ハイレベルな授業にまったくといっていほど授業についていけず、すぐに絶望に満ちた日々を送ることになってしまった。
テストはいつも赤点。数学では動く動点Pに殺意を抱き、英語では仮定法過去、未来って「タイムマシンかよ」とツッコミ、古文では同じ日本語とは思えない暗号のような文章に苦戦していた。
ある程度覚悟はしていたが3学期の終業式の後、担任の先生から呼び出されて留年の宣告を受けてしまった。
「あ~、留年かな。嫌だな~。明人がもう少し丁寧に勉強教えてくれたらこんなことにならなかったのに」
「教えようとしても楓が『わからない』ってすぐに諦めて、漫画を読み始めるからだろ」
「明人って事実で攻めるタイプ?そんなんじゃ女の子にモテないよ。女の子にはまずは共感が大事なんだから」
「男子校でモテるもクソもないだろう」
学校からの帰り道、明人から肉まんを奢ってもらって、ようやく軽口を叩ける程度には精神的ダメージは回復してきた。
今日、留年決定を告げられなかったのをみると、明日親を交えた三者面談で何かしら救済処置が出てくる可能性もある。それに期待することにしよう。
翌日母親を交えた三者面談が始まったが、留年という深刻な話で相談室は重い空気に包まれていた。
「提出物など授業態度はいいんですけど、肝心のテストがですね」
担任の村中先生が成績表を指差しながら、母親と話している。前髪を耳にかける姿が妙に色っぽい。
四十点以下の赤点は赤字で記入することになっている成績表は、血の海のように真っ赤だ。
覚えればどうにかなった世界史と地理はかろうじて赤点は免れたが、数学、英語といった他の科目は赤点ばかりだ。
「やっぱり、楓は留年なんでしょうか?補講とか課題提出とかで、何とかなりませんか?」
母がすがるように先生にお願いしている。成績不良の息子のために、頭を下げる母の姿を見るのは忍びない。ごめんよ、おかあさん。
「そこで一つ提案があります。ちょっと待ってもらってもいいですか?」
村中先生は相談室から出ていき、数分後スカートの制服を着ているマネキンを抱えて戻ってきた。
「先生これは?」
「知らないと思うけど、この学校の制服よ」
制服?男子校なのにスカート?改めてマネキンが着ている制服を見てみると、同じデザインのブレザーは合わせが逆だし、リボンの柄も今自分がしているのと同じ柄だ。下半身の紺と黒のチェックスカートだけが大きく違う。
「でも、ウチの学校、男子校ですよ。なんで女子の制服があるんですか?」
「スカートだから女子の制服って、短絡すぎです。だから成績が……、ゴホン」
そこまで言いかけた時、母も同席していることに気づき先生は言葉を濁した。
「5年前にLGBTに配慮してスカートの制服を作ったけど、これまで誰も希望者がいなかったの」
「先生、そんなの当たり前じゃないですか?」
「当たり前って何?そんなだから、成績が……、おっと失礼。人口の0.7%が自分の性に違和感があるって言われてるの。うちの学校、一学年400人だから一学年に2~3人いても不思議じゃないの」
LBGTなんて、ごく稀にいる人の話だと思っていたが、一学年に2~3人と改めて言われるとすごく身近に感じる。
「話は少し変わるけど、秋葉君『ファーストペンギン』って知ってる?」
「最初に海に飛び込むペンギンの事ですか?一匹飛び込むと、次々に他のペンギンも飛び込んでいくのをテレビでみたことあります」
「そう、知っているなら話は早いね。それで、秋葉君には4月からはこの制服で学校に来て欲しいの。それが進級の条件。どう?」
えっなんで?ペンギンとスカート、話が全然つながってないよ、先生。先生の突然の提案に戸惑い、言葉が詰まってしまった。
「どういうことですか?それで、楓は進級できるんですか?」
代わりに母が聞いてくれた。ナイス、おかん。
「ちょっと話が飛び過ぎましたね。先ほど説明した通り、潜在的に心と体の性が一致していない生徒がいます。男子だけど心は女の子でスカート履きたい。でも、誰も履いていないから履けないって苦しんでると思うの。そこで、ファーストペンギンとして秋葉君がスカートで学校に来るようになったら、その子たちもスカートが履きやすくなると思うの」
「別に僕、女の子になりたいとは思っていないですけど」
「そこは、そのフリをしてもらっていいかな。実は女の子になりたかったという設定で、2年生からは女子高生として学校生活送ってもらうということで」
進級できるのは嬉しいけど、スカート履いて学校に行くなんて想像しただけでも嫌だ。でも留年するのも嫌だ。
「先生、それでお願いいたします」
「ちょっと母さん、勝手に決めないでよ」
「何言ってるのよ。留年するよりマシでしょ。もともと、楓、あなたの成績が悪いからこうなってるんだから、楓に発言権はないの!」
「そうですか、受け入れてもらえてありがとうございます。ご家庭でのフォローも大切になってくるので、よろしくお願いします」
母に押し切ら得る形で、楓の女子高生生活が決まってしまった。僕どうなるの?女の子になっちゃうの?
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