第20話 夏祭り
お盆を過ぎたとはいえまだ暑く、体育館はサウナのようになっている。バスケ部員のように動き回らなくても、練習開始後すぐに汗をかき始めてTシャツに汗がにじんできた。
汗をいっぱいかけば痩せれると思い、お盆明けから毎日の練習に参加していた。
「秋月さん、ちょっとビデオ見せて」
「どうぞ」
斎藤がシュートフォームを確認するためタブレットを受け取りに来た。タブレットを受け取る瞬間、透けているブラジャーをみるために斎藤の視線が一瞬だけ胸の方にいっているのがわかる。
「ありがとう」
確認が終わった斎藤がタブレットを返してきた。
「ところで、秋月さん。この後みんなでお昼ご飯食べに行くけど、一緒にどう?」
「ありがとう、でもこの後妹と買い物行く約束しているから、また今度ね」
「そうなのじゃ、また今度ね」
当てが外れて残念そうな斎藤は、練習へと戻っていった。斎藤から誘われて嬉しかったが、バスケ部がよく行くお店は地元では有名なデカ盛りのお店なので明らかにカロリーオーバーだ。
それに咲良との約束があるのも事実で、部活が終わり一度家に帰りシャワーで汗を流した後、先に帰っていた咲良と一緒にショッピングモールへと向かった。
ショッピングモールの2階には、夏祭りに合わせて浴衣の特設会場が作られていた。稲葉と夏祭りに行くことが決まると、咲良が浴衣の方が良いと勧めてきたので見てみることにした。
柄や色がいろいろあって、見ているだけでも心が浮きだってくる。それは咲良も同じようで、浴衣を持ってきては僕の体に当てて、「白地より紺地のほうが似合うかな」とか「花火柄も良いけど百合柄も捨てがたいな」とか嬉しそうに言っている。
浴衣は紺地に朝顔柄に決まったが、その後も巾着や草履などの小物選びにも時間がかかり、買い物が終わるころには夕方近くになっていた。
「遅くなっちゃったね。早く戻って晩御飯作らないと」
「お姉ちゃん、今日の晩御飯何?」
「時間ないから生姜焼きかな」
料理も母から習っていくつかレパートリーが増えてきた。それに料理を覚えると作るのが楽しくなって、母がパートで遅くなる日は夕ご飯を作るようにしていた。
料理を作るたびに稲葉にも食べさせたいと思ってしまう。
体重も目標通り3キロやせたところで、夏祭り当日となった。はやる気持ちが抑えられず、5時の約束なのに3時過ぎには浴衣に着替え始めた。
母に手伝ってもらって浴衣を着て、髪の毛は咲良にセットしてもらった。
「お姉ちゃん、かわいい!」
「やっぱり
咲良と母がそれぞれ感想を口にした。性別は違うとはいえ血のつながっている兄妹、僕が女の子に近づくほど妹の咲良に似始めていることには僕の気づいていた。
身内ながらアイドル並みに可愛いと思っている妹にそっくりと言われると、自信がでてきた。きっとこれなら、稲葉も喜んでくれるはず。
「じゃ、行ってくるね」
早く稲葉に浴衣姿の僕の姿を見せたいという衝動に駆られて、約束の時間まで1時間もあるのに待っていられずに家を出ることにした。
予定より30分早く待ち合わせの場所に着いたが、稲葉はいなかった。稲葉も待ち合わせには早く来るタイプなので、あと15分もすれば来るだろう。
駅の柱に寄り掛かりながらスマホで時間をつぶしていると、見知らぬ男から声をかけられた。
声をかけてきた男の後ろに、その後ろに同じ大学生のような男二人が立っている。
「お姉さん、ひとり?」
「僕たちと遊ばない?」
「えっ、そんな結構です」
「そんなこと言わないでさ」
稲葉とデートした時に声で男とバレて稲葉に恥ずかしい思いをさせたくないと、女の子の声を夏休みの間練習してきた成果もあり、大学生グループは僕のことを女の子と信じているようだ。
女の子と思われて嬉しい半面、しつこい誘いに困惑している。いっそ男の声を出して驚かせてやれば諦めてくれるかなと思ったところで、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「秋月、遅れてごめん」
バスケ部の斎藤だった。あえて呼び捨てすることで彼氏を演じてくれるようだ。
「
「悪い、ごめん。タコ焼き奢るから許して」
こちらも彼女っぽく下の名前で呼んで、斎藤の腕にしがみついた。
「なんだ、彼氏持ちかよ。じゃあな」
大学生たちよりも体格のいい斎藤には逆らえなかったようで、大学生グループは逃げるように去って行った。
「斎藤、ありがとう、助かったよ。このお礼はいつかするね」
「いいって、秋月さんの浴衣姿見れただけで十分だよ。誰かと待ち合わせしてるだろ、俺もバスケ部の連中と待ち合わせしてるから、じゃあな」
「ほんと、ありがとう」
斎藤の後ろ姿を見えなくなるまで見送った。ちょうど入れ替わるように、人ごみの中にジーパンにTシャツ、相変わらず飾りっ気のない服装の稲葉の姿が見えた。
「先に着てたんだ」
「もう、女の子を待たせるなんて最低」
「女の子じゃないだろ、ってその声!?」
女の子の声に稲葉が驚いてくれた。練習したかいがあったみたいだ。夏祭り会場の公園に向けて稲葉と一緒に歩いて向かう。
「なんか、そのしばらく会わない間に、変わったな」
「そう?」
本当はダイエットはじめ女の子らしくなるためにいっぱい頑張った。でも、稲葉のために頑張ったことは内緒にしておきたい。
久しぶりに会ったというのに稲葉は話しかけてこず、にぎやかな夏祭りとは対照的に二人とも無言で歩き続けた。
「ところで、将棋の大会どうなった?」
「ああ、それは全国大会2回戦負けだよ。やっぱり全国は違うな」
無言の雰囲気に耐えかねて、僕の方からどうでもいい話題を振った。昔だったらゲームや漫画の話題などすぐになんでも盛り上がったのに、今はちがう。話があまり盛り上がって行かない。それでも、無言の雰囲気が嫌なので、無理に話題を作って話を続けた。
夏祭り会場を1周回ったところで、稲葉が休憩しようと屋台でラムネを2本買ってきたので、ベンチに座って飲むことにした。
一口ラムネを飲んだあと覚悟を決めて、稲葉にあったら言おうと思っていたことを告げた。
「ねえ、稲葉。好きだ、付き合ってほしい」
心臓の鼓動が聞こえそうなほど激しく脈打っているのが分かる。
「俺も、アキのこと、好きだ」
嬉しくて雄たけびをあげそうになるのを必死にこらえる。でも、稲葉の表情はあまり嬉しそうにしていない。
「でも、男同士付き合えない。ごめん。アキのことは、可愛いと思うし、一緒にいたいと思う。でも、ダメなんだ。男同士は、ほんと、ごめん。アキの気持ちには気づいていて、夏休みの間ずっと考えていたけど、やっぱり無理だ」
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