第21話 新学期

 朝起きて窓を開けてみると、空は快晴で9月になったが今日も暑くなりそうだった。でも天気とは対照的に、僕の気分は晴れない。


「お姉ちゃん、まだダイエット続けてるの?ダイエット中でも、もう少し食べないと筋肉まで落ちてリバウンドしやすくなるよ」


 食欲がなく朝ごはんをあまり食べない僕を、心配した咲良が声をかけてくれた。たしかにこのままだと痩せるを通り越して、やつれてしまう。あまり食欲はないが、無理やりバナナヨーグルトを口に入れた。


 学校に着くと、稲葉は窓際の席でひとり詰将棋の本を読んでいた。


 新学期になったのにあわせ席替えも行われたので、いままで僕の後ろの席にいた稲葉は窓際へ、僕は廊下側と席まで離れてしまった。


「稲葉、おはよ」

「おはよ」


 窓際の稲葉の席まで近づいて挨拶をした。稲葉は一応は挨拶を返してくれるが、すぐに本の方に視線を向け読み始めた。


 以前だったら漫画やゲームの話で盛り上がっていたのに、義務的に返事されるのみだ。

 僕の期待には応えられないので、僕に期待させないようにするための稲葉なりの優しさなのかもしれない。


 今日の4時間目は数学だった。気を抜くと授業について行けなくなるので、昼休み後の眠たい時間帯でも集中して授業を受ける。


「秋月さん、今日放課後なにか用事ある?」


 数学の授業が終わると、村中先生が話しかけてきた。


「いや、特にないですけど」

「じゃ、放課後少し話そうか」


 クラスメイトから先生から呼び出しなんて、何か悪いことでもしたのかと冷やかされた。前にも村中先生とは面談したことがあったので、今回も同じようなものだろう。


 帰りのホームルームが終わると、先生の後をついて教室を出た。先生が着ているベージュのプリーツスカートが秋を感じさせ素敵だ。一年生のころは気づかなかったが、僕もスカートを履くようになって先生の服選びのセンスの良さが分かってきた。

 季節に合わせて、流行も抑えつつ、学校という場に相応しいフォーマルさを出しながら、一方で小さいながらもリボンやフリルなど女の子らしい要素も取り入れている。


「職員室は他の先生もいるし、相談室に行こうか?でも、荷物置きたいから職員室に寄るね」

「はい」


 先生と一緒に職員室に入り先生の机のもとへと行くと、先生の机の上は書類や本が山積みになっていた。先生がその上に出席簿と日誌を置くと、それでバランスが崩れたのか書類の山が崩れ、机の上にあった本や書類が床に散らばった。

 慌てて先生が拾い始めたので、僕も手伝って床に散らばった書類を拾うことにした。


「ごめんね、書類仕事が溜まってて」


 いつものクールな表情をしている先生の照れ隠しに浮かべた笑みに新鮮な感じを覚えた。


「はい、先生」


 僕の足元に落ちてきた封筒やプリントを拾い集めて先生に渡した。一番上には教育委員会の名前の入った封筒が乗っている。見るつもりはなかったが、宛名の部分が目に入ってしまった。


「あれ、これ、先生の名前違いませんか?先生の下の名前って草冠に発みたいな字の『葵』でしたよね?この宛名、読み方は同じだけど『蒼唯』になってる」

「ああ、これね。先生の名前、本当はこっちなの。親が字画が良いからってこっちにしたけど、男の名前っぽくって嫌いだから普段は『葵』をつかっているけど、公的なところは本名にしてるの」

「そうなんですね」

「その点、秋月さんは『楓』だから男女どっちでもありそうだから良いよね」

「まあ、そうですけど、あまりそんな風に考えたことなかったです」

「拾ってくれてありがとうね。さぁ、相談室に行こう」


 再び先生の後に続いて相談室へと向かった。相談室に入ると、先生はちょっと暑いねと言いながら窓を開けると、僕とテーブルをはさんで向かい合わせに座った。


「最近、元気なさそうだけどどうしたの?夏休み空けてかわいくなっていたから、てっきり女の子を楽しんでいるかと思ったけど、そうじゃないみたいね」

「まあ、その……、なんというか」


 授業中はいつもと変わらないようにしているつもりだったが、それでも先生の目には落ち込んでいるように見えていたみたいだ。


「話したくないなら話さなくてもいいけど、話すとすっきりすることもあるよ。女の子同士の会話なんだから、気軽に言いたいことがあれば言ってちゃいなよ」


 先生と生徒の枠組みを意識させないように、先生はわざと砕けた感じで話しかけてくれた。確かに、他に相談できそうな人もいないし、先生に稲葉に振られた話をした。


「そうか、話してくれてありがとう。せっかく頑張って、こんなにかわいくなったのに残念だったね」


 何も状況は変わっていないのに、話すと少しすっきりして気持ちも楽になってきた。


「でも、恋愛は相手の気持ちも大切だからね。先生もあるよ。好きで好きでたまらなかった人に振られたこと」

「先生みたいなきれいな人でも、振られたことあるんですね」


 先生のような美人でも振られたことがあるのは意外だった。


「好きな人と付き合うにはきれいにならないと思ったのは、それからよ。それでダイエットしたり、メイクの腕磨いたりして頑張った。そしたら、私の事受け入れてくれる人がみつかった」

「そうなんですね。私ももっと頑張ります」

「そうしなよ。男子校なんだから、他にも男子いっぱいるし。女子高生生活楽しみなよ。私が高校のころ、こんなんじゃなかったから羨ましいよ」

「そうですね。楽しむことにします。でも、先生が高校のころってどういう意味ですか?」

「あっ、それ、さっきもチラッと話したけど、まだ高校のころ垢ぬけてなくてモテなかったって意味よ。まあ秋月さんも、頑張りなよ」


 先生にポンポンと軽く肩を叩いて、僕を励ましてくれた。

 たしかに、稲葉は受け入れてくれなくても、斎藤を始め優しくしてくれる男子はいっぱいいる。

 いままで稲葉しか恋愛対象に見ていなかったが、もっと広げても良いのかもしれない。そう思うと、気分が少し明るくなってきた。



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