第22話 新たな一歩

 稲葉以外の男性と付き合う。思ってもいなかった考え方だった。

 もともと女の子になりたい訳ではなかったし、恋愛対象は女性と思っていた。


 女性アイドルグループは好きだが、以前のように恋愛対象としてよりもかわいくて好き、猫や犬などの愛玩動物やキャラクターと同じような感覚で見てしまっている。


 咲良の友達の美玖と花梨とは夏休みに一緒に何回か遊びに行ったが、二人とも可愛いのに恋愛感情を抱くことなく、仲の良い友達同士という感情しか抱かない。


 僕の周りにいる同年代の女性と言えば、テレビの中と美玖と花梨ぐらいしかいなかったので気づくのが遅れたが、いつの間にか女性を恋愛対象と見なくなっていた。


「秋月さん、お弁当食べ終わったならサイダーでも飲みに行かない?」


 お弁当を食べ終わり、いつもだったら稲葉と取り留めもない話をしているところだが、疎遠になってしまったこともあり、一人ボーっと物思いにふけていたところを、突然斎藤から話しかけられて我に返った。


「うん、いいよ。この間のこともあるから、今日は私が奢るね」

「気にしなくてもいいけど、それで秋月さんの気が済むならそうしていいよ」


 混みあう売店でサイダー2本を買い、中庭で待っている斎藤のもとへと向かった。恋愛対象として改めて斎藤を見てみると、身長も高くカッコいい。性格も優しいし付き合えるのなら申し分ないが、斎藤も稲葉のように友達としてはよくても男同士は付き合えないといって、恋愛対象としては見てくれない可能性もある。


「秋月さん、最近かわいくなったよね。前は女の子に見えるって感じだったけど、今は女の子としてもかわいいよ」


 斎藤がサイダーを奢ったお礼なのかもしれないが、褒めてくれた。少なくとも好意的には見てくれているようだ。


「ありがとう。今度デートしてって言ったら、デートしてくれる?」

「えっ、いいの?じゃ、今度の日曜なんかどう?」


 思いのほか、簡単にデートが決まってしまった。でも、デートって何するの?恋愛経験のない僕の知識は、手をつないで歩くことぐらいしか知らない。


 その日の夕ご飯、棒棒鶏を美味しそうに食べている咲良にデートって何するのか聞いてみた。


「そうだね、初めてのデートだったら公園とか街中歩いて、疲れたらどこかで休憩がてらお店に入る感じかな。デートプランは男が考えるから、ついて行けばいいよ」

「ふ~ん、そうなんだ」

「それにしてもお姉ちゃんやるね。稲葉さんに振られて落ち込んでいると思ったら、すぐに別の相手とデートなんて」

「そんなんじゃないよ。成り行きというか、一度デートしてみたかったというか……」

「まあ、いいんじゃない。ダイエット頑張ってせっかく可愛くなったんだから、楽しまないとね」


 咲良はニヤついた笑顔を浮かべながら、咲良は棒棒鶏に添えてあったトマトを口に運んだ。


 日曜日、天気も良いが気温もさほど高くなくデート日和だ。午前中部活のある斎藤とはお昼過ぎに待ち合わせしている。早めのお昼を済ませると、デートの準備に取り掛かった。


 クローゼットを空け白のブラウスと黒のキャミソールワンピースを取り出した。ブラウスはフリルで女の子らしさを出してくれ、ワンピースはAラインの広がりが肩幅の広さをカバーして、腰元のベルトで女性らしいくびれを作ってくれる。


 メイクは控えめにして、全体的な清楚な感じでコーデをまとめる。

 斎藤の好みは分からないが、清楚系は男子の好みの最大公約数なので間違いはないだろう。


 待ち合わせしている駅前に行くと、部活を終えた斎藤がすでにきていた。斎藤は部活終わりということもあり制服のままだ。


「ごめん、待たせた?」

「いや、大丈夫。俺も今きたところ。秋月さん、私服もかわいいね」


 予想通り好感触。やっぱり清楚系はオールマイティだ。


「私から誘っておいてなんだけど、この後どうする?」

「俺も何も考えてなかった。とりあえずゲーセンでも行く?」

「いいね。行こ」


 斎藤の手を握り、腕にしがみついた。160㎝と男子としては低めなだが女子としては高めな僕の身長も、180㎝を超える斎藤だといい感じになる。

 斎藤は照れながらも嬉しそうな表情をしているのをみると、咲良に教えてもらった通り甘えた感じで距離感縮める作戦は成功したようだ。


 駅近くのゲーセンに入り、一通りゲームを楽しんだ。斎藤は稲葉ほど上手くはなく、僕と同じぐらいで対戦型のゲームだと相手にちょうど良いぐらいだ。


「秋月さん、ゲーム上手いね」

「去年まで、良く通ってたからね。そのせいで留年しそうになったから、最近はあまりきてないけど」


 次はなにしようかとゲームセンター内を歩いていると、クレーンゲームのコーナーの前を通りかかった。


「あっ、かわいい」


 最近始まったアニメのキャラクターが2頭身にデフォルメされてぬいぐるみになっており、その可愛さに目を奪われてしまった。


「秋月さん、欲しいの?取ろうか?俺得意なんだ」


 斎藤は返事を待つことなく、クレーンゲームを真剣にチェックし始めた。


「これ、いけるね」


 そう言って斎藤はプレイを始めた。真剣な表情でクレーンを操作して、ボタンを押した。アームがぬいぐるみへと伸びていき、ぬいぐるみの頭の部分を挟んだ。上手く持ち上がって景品口へと向かっていく。

 アームが景品口で開くと、ぬいぐるみが落ちてきた。


「どうぞ」


 斎藤がドヤ顔で渡してきたぬいぐるみを受け取った。


ごいね。クレーンゲーム上手いんだ」

「まあね、アームの設定でいけるのといけないのがあるけど、これは大丈夫なやつだったから、あとはぬいぐるみの重心を見極めるだけだよ」

うなんだ、らなかった。すが斎藤、何でも知ってるね」


 男なんてほめておけば上機嫌になるんだからと、咲良に教えてもらった誉め言葉の「さしすせそ」をつかって斎藤を褒めた。「せ」の「センスがいいね」は織り込めなかったが、またの機会に使うとしよう。


 斎藤は嬉しそうにしているし、男を落とすって意外と簡単なのかもしれない。好きな人と付き合うのもいいけど、自分を好きでいてくれる人と付き合うのも楽しいかも。

 横ではまだ斎藤がクレーンゲームのコツを熱く語っている。自慢げに語る斎藤はかっこよかった。












 

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