第29話 負けられない戦い

 風の冷たさに冬が近づいていることを実感する。バスケ部の練習を終えて帰ると、日も沈んでいた。

 学校から駅までの道のりは同じように部活帰りの生徒がいて、暗くても不安はないのだが、斎藤が「暗いと危ないから、駅まで送るよ」とひかないので一緒に帰るのは続ている。


「拓海、美波さんと連絡とってるの?」

「とっているというか、向こうが一方的に送ってくるのに返信しているだけ、ほら」


 斎藤が自分のスマホを操作して、美波とのメッセージのやり取りを見せてきた。

 確かに美波が今日あったことやテレビドラマの内容など他愛もないことを長文で送っているのに対し、斎藤は「うん」「そうだね」など短文の返事をしている程度だ。


「う~ん!?」


 安心してスマホを目を離そうとしたとき、気になる一文を見つけた。


「何これ、今度日曜日一緒に買い物に行くことになってるけど!」

「美波に先に日曜日予定ある?って聞かれて、ないって答えた後に、買い物に誘われたから断れなくて」


 メッセージのやり取りぐらいならと思っていたが、斎藤と二人でデートなんて許せない。


「私も一緒に行っていい?」

「俺はいいけど、美波がいいというとは限らないぞ」

「美波さんと別に付き合っているわけじゃないんでしょ。だったら、だめとは言う権利はないでしょ」


 修羅場になりそうな展開を嫌がり渋る斎藤を無理やり押し切った。最近分かってきたが、斎藤は意外と押しに弱い。

 美波もそれはわかっていて、押せばどうにかなると思っていそうだ。二人きりでデートさせるには危険すぎる。


 日曜日、2時の待ち合わせだが11時過ぎに早めの昼ご飯を食べる終わると、さっそく準備に取り掛かった。

 黒のティアードスカートにピンクのブラウスと、斎藤が好きそうなファッションに身を包む。


 朝起きた時も髭をそったが、再び髭を念入りに剃った後にメイクを始める。派手なメイクは斎藤の好みではないので、控えめにしつつも男らしい部分を消して女の子らしい顔へと作り変えていく。


 髪もきれいにセットして、鏡で自分の姿を念入りにチェックしてみる。うん、大丈夫。自分史上最高のかわいさだ。


「じゃ、行ってくるね」

「お姉ちゃん、気合入ってるね」

「わかる?」

「わかるよ、目元のラメとリップもいつもより濃いめだし」

「男には負けられない戦いがあるの!」

「頑張ってね」


 ほくそ笑んでいる咲良に見送られて家を出た。


 待ち合わせの場所につくと、斎藤はまで来ておらず美波だけが先に来ていた。白のパーカーに黒の膝丈プリーツスカート、シンプルだけどかわいいコーデ。

 

「こんにちは」


 まずはにこやかに挨拶を交わす。


「楓さん、こんにちは。その服かわいいね」

「美波さんもかわいいよ」


 美波は褒めながらも僕の顔をじっくりと観察するように見ている。メイクを決めてきた僕に対して、美波はすっぴん。

 すっぴんのままでも美波はかわいい。いくら頑張ってメイクしても、やっぱり、本物の女子には敵わない。


「お待たせ」

「もう、遅いよ」


 斎藤が来るなり、美波は甘えた声を出しながら、斎藤の腕に絡みついた。その積極性が羨ましい。

 そのあとも美波は斎藤からも離れず、しかたなく二人の後ろを一人ついて歩く。


「あっ、この服かわいい。でも、私肩幅広いから似合わなそう」


 ショッピングモールを歩いている途中美波は、バーゲンセール中のフリルブラウスに目に留まり一度は手に取ったもの、残念そうな表情でハンガーラックに戻した。

 たしかに肩にフリルがあって、肩幅が広いとゴツく見えてしまう。


「こっちだと胸元がカシュクールになっているから、肩のラインに視線がむかなくて、肩がフリルであっても似合うと思うよ」


 同じくセール品になっていたブラウスの中から、肩幅が広くても似合いそうなデザインのものを選び、美波に手渡した。体形にコンプレックスがある者同士、見てられずに思わず助け舟を出してしまった。


「そう?ありがとう」


 斎藤をめぐって争っている僕から、そんな好意を受けることとは予想していなかった美波は驚きながらも、受け取った服を自分の体に合わせて鏡で確認している。

 気に入ったのか試着してくるといって、美波は試着室に入っていった。


「こんな服着るの初めてだけど、意外と似合うかも?」


 美波は試着室のカーテンを開け、少し恥ずかしそうにしている。

 試着するということで一緒に勧めたチュールスカートでボトムにボリュームが出て、自然と肩幅が広いのがカバーできている。


「いいんじゃない。かわいいよ」

「じゃ、これ買おうかな」


 斎藤に褒められたことで気をよくした美波は、僕が勧めたままに服を買った。


「楓さん、ありがとう。楓さん、ファッションに詳しいのね。私、体形が女の子っぽくないから、おしゃれできないって諦めてたけど、工夫すればいけるのがわかった」

「お役に立てたなら、よかった」

「メイクにも興味があるんだけど、どうしたら良いかわからないから、相談乗ってもらってもいい?」


 それで最初会ったとき、メイクしてある僕の顔をみていたのか。


「いいよ。じゃ、最初だから100均に行こう」

「100均?そんなのでいいの?」

「100均でもいいのあるし、安いから躊躇なく練習できるし、初心者にはいいと思うよ。高いのは、メイクうまくなってから買えばいいし」


 二人でコスメを夢中で選び始めると、斎藤は「じゃ、俺はゲームコーナーで時間潰してるから」と言い残して去っていった。


 斎藤じゃまものがいなくなったところで、集中してコスメを選び、買ったあと美波が早速つかってみたいと言ったので、フードコートに移動してメイクを始めた。


「私の顔だけど、私じゃないみたい」

「美波さんみたいな顔立ちの方が、メイクが映えるね」


 美波はいつまでも手鏡で自分の姿を見ている。

 最初は斎藤をめぐって敵対するかと思ったが、もともとは同じ斎藤が好きな二人。趣味は合うようで、思いの外仲良くなってしまった。








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