第18話 玉子サンド

 日曜日、朝6時に起きると台所へと向かった。冷蔵庫から卵を取り出すと、水を張った鍋へと入れてゆで卵を作り始めた。


 ゆで卵を作っている間に、きゅうりを切ろうとまな板の上に置いた。慣れない手つきできゅうりを切り始めた。


「楓、おはよ、何してるの?」


 起きてきた母が,、危なっかしい包丁使いできゅうりを切っている僕を心配して話しかけてきた。


「今日、サンドイッチ作って持っていこうと思ってるの」

「それはわかったけど、それじゃ美味しくならないよ」


 まな板に並ぶ厚さがバラバラで不揃いなきゅうりをみて、母はやれやれといった表情になっている。


「切ってしまったものは仕方ないから、みじん切りにしてしまおう」


 母に言われるがままにきゅうりをみじん切りにして、ボールに移して塩もみをした。


「なんで塩もみにするの?」

「余分な水分抜いたほうが美味しくなるからよ」


 危なかった。母に教えてもらわなければ、切ったキュウリにマヨネーズをかけただけでパンにはさむところだった。


「楓も、少しずつ料理も覚えていかないとね。男を捕まえるなら、まずは胃袋からだよ」

「どうして、母さんも知ってるの?」

「咲良から聞いたからね。今日は頑張っておいで」


 母に背中をポンポンと叩かれた。その後も、きゅうりサンドに続いて、玉子サンドとツナサンドを母と一緒に作り始めた。


「お母さんね、こうやって子供と一緒に台所に立つのが夢だったのよ。楓も咲良も料理しないからあきらめていたけど、楓が料理する気になってくれて嬉しいよ」


 母はツナ缶の油を切りながら嬉しそうにしている。母には成績不振で心配ばかりかけていたが、少し親孝行ができたようで僕も嬉しくなってきた。


 サンドイッチができたところで、昨日買ってきたばかりの服に着替えメイクをして出かける準備を整えた。

 ランチボックスにサンドイッチを詰めバスケットに入れた。ポシェットに財布やスマホなど入れた。女の子の服を着るようになって気づいたが、女の子の服にはポケットがない。あったとしても実用性よりもデザインを優先され、あまり役に立たない。


「じゃ、行ってくるね」

「頑張ってね。うん、このサンドイッチ美味しい。マヨネーズに入れてある隠し味の辛子が良い感じ」


 出かける前にリビングにでると起きてきた咲良は、僕の作ったサンドイッチの残りを朝食として食べながら手を振ってくれた。


 将棋大会が行われている市民会館に着くと、多くの人でごった返していた。稲葉が出るぐらいだから高校生の大会かと思っていたけど、会場を見てみると小学生から白髪交じりの老人まで幅広い年代が参加していた。


 会場入り口に張り出されてあるトーナメント表を見てみると、すでに一回戦は終わっており稲葉は勝ち上がっていた。

 会場内を見渡すと、奥の方に稲葉が対局しているのが見えた。近くまで行って声をかけたかったが、会場内の真剣な雰囲気に憚られて遠くからそっと見守ることにした。


 稲葉の相手は四十歳ぐらいの中年男性だった。稲葉の方が頭を抱えて悩んでいる。苦戦しているのか、すでに劣勢なのかわからないが、いつもクールな稲葉が苦しんでいる姿を見るのも新鮮でいい。


 やがて中年男性が頭を下げ、稲葉がほっとした表情になった。そのあと、盤面を指差しながら一言二言話し、駒を片付け始めた。

 駒を片付け終わり、審判席に勝敗の報告を終えた稲葉がこちらへと近づいてきた。


「稲葉、お疲れ。よく分からないけど、勝ったの?」

「勝ったよ」

「その割には、苦しそうな表情だったけど」

「将棋っていくら途中優勢でも、最後詰めの段階で間違えると一気に逆転されるから、読み間違えないように必死なんだよ。負けてる方は相手のミス以外で逆転はないから心が落ち着いていくけど、勝ってる方がドキドキして疲れる」

「そうなんだ」


 勝った喜びからか稲葉は饒舌に解説してくれた。


「3回戦は午後からなんでしょ?お昼ご飯作ってきたから、食べる?」


 サンドイッチの入ったバスケットを少し持ち上げると、稲葉が嬉しそうな笑みを浮かべた。

 休憩所となっている市民会館内の会議室に入り、サンドイッチを取り出した。早速、稲葉が玉子サンドに手を伸ばした。


「玉子サンド、美味しいな。これってアキが作ったのか?」

「うん、頑張ってみた」

「ありがとう。ツナサンドも旨!」


 稲葉が美味しそうに食べているのを見ていると、僕も嬉しくなってきた。嬉しくなってくると、下半身の血流がよくなってきて、スカートの中にある僕の息子が成長してきた。


 ふんわりとしているスカートであるがゆえに、成長してくるとふくらみが目立ってしまうので、手を添えて自然な感じで押さえることにした。


「どうした?アキは食べないのか?」

「うん、食べるよ。でも、味見で食べてあまり食欲ないんだ」

「そうか」


 なんとか誤魔化すことができた。成績は良い癖に、鈍感なところが稲葉らしい。

 稲葉の好みに合わせてきた今日のコーデもチラチラこちらを見て気になっているくせに、褒めるのが照れくさく何も言えずにいるところもかわいい。


「あ~、美味しかった。これで午後も頑張れる」

「頑張ってね。あっ、ちょっと待って」


 稲葉の口の周りに玉子の黄身が付いていた。ポシェットからハンカチを取り出し、拭いてあげることにした。


「稲葉、口の大きさ分かってる?」


 顔を赤くてして照れている稲葉、とっても可愛い。朝早く起きて、作った甲斐があった。




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