第26話 元カノ襲来

 斎藤が味方のパスを受け、フェイントで相手をかわしてジャンプシュートした。ボールは綺麗な弧を描き、リングへと吸い込まれていった。

 斎藤の汗にじむ顔も、たくましい上腕二頭筋も、ジャンプシュートの姿もすべてがカッコいい。

 興奮してきた下半身の自己処理を始めてしたいところだったが、試合中なので我慢。しっかりその姿を目に焼き付けて、夜に楽しむとしよう。


 これで得点は84-76の8点差となり、試合の残り時間2分を考えれば油断はできないがセーフティーリードと言ってもいいだろう。

 コート上の斎藤も勝利を確信したのか、試合中にも関わらずガッツポーズでこちらを見ている。


「あと2分、集中!」


 表情を日決めなおした斎藤はキャプテンらしく大声で指示を出している。その後、オフェンスの時はパスをゆっくり回し24秒ルールをフルに使って時間を稼ぐことで相手の反撃を封じて、88-84で逃げ切り勝利を決めた。

 これでウィンターカップ県予選ベスト4に進出となった。インターハイ予選ではベスト8で敗退だっただけに、部員みんな嬉しそうにしている。


 夏休み暑い体育館の中で練習を見守っていただけに、関係ない僕も喜びがこみあげてくる。みんなと一緒に勝利の余韻に浸りたいところだが、一足先に更衣室へと向かう。


 男子更衣室で一緒に着替えるわけにはいかないので、先に制服に着替えてロビーで斎藤を待つことにした。


 ロビーの椅子に腰かけながら、今日の試合のことを振り返る。シュートを決めたところもカッコよかったが、フェイントで相手を抜いたところも良かった。

 ディフェンスでも相手のパスカットしてボールを奪っところを良かった。


 斎藤はただ「すごかった」とか「勝って良かったね」と褒めても喜ぶが、「あのプレーすごかったね」などと具体的に褒めると、饒舌にそのテクニックが上手いのか語り始めて上機嫌になる。

 なので今日はどうしようかなと、考えていると着替えが終わった部員が出てき始めた。


 斎藤はどこかな?と思いながら、バスケ部の集団をみていると奥の方に斎藤の姿が見えた。

 駆け寄って近づこうとすると、僕よりも先に斎藤に近づき始めた女子高生の姿が目に入った。

 その女子高生は斎藤の肩を軽く叩いた。斎藤が驚いた表情を見せた。


「拓海、久しぶり。ベスト4おめでと」


 僕の斎藤を下の名前で軽々しく呼ぶ、この子はいったい誰だ?


「あ~、ありがとう。美波久しぶりだな。どうして、ここに?」

「この後、うちらも試合なんだ。それで予定表見たら光林館の名前があったから、みんなより先にきて試合見てたの。第3クォーターのフェイダウェイシュート、かっこよかったよ」

「そうなんだ」


 僕もいることに気づいた、斎藤は気まずい表情を浮かべている。


「秋月さん、こいつ川端美波、中学の同級生なんだ」

「こいつって、元カノに向かって何よ!それに、別れたつもりはないんだからね。拓海が私に黙って光林館に行っちゃっただけでしょ。って子の人誰?」


 そう言って、美波は斎藤の腕に絡みつきながら僕の方を向いた。


「秋月楓です。バスケ部のマネージャーで、拓海には仲良くしてもらっています」


 礼儀正しく挨拶することで余裕を見せつつ、下の名前で呼ぶことで親密さをアピールしてみた。


「あ~、ほらテレビでやってたろ、男子校だけどスカート履いている生徒がいるって。LGBTってやつ」


 斎藤がしどろもどろな口調で、美波に説明している。


「ふ~ん。男子にしては可愛いんじゃない」


 僕は知っている。自分が勝っている時しか女子は可愛いと褒めない。バスケ部らしくショートカットだが、顔立ちは整っており確かに可愛い。

 どうする?向こうは別れたつもりはないから彼女面しているが、ここで張り合った方がいいのか?黙って、余裕を見せた方がいいのか?恋の経験値が少なすぎて分からない。


「じゃ、私そろそろ行かないと行けないから行くね」


 どうしたらいいか戸惑っている間に、美波は去って行ってしまった。何かよく分からないが、負けた感じがする。


「あ~、あれはその~、今は何もないから。会ってのも中学以来初めてだし」

「向こうは『別れたつもりはない』って言ってたけど」

「それは、あいつ見ての通りグイグイくる性格だから途中から嫌になって別れようと思ったけど、なかなか別れてくれなくてさ~。志望校どこってしつこく聞かれて、高校まで追ってきそうだったから、男子校の光林館にすれば追ってこないと思って安心してたけど」

「ふ~ん。そうなんだ」


 体育館をでて駅までの道のり、いつもなら試合を振り返りながら楽しく過ごす帰り道も、今日は雰囲気が重い。


「中学の友達に聞いたら、美波最近彼氏と別れたらしい。それで、俺とよりを戻そうとしているみたい」


 普通に考えれば、カッコよくて偏差値高めの高校のバスケ部のキャプテンなんて周りの女子がほっとくわけない。


「で、どうするの?より戻すの?こんな偽物の女子高生より、本物の女子高生の方が良いよね」


 つい、心にもないことを言ってしまう。でも、斎藤は男子校での疑似恋愛を楽しんでいるだけだと、本当は分かっている。


「楓のことは、可愛いし優しいし気が利くし好きだよ」


 質問に答えていない。誤魔化そうとしているのがバレバレだ。でも、ここでしつこく食い下がると、美波のように嫌われてしまいそうなので、これ以上聞くのはやめた。


「じゃ、俺こっちだから」


 駅の改札で斎藤とは別れた。帰りの電車の中、一人考える。

 疑似恋愛ごっこなのは自分でもわかっている。高校を卒業して大学に入れば、斎藤は女子からモテるだろうし、僕も男子に戻る。

 だけど、振られるのは嫌だ。かと言って、こちらから振るのは気が引ける。どうしたらいいか悩んでいたら、降りる駅を乗り過ごしてしまった。


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