第16話 夏の始まり
外は雨が降っている。明日から期末テストということも重なって、僕の気持ちもクラスの雰囲気も外の天気同じように重い感じだ。
授業が終わると部活もテスト休み中なので、家で勉強する派は早々と帰宅し教室には、家に帰っても遊んじゃうから学校で勉強する派が残っている。
僕はというと、帰りのホームルームが終わるのを待ち構えていたかのように教室に入ってきたバスケ部に5組の教室へ連れられて行かれてしまった。
稲葉と一緒に勉強しようと、シャンプーを変えて、制服も香り付き柔軟剤で洗濯して、先ほどトイレで制汗スプレーをして準備万端だったのに、バスケ部の強引な誘いに勝てず連れていかれてしまった。
教室から出る寸前、稲葉と視線が合った。せめてここで稲葉が止めてくれることを期待したが、「頑張っておいで」と手を振ってくれただけだった。
明日は数学B、現代文、世界史の3科目が予定されている。数学と現代文は3日前に対策済みなので、今日は直前でもどうにかなる世界史のテスト対策がバスケ部の富樫の解説で行われた。
「―――という訳で、宗教革命が起きた。ここ絶対テストに出るから、要チェックな。宗教革命でできた新しい宗派プロテスタントか、もう一人の改革者カルバンを答えさせる問題が出そう」
富樫の解説を他のバスケ部員と一緒に聞いている。隣り座っている斎藤も熱心に富樫の解説をノートに写している。斎藤はノートに書き写し終わると、こちらを向いて僕の髪の毛を触り始めた。
「秋月さん、シャンプー変えた?いつもと違う匂いだけど」
「うん、梅雨だからね。ちょっと気になって、ごめん、匂い強かった?」
「いや、いい匂いだなと思って」
斎藤はこんなところは敏感だ。バスケ部のキャプテンだし、男子校でなければモテていただろう。それに引き換え稲葉は、僕の後ろの席に一日中いてお昼ご飯も一緒に食べたのに、何も言ってくれなかった。稲葉のために、頑張ったのにな。
翌日からテストが始まり、夜遅くまで勉強、眠い目をこすりながら学校に行き午前中にテストを受け、午後の速い時間に帰宅後すぐに仮眠をとってから再び勉強とテストに追われる日々が始まった。
中間テスト同様、簡単なところは確実に獲り、難しい問題も部分点を狙って何かしら書き込み、赤点回避を狙う。
去年までは解ける問題はわずかだったので試験時間を持て余していたが、今は試験時間いっぱい使って解答用紙を埋めていくため時間が足りないぐらいだ。
当然、テストでの体力消耗が激しくなる。食べないと体がもたないので、おにぎり二つですませている朝食に、トーストにバナナも足して食べてきた。
妹の咲良からは、「太るよ」と注意されたが、ダイエットはテストが終わってから始めることにしよう。
そんなこんなで疲労困憊でようやくたどり着いた、4日目の最終科目の試験終了のチャイムが鳴った。4日間にわたる期末テストもようやく終わった。
天気は梅雨時にしては珍しく快晴で、テストが終わった解放感と重なってテンションが上がる。
帰りのホームルームが終わり、帰り支度をしている稲葉に声をかけた。
「稲葉、今日部活か生徒会ある?」
「どっちもない、帰って寝るだけ」
「やっぱり稲葉でも試験前は勉強するんだ」
「いや、そっちはすぐに終わったんだけど、将棋の大会が近いから角換わり腰掛け銀定跡の研究していて、気づいたら午前3時で、4時間も寝てないから眠い」
稲葉はあくびをしながら答えた。赤点の恐怖なんて感じたことない稲葉にとっては、テストよりも将棋の方が大事みたいだ。
「じゃ、お昼ご飯一緒に食べようと思ってたけど無理かな?」
「いや、行こう。眠たいけど、飯は食べたいし。学食でいいか?」
稲葉と一緒にご飯食べられるならどこでもいい。学食へと移動して、僕はうどん、稲葉はカレーを注文してお昼ご飯を食べ始めた。
「しかし、テスト前に将棋の研究とは余裕だね」
「定期テストだしな。試験範囲確認して教科書見直せば、授業内容思い出せるし、テストは授業でやったところから出ないからどうにかなるし」
稲葉は何事もないかのように言って、カレーを口に運んでいる。テスト対策を必死でやりながら赤点を回避している僕らとは、次元が違い過ぎて参考にならない。
「ところで、アキ来週の日曜日、暇か?」
「今のところ特にマネージャーの依頼もないから、空いてるけど?ゲーセンでも行く?」
「いや、その日将棋の大会があるから、応援に来てくれないか?」
「将棋の応援って?私全然将棋分からないよ」
「いいよ、いてくれるだけで」
突然の稲葉からの誘いに食いつきたいところだったが、ガッツいてそうにみえるのも癪なので、ちょっと間をおいて返事をすることにした。
「まあ、家でゴロゴロしているよりは楽しそうだから行くね」
本当は行きたくてたまらないが、恩着せがましく言ってみた。恋は駆け引きが重要だ。
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