第13話 面談
稲葉に頭にポンポンされた時に感じた電流のような、それでいて心地よい刺激をもう一度味わいたいと思ったが、そう簡単には稲葉に頭をポンポンされる機会は訪れない。
気が付けば稲葉のことで頭がいっぱいになっている。今までも稲葉とは一緒に遊んで仲良かったが、それとは違う別の感情を稲葉に対して感じている。
「お姉ちゃん、どうしたの?夕ご飯食べないの?」
夕ご飯を食べながらも稲葉のことを思い出して、夕ご飯も食べる箸が止まっていてしまっていた。
「お姉ちゃん、ひょっとしてダイエット?」
「違うよ、ちょっと食欲がないだけだよ」
「わかった、お姉ちゃん、恋してるでしょ?相手は稲葉さんかな?」
恋!?稲葉と僕が?男同士じゃないか?って言うか、なんで咲良に気づかれた?
「どうして、分かった?」
「そりゃ、分かるよ。お姉ちゃん急に髪型とか気にするようになったし、稲葉さんぐらいしかお姉ちゃんの友達いないじゃん」
最近はマネージャーするようになって友達も増えてきたが、一緒に遊びに行く仲なのは稲葉しかいない。
相変わらず咲良は鋭い。隠すことはできないと観念して、稲葉のことを話した。
「でも男同士だし、キスしたいわけでも抱かれたいわけでもない。ただ、一緒にいて遊んで、同じことで笑ったり喜んだりしたいだけだよ」
「それを恋って言うんだよ、お姉ちゃん。応援するから、頑張ってね」
咲良はその励ますような言葉とは裏腹に、新しいおもちゃを手に入れた子供のような笑みを浮かべていた。
翌朝、5月のさわやかな風を感じながら駅から学校への通学路を歩いていると、前を歩いている数人の集団の中に稲葉の姿を見つけた。
「稲葉、おはよ。珍しいね、いつもは早めに学校に着ているのに今日遅くない?」
「ネット将棋に夢中になって寝るのが遅くなって、それで寝坊しちゃった。いつもは電車混むのが嫌で早めに学校に着てたけど、久しぶりに満員電車に乗ると学校に来るだけで疲れたよ」
「そうなんだ」
「連敗したから一度だけ勝って寝ようと思ったけど、勝ちを意識しすぎると変な手を指してしまって、なかなか勝てずに五連敗もしちゃったよ」
何気ない会話だが、稲葉と一緒に話しているだけで楽しくなれる。でも、稲葉に恋していると気づいてしまったから、顔を見ることはできない。見たら、ドキドキしてしまって会話にならない。
その日の6時間目の授業が終わり、帰りのショートホームルームが始まった。
「―――という訳で、進路希望調査票は来週締め切りなので、それまでに家族の人と話して志望学部を決めておいてください。それでは、終わります」
「起立、礼」
「ありがとうございました」
それが合図かのように、部活生が一斉に教室の外に飛び出ていった。放課後の予定のない僕はゆっくりと帰り支度しながら、部活生が教室から出ていくのを待っていた。
「あっ、そうだ。秋月さん、この後何か予定ある?」
同じように部活生が教室から出るのを待っていた村中先生が、僕を見つけて声をかけられた。
「特にはないですけど」
「じゃ、このあと少し話そうか?」
先生の後ろをついて相談室へと向かう。村中先生が今日着ている白のレースのタイトスカートをみて、僕もあんなスカートは欲しいなと思ってしまう。
背筋が伸びてまっすぐ一直線に歩く先生の姿は、女性らしくもかっこよく見える。
一年生の時は何も感じなかったのに、二年生になってから村中先生のメイク、コーデ、仕草その全てが整っていることに気づいた。
だらしないところが一切ない。僕も毎日メイクしているが、気乗りしないときはファンデ塗って髭を隠して、眉毛書くだけになるときもある。
しかし、村中先生はそんな日は一日もない。服装も制服と違って毎日違うが、それでもきちんとコーデしてきているのが分かる。
先生が相談室のドアにかけられてある「空室」と書かれてあったプレートを手に取り、ひっくり返して「使用中」にしたあと中に入っていったので後に続いて入っていった。
「久しぶりね。秋月さんとこの部屋で話すのは」
「そうですね。三月にスカート履くことが決まった時以来ですね」
「それで、どう?スカート履くようになって、少しは慣れた?」
「最初はスカートに抵抗があって恥ずかったけど、今はないですね」
その答えに先生も安心した表情をみせた。そして、「ちょっと暑いね」と言って、窓を開けるために立ち上がった。窓を開けると、心地よい風が吹き込んできた。
「二年生になってから、秋月さん変わったね。前は暗く落ち込んでいるときが多かったけど、二年生になってから明るくなったというか楽しそうにしてる」
「授業に少しはついて行けるようになって、成績も赤点じゃなくなったし、みんな優しくしてくれるから、ようやく学校が楽しく感じるようになりました」
「それはよかった。いろんな部活のマネージャーしてるらしいね、顧問の先生から聞いたよ。秋月さんが来ると、みんな喜んでるって言ってた。それと、授業中ノート書いているのを見たけど、やり方変えたよね」
「はい、数学の得意な人から教えてもらいました」
授業中、ノートをとるところを見られているとは思わず驚いた。それだけ、僕のことは先生も気にしてくれているみたいだ。
「半ば強引な感じでスカート履くことを決めたから、心配してたけど大丈夫そうね。女の子も慣れてみたら、楽しいでしょ」
「そうですね。この格好するようになってからみんな優しいし、今度夏用の服買おうと思ってスマホで見ているんですけど、女の子の服は色やデザインも豊富で見ているだけで楽しいです」
「そうでしょ、女の子って楽しいのよ。私もそうだったから、わかるよ。あと、勝手に決めても悪いけど、来週テレビの取材入っているからよろしくね」
スカート履くことになったのも、もともとは学校がLBGTに配慮していることをアピールするためだ。テレビ取材は恥ずかしいが、特別に進級させてもらったからには仕方ない。
僕の知らないところで、いろんなことが決まっていく。それが僕の運命だとわかってきた。
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