第12話 恋の始まり

 中間テストの翌週、英語の先生がテスト用紙を小脇に抱えて教室に入ってきた。


「今から、先週のテストを返します。出席番号順に取りにきてください」


 出席番号1番の相川の次に教壇にいる先生のところに行き、テスト用紙を受け取った。


「秋月さん、頑張ったね」


 先生が返すときに一言声をかけてくれた。その言葉に期待して、点数を恐る恐るみてみる。

 コミュニケーション英語、通称コミ英が53点、英語表現、通称英表が52点。高校入学以来見たことのない点数が書いてあった。40点以下の赤点を余裕でクリアできた。


「その表情だと、良かったみたいだな」

「うん、53点。半分正解だよ。すごくない?」

「まあ、そうだな」


 あまりに浮かれ気味の僕に少し呆れ気味の表情の稲葉が、手に持っていたテスト用紙には98点と書かれてあるのがチラリと見えた。53点で浮かれ気味の僕に対して、98点の稲葉は冷静というか悔しがっているように見えた。


 次の数学の授業でもテストの結果が返ってきた。担任でもある村中先生のもとに行き、テスト用紙を受け取った。まず点数を確認すると、数Ⅱが51点、数Bはなんと60点だった。嬉しさのあまり、飛び跳ねてしまいそうな衝動を必死に押さえる。


「秋月さん、真っ白だった去年とはちがって、難しい問題もちゃんと部分点を獲りにいってるね。その姿勢が大事だよ」


 難しかった最後の問題でも部分点が2点もらえていた。先生に褒めてもらえて、有頂天気味なテンションで稲葉とすれ違った。


「稲葉さんは、いつも通りね」


 出席番号が僕の次である稲葉が僕と交代で、先生からテスト用紙を受け取っていた。何点だったと聞かなくても、〇ばかりならぶテスト用紙を見たら、点数は想像がつく。

 僕なら嬉しさのあまり教室中を駆け回ってしまいそうになりそうだが、稲葉の顔には嬉しさというより安堵の表情が浮かんでいた。


 その後も1週間にわたり次々にテストが返ってきたが、化学の48点が一番低い点数で全部赤点をクリアすることに成功していた。

 古文・漢文では68点をとり、思わず「やった!」と叫んでしまい、教室中の注目を浴びてしまった。


 全科目赤点回避に成功しウキウキ気分でお弁当を食べていると、斎藤が近づいてきた。


「秋月さん、どうだった?」

「おかげさまで、全科目赤点にはならなかったよ。ありがとう」


 赤点をクリアして高得点がとれたのも、各部の精鋭がテスト対策してくれたおかげだ。


「そう、それはよかった。それでなんだけど、各部の希望をまとめてスケジュール調整しておいたから、これでよろしく」


 そう言って、斎藤は一枚のプリントを渡してきた。カレンダーに「バスケ部、市民体育館 13時」「サッカー部 スポーツ公園 9時」などと書かれてある。


「これって、マネージャー依頼のスケジュール?」

「そう。各部インターハイ予選が始まって、希望が殺到したから調整しておいたよ」


 勝手にスケジュールを決められてのは不満だが、期末テストでも各部の協力を得ないといけない立場なので受けざるを得なかった。まあ、マネージャーとして尽くす喜びもわかってきたので、頼られるのもちょっと嬉しい。

 

「せっかくテストも終わったのに、その調子がゲーセンいけないな」


 稲葉はそう言って、お弁当のタコさんウィンナーを頭からかぶりついた。その表情は少し寂しげだった。


 翌朝、学校にきてみると廊下の掲示板付近に人だかりができていた。何だろうと近づいて見てみると、成績上位者一覧が掲示されていた。

 赤点をとらなかったとはいえ、上位者一覧に入るほどではないので自分には無縁のものとおもって立ち去ろうとしたとき、見覚えのある名前が目に入った。


 教室に入ると、先にきていた稲葉は詰将棋の本を読んでいた。稲葉に近づいて声をかけた。


「稲葉、おはよ。見たよ。総合一位だったね、すごいね」

「たまたまだよ」


 稲葉はとくに関心を示すわけでも、嬉しそうにもするわけでもなく、詰将棋の本から視線を外すこともなく答えた。

 稲葉はいつもは成績上位者には入っていたが3~5番目ぐらいで、一位になるのは初めてのはずだが嬉しそうにはしていない。


「一位とって嬉しくないの?」

「あんまり勉強していない俺が一位獲るのも、他の人に申し訳ない感じがしてな。部活にも入らず放課後も塾に行っている人もいるのに、ちょっと悪い気がするし、この学校で一位獲っても、上には上がいるからな」


 ようやく詰将棋の本から視線を外して、こちらを向いた。


「でも、初めての一位だろ」

「今回は、テスト期間中に邪魔する人がいなかったからな。自分の勉強に集中できた」

「邪魔する人って?もしかして、私?」

「お前以外に誰がいる。テスト期間中でも遊ぼうとするお前を無理やり机に座らせても、すぐに漫画を読みだすし、どれだけ苦労したと思ってるんだ」


 稲葉は笑いながら冗談のように言ったが、自分のせいで成績を落としていたというのなら責任を感じる。


「冗談だって、気にするな。それより、赤点とらなくてよかったな。これで

一緒に卒業できそうだな」


 申し訳なさそうな表情を心配した稲葉がポンポンと頭をたたいた。その瞬間電流のような刺激が体中を駆け巡った。えっ、今の何?理解できないまま戸惑っていると先生が教室に入ってきて、朝のホームルームが始まってしまった。

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