第8話 マネージャーデビュー
―――キンコンカンコン、キーンコーンカーンコーン
授業終了のチャイムが鳴った。
「演習問題は月曜日提出です。土日もしっかり勉強してください」
担任でもある村中先生が数学の演習問題のプリントを配り終えて、一週間の授業が終わった。
そのまま帰りのホームルームを済ませた村中先生が出ていくと、部活のある生徒は一斉に部室へと向かい始めた。
英語も週末の課題は出ているし、国語も来週漢字テストがあることを思い出しながら、机から教科書を取り出し鞄に入れていく。
光林館高校は、塾や予備校に頼らず学校の授業のみで進学実績をあげるという教育方針なので、出される課題の量は多い。
いつも土日は課題と予習に費やしてしまう。部活に行っている生徒は、一体いつやっているのだろうと不思議に思う。
「秋月さん、ちょっと待って」
帰ろうとして昇降口で靴を履いているところで、ジャージ姿の斎藤に呼び止められた。隣りにもう一人、バスケ部と思わしき斎藤と同じジャージを着た長身の男子が立っている。
「君が秋月さん?」
「はい、そうですけど、どなたですか?」
「あっ、すまん。自己紹介がまだだったな。バスケ部キャプテンの赤木です」
「それで、バスケ部のキャプテンが何か用ですか?」
「秋月さん、お願いがある。明日練習試合があるから、マネージャーとして来てくれ、いや、きてください」
赤木先輩が頭を下げると、斎藤も一緒に頭を下げた。
「マネージャーって、私バスケの事全然分からないですよ」
「大丈夫、ただベンチに座っているだけでいいから」
「でも、課題もいっぱいあるし」
「それも大丈夫。試合が終わった後、バスケ部でサポートするから」
僕は体育会系ではないが、3年生の先輩が頭を下げてお願いしてくるのを断ることはできず、渋々ながら引き受けてしまった。
目的を達成して嬉しそうに引き上げていく赤木先輩と斎藤を見送った後、校舎を出ようしたとき稲葉に声をかけられた。
「アキも帰りか?一緒に帰るか?」
「稲葉、将棋部はいいのか?それに生徒会は?」
「生徒会の用事はさっき済ませたし、将棋部は家でネット対戦したほうが勉強になるから家でするよ」
将棋部で一番強い稲葉は部員への指導対局のために部活に行くこともあるが、基本家でネット対戦して腕を磨いている。
駅までの帰り道を稲葉と一緒に並んで歩く。一年の時はこうやって帰りながら、ゲームや漫画の話をして理想の彼女像を語り合っていたが、今日はちょっと様子がおかしい。
「どうした、稲葉?今日は静かだな」
「やっぱり女の子が隣にいると、調子がでないな。何話していいか分からない」
「女子って、中身は同じだよ。知ってるだろ」
「分かっていても、見た目が完璧女子だから緊張してしまう」
稲葉から「女の子」と言われ、嬉しさがこみあげてきた。結局、他愛もない表面的な会話をして、乗る電車の方面が違う稲葉とは改札口で別れた。
稲葉と別れて電車の中で、稲葉との数少ない会話が頭の中で何回も繰り返し浮かんでしまう。こんなこと、今までなかったのにどうして?と電車の窓に映る自分の姿に問いかけてしまった。
翌日言われた時間に体育館に入ると、すでにバスケ部の部員は試合に向けてウォーミングアップを始めていた。
「秋月さん、きてくれてありがとう。まあ、座って」
ウォーミングアップを一旦やめた赤木先輩が、壁際に置かれたパイプ椅子に座るように勧めてきた。
「何もせず、ここでニコニコしてればいいから」
そう言い残して赤木先輩はウォーミングアップに戻っていった。椅子に座りながら、部員のアップしている様子を何とはなしに眺めている。
斎藤の話によるとそこそこ強いと言っていたので、部員はみんな上手くシュート練習では、ボールがゴールのリングに吸い込まれるように入っていく。見ていて、ちょっと面白い。
アップを終え、試合開始が近づいてきた。部員たちは赤木先輩を中心に戦術の確認が行われている。
「―――という訳で、積極的に攻めていくぞ。ミスは恐れるな!」
「オィッス!」
キャプテンの掛け声にみんなが一斉に声を出した。その声の大きさに驚く。
「我々は女子マネージャーを手に入れた。これで対戦相手の竜谷にあって、
「オィッス!」
いや、女子じゃないし。そう突っ込もうとしたが、気合いの入った部員の表情をみて突っ込む気力を失った。
体育館の反対側にいる対戦相手の竜谷高校は、共学のため女子マネージャーがいてみんなにドリンクを配っていた。
椅子に座りっぱなしも悪い気がしたので、同じようにドリンクを配ってみることにした。
「ありがとう。竜谷にはこの前負けたけど、今日は絶対勝つよ」
「同じドリンクでも、女子から渡されると美味しい」
ドリンクを渡していくと、みんな喜んでくれた。その様子を見ると、僕も嬉しくなった。
試合が始まり、早速斎藤がシュートを決め先制点を上げた。齋藤こっちを向いてガッツポーズをしている。目線があったので返事の意味で拍手すると、斎藤は照れくさそうに喜んでいた。
マネージャーといってもスコアをつけたり、時間を計ったりするのは他の部員がやってくれるので、僕のできることは、交代でベンチに戻ってきた選手にタオルを渡すぐらいだが、それでも喜んでくれた。
試合は気合いの入った
「今日は来てくれて、ありがとう。おかげで、勝てたよ。インターハイ予選でもお願いしていいかな?」
「あっ、はい。私でよければ」
試合終了後、赤木先輩から改めてお礼を言われ、次の約束までしてしまった。マネージャーなんて雑用係としか思っていなかったが、誰かのために何かをする喜びを知った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます