第7話 校内デート
始業式翌日の今日、授業も始まり着ている制服がスカートであること以外はいつも通りの学校生活が始まった。
2年生こそは自力で進級してみせると、気合いをいれて授業に臨むことにしたが今までの積み重ねがないこともあり、授業について行けず板書をただノートに写すだけだった。
「このままだと、今年こそ留年かな」
昼休み、将棋部に加え生徒会活動もしている稲葉は昼ご飯を食べ終わると生徒会室へと言ってしまい、一人教室に残されてしまった。
やることもないので仕方なく教科書を取り出し、重要そうなところにマーカーを引くことにした。
「秋葉さん、ジュース飲みに行かない?」
正弦定理のところにピンクのマーカーを引いているところに、斎藤が声をかけてきた。
斎藤とは一年の時も同じクラスだったが、バスケ部に入っている陽キャラの彼と、成績不良でボッチな陰キャラの僕とは住んでいる世界が違いすぎて、あまり話したことがなかった。
「ごめん、お小遣いあまりないんだ」
成績不良を理由にお小遣いを減らされたうえに、咲良と買い物に行ったときにあまりの可愛さに調子に乗って文房具を一新したこともあって、お小遣いの残りは心細い状態になっていた。
「いいよ。ジュースぐらい奢るから、行こう」
半ば強引な斎藤の誘いを断るのも悪い気がして、ジュースを飲みに行くことにした。
昼休みということもありにぎやかな声が聞こえてくる廊下を、斎藤と並んで歩いて売店にむかった。隣りを歩く斎藤は今度の練習試合でレギュラーとして出場することを嬉しそうに話している。
「そうだろ、ウケるだろ?」
「マジ、ウケる。ワハハ……」
楽しそうにはしゃいでいる生徒が、僕たちがすれ違った瞬間に笑うのを止め、無言のまま僕らが歩いている様子を視線で追い始めた。
「あれが噂の……」
「男だと分かっていても、羨ましい」
後ろの方から、そんな会話が聞こえてきた。横を歩く斎藤の顔を覗き込んでみると、少し誇らしげだ。
周りの生徒から注目を浴びつつ売店にたどり着いた。さほど広くない売店は、僕らとおなじようにジュースやお菓子を求める生徒で混雑していた。
「サイダーでいいだろ。買ってくるから、ちょっと待ってて」
僕の返事を待たずに、斎藤は混雑している売店へと突入していった。数分後、両手にサイダーの瓶を持った斎藤が戻ってきて、左手に持っていたサイダーを1本を僕に渡してくれた。
「ありがとう」
「サイダーぐらい安いから、気にするな」
身長の高い斎藤を見上げる感じで、お礼を言った。その瞬間、斎藤の顔が赤くなった。
――カチン
中庭のベンチに座り、お互いのサイダーの瓶を合わせて乾杯したあと、口を付けた。爽快な炭酸の刺激が心地いい。
隣りでは斎藤が相変わらずバスケ部の話をしている。おごってもらった手前、無視するわけにはいかず適当に相槌を入れながら聞いている。
「それで、ピボットターンして相手をかわしてシュートしたわけよ。ピボットターンわかる?」
「ごめん、バスケ詳しくないから分からない」
「こんな感じで、軸足残したままターンして体の向きを変える技術だよ。簡単そうに見えて意外と難しいんだよ、これが」
斎藤が実演をまじえて説明してくれた。一年の時は、あまり話すこともなかったが意外といい奴なのかも知れない。
「ありがとう、分かりやすかったよ」
お礼をいうと斎藤は少し照れていた。
サイダーを飲み終え再び教室へと帰っている途中、後ろからドスドスドスと大きな足音が聞こえてきた。
何だろうと思った瞬間、斎藤が僕の肩をつかんで引き寄せた。そして次の瞬間、ガタイの良い生徒が脇を駆け抜けていった。そしてその後、それを追いかけるように「待て~」と叫びながらもう一人駆け抜けていった。
どうやら悪ふざけで鬼ごっこを廊下でしているようだ。
「ラグビー部の連中だろ、あいつら危ないよな」
「斎藤、ありがとう。おかげでぶつからずに済んだよ」
いつまでも斎藤の体にくっついているわけにはいかず離れたが、離れる瞬間ちょっと名残惜しかった。そして、離れた後も斎藤の体に密着していた右腕には、斎藤の体温のぬくもりが残っているように感じた。
その日の帰り道、駅までの帰り道を一人歩きながら考えた。進級と引き換えにスカートを履くことになったが、それまでは女の子になりたいなんて思ったことはなかった。
でもスカートを履くようになって、可愛いものが好きになってきたし、今日斎藤に体を触られて気持ち悪いとは思わず、むしろ嬉しかった。
駅に着くと近日公開の映画のポスターが貼られていた。ロボット対人間のSFアクションのようだ。以前の僕なら興味がわいて観に行きたいと思うはずだったがとくにそそられる気はしない。むしろ、隣に貼ってある恋愛映画の方に興味がわいてくる。
「女の子になってきているのかな?」
ポスターの前で思わず独り言が漏れた。スカートを履き始めてまだ2週間ちょっとだが、早くも変わり始めてきた自分自身に戸惑いを感じてきた。
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