第3話 女の子になるって大変

 スカートがヒラヒラ揺れている。今までのズボンと違う解放感に戸惑いを感じる。スカートの丈は膝丈だし短パンと同じようなものだと思っていたが、こんなに無防備な感じとは思ってもいなかった。

 

「お姉ちゃん、まだ!」


 リビングの方から咲良の苛立った声が聞こえる。怒らせると怖いので、鏡で自分の姿を見ることもなく部屋を出た。


「ははは、うふふ、あっ駄目だ。笑いが止めらない」


 リビングに戻り僕の姿を見た後、咲良はずっと笑い続けている。まだ自分の姿を見ていないが、よっぽどおかしいみたいだ。


「お母さん、そんなに変なの?」

「楓は身長低いし体格もそんなに男っぽくないから、スカートでも似合うかと思ったけどやっぱり男なんだね。やっぱりスカートやめて留年する?」

「大丈夫よ、私に任せて。ビフォーアフターのビフォーということで、一枚写真撮っておくね」


 ようやく笑いがとまった咲良が、スマホで写真撮影を始めた。ちょっと歩いてみてと言われ、動画も撮影している。


「さてと、準備も終わったし始めるね。まずね、スカートとブラの位置が違うから。スカートはもうすこし上で腰の位置にして、ブラはもう少し下ね」


 そう言いながら、小悪魔のような微笑みを浮かべたまま咲良はスカートとブラの位置を調整した。


「あと、足もガニ股はやめて内股気味にして、顎を引いて背筋を伸ばして」

「咲良、詳しいな」

「この前、後輩の女の子にちょっかい出した男子をボコってしめた後、女装させて街の中に連れ出したときに調べたからね。あの怯えた目が最高だったな」


 咲良は思い出しながらうっとりしている。その表情に恐怖を感じる。

 神様は与えてはならない知性と力を妹に授けたみたいだ。ボコられた上に女装させられた、その男子に同情してしまう。


「ほら、少しまともになったよ」


 妹が撮影した写真を見比べてみると、確かに男っぽさが抜けた。顔はともかく、首から下は女子っぽく見える。性格は悪いが、腕は確かなようだ。


「あっ、大事なもの忘れてた」


 咲良は、スカートの中に手を入れお尻のパッドのようなものを付けた。


「えっ何つけたの?」

「これよ」


 咲良はニヤニヤしながら、手元にあるリモコンのボタンを押した。


「痛い!」


 お尻のパッドから電流が流れ、激しい痛みが襲った。


「よくテレビの芸人さんがやっている、電流罰ゲームよ。これからお姉ちゃんが女の子っぽくないことしたら、電流流すからね」


 嬉しそうに話す咲良は小悪魔そのものだった。こうして、僕の女の子としてのしつけが始まった。


「股を広げて座らない!」

「歩くときはもっと歩幅を小さくして内股気味に!」

「脇はしめて、背筋を伸ばす!」


 妹から注意されるたびに電流が流れる。リビングで学校の課題をやっているが、気を抜くとすぐに股が開いたり、猫背になったりして注意を受けてしまう。


「咲良、もう少し優しくしてよ」

「お姉ちゃん、春休みは2週間しかないんだから、これでもゆっくりなぐらいよ。まだまだ教えないといけないこと、たくさんあるんだから。女の子になれなくて、恥かくのはお姉ちゃんだよ。私も心を鬼にして、やってるんだからね」


 嫌絶対に楽しんでやってるだろ、それに「心を鬼にして」ってもともと悪魔だろと突っ込みたかったが、電流が流れそうなのでグッと堪えて課題の続きに取り掛かった。


◇ ◇ ◇


 夜帰ってきた父はスカートを履いている息子を見て、母に理由を尋ねて聞いた後、「それは仕方ないな」とだけつぶやいただけだった。

 中学受験に失敗した時から父には見切られてしまっている。父の関心は専ら優秀な妹の方にあり、父の中では僕は存在しないことになっているようだ。

 そんな父を見返すために高校受験では頑張って光林館高校に合格したが、その後の成績不良で完全に見捨てられたようだ。


「お姉ちゃん、一緒にお風呂入ろ」


 夕飯を食べ終わった後、唐突に咲良がお風呂に誘ってきた。


「えっ、なんで?」

「だって、お姉ちゃんコンディショナーとかリンスの使い方知らないでしょ。これから髪伸ばさないといけないのに、ケアが不十分だと髪が痛んじゃうよ」


 咲良に背中を押されて一緒にお風呂場へと向かった。咲良と一緒にお風呂なんて小学生以来だ。

 脱衣所で服を脱いで、先にお風呂場に入った。体を洗って湯船に浸かったところで、脱衣所の方から咲良の声がした。


「お姉ちゃん、もういい?」

「いいよ」


 ドアが開き咲良が入ってきた。裸ではなく、水着姿だった。


「なんで、水着なの?」

「ひょっとして、裸が見えるって期待した?バカじゃないの、見せるわけないでしょ。ほら、そんなことより髪の毛の洗い方教えるよ。まずはシャンプーからね」


 咲良はシャンプーをとると髪を洗い始めた。他人に頭を洗ってもらうなんて子供の時以来だが、大人になってから洗ってもらうと気持ちいい。


「シャンプーが終わったら、トリートメントね。こうやって塗った後に、タオルを巻いて蒸らすの」

「こんな面倒なこと、毎日するの?」

「トリートメントは週1~2回ぐらいね、コンディショナーは毎日してね」


 頭にタオルを巻いて蒸らしている間に、咲良に聞いた。


「大変だね、女の子になるのって」

「そうよ、かわいいは作られるものなの。わかった?わかったなら、お姉ちゃんも努力しないとね」


 髪を洗い流してもらいながら、口ではなんだかんだと言いながら、成績不良のため女子高生になってしまった情けない兄のために、協力してくれる妹の優しさに感謝した。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る