王宮書庫

「と、いうわけなのです。ととさま。」

「ふむ…フランならいいだろう。ただし、侍女は伴うようにな?」

「はい、心得ておりますです」


はい、2歳になりました。フラン・クラビアです。

私はととさまこと国王陛下におねだりをした。それは王宮書庫への立ち入り。なにせ、この世界の情報源とは、書物しかない。であれば、その書物が一番多いである場所に赴きたくなるのは、教養主義者の定めではないか?


いや、すでに書物は生後2年とは思えないほど読み漁っている。ただ、早熟とはいえ年齢はさすがに考慮されているのか、与えられる書物は幼児向けが多かった。おとぎ話やオノマトペ集などだ。なので、主にこの世界の言語を覚えることに注力した私は、1年ほどで問題なく長文を読めるほどの国語力を手に入れたのだ。全能に準ずる脳みそ様様である。


そして、私はさらなる見識の深化を目指し、王宮書庫へと向かえることになったのだ。

この国、相応に紙が普及している。私が最初に読んでもらった絵本も紙製だった。なので、書物の蔵書量が多いことが期待される。


△△△△△△△


…さて、伴った侍女より頭3つ分は大きい書棚が所狭しと詰め込まれた王宮書庫に入りまして。とりあえず、目的の本を見繕ってもらうところから始めよう。


「エヴァ、王国史や大陸史の分野を中心に本を取ってきてくれるかしら?」

「はい、かしこまりました…とりあえず、何冊ほど?」

「5冊ほど?それなら多分、ご夕飯までに読み切れるかなと。」

「承知しました。少々お待ちください。」


エヴァは私の早熟すぎる能力を間近で見ている王宮の人間の一人だ。なので、私のお願いにも何の疑問も抱かずに従ってくれる。若いながらも非常に優秀な侍女だった。

しばらくして、エヴァが両手で5冊の本を抱えながら戻ってきた。それを書庫中央ほどにある卓の上に置く。それを見て私は、しっかりと言葉をかける。


「ありがとう、エヴァ。」

「いえいえ。私の職務です。お気遣いなく。」

「うん。じゃあ、読み始めるから、なにかあったら呼ぶね?」

「はい、お傍に控えております。」


私は王族の一人なので、侍女のような存在にねぎらいの言葉をかける必要が無いらしい。ただ、前世の記憶のせいか、言葉一つも欠けないのは居心地が悪い。それに、一言ポジティブな言葉があるだけで、人はより一層いい成果を出してくれるのだ。そんな社会学の実験結果を読んだような気がする。

とにかく、今は目の前の書物。市井の人間であれば目にすることが困難な教養の束だ。じっくりと読み上げてやろう…


△△△△△△△


「…ふぅ。今日はここまでかな…」

「お戻りになりますか?」

「うん。そうするわ。本を戻しておいてちょうだい。」


さて、今日読んだ本は王国の成り立ち談、大陸つつうらうら、王都商人物語に…王書初年度歴史書…他2冊も物語調な読みやすい本なのに、1つだけ参考書のようなものが混じっていたのはなんだったのか…でも、非常にためになった。


まず、住んでいるのはムーグ大陸と呼ばれていて、私が王族でいるこの国はクラビア王国と言われている。まあ私の家名がクラビアなので、そうじゃないかとは思っていた。しかし、由縁はクラビア家を含めた4家が中心になって成立した諸侯連合国家だったらしい。しかも、建国は大陸に存在する国家では一番新しい。それは、大陸に存在している2つの主要国の緩衝国的な形だったからだという。


クラビア王国周辺は大陸有数の肥沃な土地で、豪農出身の諸侯が乱立する地帯だった。大陸で勢力を築いていた、王国の隣国である帝国と法国はその優位を保とうとして同地で争っていた。しかし、紛争が重なるたびに土地の利用が進まないため、せっかくの資源を活用できない。そこで法国と帝国が協議して、有力諸侯をそれぞれ擁立して国家とした。その諸侯が先の4家だったというわけ。


その4家を始まりとして、法国と帝国の小競り合いを経て王国に属する諸侯や豪農が現れてを繰り返して…現在に至る。


王国自体は、北は大陸中央部に走る山脈に接していて、そのまま西側に法国、平原地帯東部を二分するようにして、北東側に帝国。南側は大洋に面する。中心は平原と穀倉地帯。しかし、北部に山岳や鉱脈、南側で面する大洋で漁業、さらに森林もそれなりにあり、自然資源は結構ある。鉄鉱石や銅に岩塩も産出しているとか。ただ、金と銀だけが無いらしい。


ちなみに紙が普及している理由もそれ。森林での林業が少なからずあり、紙生産で生計を立てる村落もあるとか。


さて、この国の主要産業はとにかく農業畜産だ。その規模は王国だけならず、帝国や法国にも輸出を行う。正に大陸の食糧庫と言える。ただ、この輸出は王国に若干不利な条件で行われているらしく、さらに穀倉地帯を巡る紛争も定期的に発生している。なによりも、建国の由来から帝国や法国に強く出れないきらいがあり、その最たる例が120年前の大陸飢饉だった。王国でも不作が発生したが、法国や帝国は半ば脅迫をして食料を輸出させた。結果飢饉は王国を中心に発生し、相当な餓死者を出した。


王国はその再建途上にあるらしく、飢饉後の国王は農地改革に勤しんでいる。

私は自室へと戻る道すがら、疑問を声に出してみた。


「うーん…」

「いかがされましたか、殿下?」

「いや、王国は大陸でそれなりに規模の大きな国なのよね?」

「ええ、そうです。」

「にしては、法国や帝国に弱腰すぎないかしら?建国から数百年経っているのに…」

「そ、それは…一介の侍女である私には少々…」

「…それもそうよね。ごめんね、エヴァ。」

「い、いえ…」


何気にエヴァに疑問を投げかけてみたが、もっともな返答が返ってきた。

むむむ…これは帝国や法国のことも詳しく調べないといけない…それ次第で、”私の身の振り方”が確定するのだから…

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