醸成された価値観というもの

書庫通いが始まってはや1か月が経った。さすがに所蔵されている書物全てを読むまでは無理だが、主な教養は得られたのではないかなぁ、と思っている。


まず、大陸最大の国土を誇るのが、アレシス法国。王国から見て西側に位置する。大陸で広く信仰されているエデア教の聖都があり、教皇を擁立しているが、実際には枢機会という最高意思決定機関により国家が運営されている合議制の国だ。教皇はあくまでも、宗教のトップであるという形。


法国の国土は広いが、大陸西端に行くに従い大森林地帯となっていて、居住適正地域は半分程度だ。それでも王国や帝国よりは広い。人口も一応大陸で一番多いらしい。産業はバランスがとれており、その点は王国と類似点はある。ただ、国内で大きな銀鉱山があるので、財政的にはかなり強い。そしてなによりも、大陸で信仰されている宗教の始まりの地とされている精神的支柱のような価値観が、同国の権威付けに役立っている。


一方で、王国から見て北東側に位置するのが、プロフェット帝国。こちらは帝国を評するだけあり、皇帝を頂点とした独裁国家だ。上流貴族を中心とした皇帝諮問会議という助言機関もあるが、最終的な決定権は全て皇帝のみが有している。


国土の広さは王国とほぼ同じらしいが、国土の3分の1を山岳地帯が占めており、鉱業が盛んだ。その関係で鉄工が主要産業で、さらに軍事に特化している。さらにさらに、金山と銀山も有していて武力と経済でかなり優位だ。しかし、弱点は食糧事情で、農地に適した土地がやや少ない。なので、王国からの食糧輸入は地味に命綱だったりする…と言われている。


「…うーん?やっぱり王国が帝国や法国に下手にでる筋通った理由がないなぁ…特に帝国なんか、食糧事情の部分を王国に握られているじゃないか…」

「王女殿下、何か疑問がございますか?」

「え?そうね…」


私の傍には、少々表情に乏しい、一見するととっつきにくい感じの中肉中背な中年の男性が付いている。彼は王宮に務める文官の一人で、主に歴史編纂を担当しており、地理や歴史に一目あるということで、父が私に宛がってくれた。


「まず対帝国なんだけど、帝国の食糧はどの程度王国の輸出に頼っているのかしら?」

「他国の試算というのは、重要情報であるため把握は出来ませんが…例えば、対帝国の貿易窓口となっている東方領の算出を見るに、四割程度は王国産ではないかと言われています。」

「四割!?じゃ、じゃあ、もし王国が食糧の輸出禁止処置とか発動したら?」

「おそらくは、帝国の食糧価格が暴騰して多大な混乱が生じるでしょう。ですが…」

「ですが?」

「帝国は軍事に長けた国家です。すぐさま宣戦布告され、東部一帯の穀倉地帯を抑えに来るでしょう。」

「王国は勝てない?」

「難しいですな。帝国は大規模な常備軍が存在しておりますので。」


なるほど。軍事的プレゼンスの存在が、王国の帝国に対する価値観を形作る一つとなっているということか。もし王国が食糧を盾にして帝国に強気に出ても、その軍事力で王国に損害が出る。そうなって万が一王国東方一帯を帝国が抑えると、帝国は食糧事情にも問題が無くなるらしい。王国は糧を失い、帝国は万全足る国家に生まれ変わる。王国は風前の灯火となってしまうだろう。ただ、もしそうなってもどこかの段階で法国が介入する。大陸の国家勢力図が歪になることは許さないためだ。


「そうねー…王国も軍備を拡充しようとしたことは無いの?帝国に対抗できる程度にはさ。食糧生産の売買で相応に国庫は豊かだと思うけど…」

「はい、対帝国と戦争になった場合、防衛戦に問題が無い程度には常備軍を拡張しようとした君主は、歴史上何名か存在します。ですが、長続きしませんでした。」

「…それはどうして?」

「徴兵を行うと、農地の管理が滞ります。」

「あー…」


王国も武力を得ようとはした。ただ、王国は金や銀と言った高級資源が算出しない。よって、軍のような金食い虫組織を創り上げるには、稼ぎ頭である農産物をあてがうことになる。だが、農産物と軍と言うのが、実は相性が悪かった。農地で働く農奴と、軍に徴用されるであろう新兵は同じ処から”採れる”。軍に落とせば農業に支障が出る、しかし農業を重視すれば軍備は拡充されない…そのジレンマにぶちあたり、最終的に大陸の食糧庫という立場を堅持する方針に転換をするというのが、繰り返された歴史らしい。


取れる駒は有限。これは何事にも共通する。そういったものを全て勘案して戦略を組み立てれば、絶対に変えられない事柄はでてきしまうのだ。


「うん、帝国に対する位置づけは…わかった。次は法国。法国に対しても王国は強気になれないみたいだけど…なぜ?」

「それはひとえに、法国がエデア教聖都であるからです。大陸のほぼすべての人間は、エデア教を信仰しています。王国王政を始めとして、国民も敬虔な信徒です。貴族や裕福な国民にとっては、聖都訪問が一つの夢ともなっています。」

「…うん?それ以外には?例えば法国も武力があるとか、産業が強いとか…」

「うむ…武力と言えば、法国聖教騎士団などは相応に強いと聞きます。ただ、大規模な常備軍を持っているというわけではないので、王国と戦となったとしても、帝国のような形にはすぐにはならないです。産業から言えば…法国は大銀山を所持しているので、王国よりは優位ですな。しかしながら、王国も富を稼ぐ手立ては相応に有していますので、絶対的とは言えません。」

「え?じゃあなんで…」

「エデア教の聖都であるから。偏にこれに尽きます。」

「むむむ…」


なんということだ。王国が法国に強く出られないのは、宗教の中心地だから。ただそれだけだった。ただ、全く納得がいかない話ではない。科学や文明が発展途上にある世界では、自然現象全般に人ならざる者の英知という説明をもって付け替える。そうしなければ、人は大いなる現象に畏怖を抱き続けるだけで、幸福を感じられないからだ。


そしてそのうち、人は人の心理行動全般においても、適用されていく。邪な気持ちがあるのは敬虔さが足りない、人智を超えた才能を見出されたのは主のお導き…人間の原始的な思想信条の下地となって醸成されたそれは、広範的な一般常識へと変貌して根付いていくのだ。これは悪いことじゃない。信仰が文明の第一歩となる側面もあるのだから。


「ああ、一つ忘れておりました。エデア教が重要視されるのは、魔法も関係しております。」

「え?魔法?」

「はい。魔法の発動は主の全能を”お借りして”行われると言われています。よって、魔法を生業にするものは得てして敬虔な信徒なのですよ。」

「…魔法って、そんな風に使うの?」

「ええ。殿下はまだ魔法教育を施されておりませんので、ご存じないのも不思議ではありません。」


そう、魔法。この世には魔法が存在するのだった。まだ見たことが無いが、この世界では最も先進的で、最も尊い技術と言われている。まさか、その根幹に信仰が関わっているとは…


「…エデア教も重要なのね。次はそちらを調べようかしら。」

「ええ、良いと思われます。」


法国に対する価値観も、おおむね理解できた。とにもかくにも、王国は大陸の2大国に対して、一段下に位置するという”常識”が存在しているように思えた。


「…惜しいな…」


私は独り言を呟く。それは、王国に対しての率直な感想だった。

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