見逃しがちな基本の学問
3歳になって少し経ちました。フラン・クラビアでございます。
2歳から始まった書庫通いは一段落。目ぼしい書物は一通り目を通してしまった。世界地理や世界史、王国の歴史に成り立ち、そして社会がどう動いているか…必要な教養は得られた。
そんな中、父である国王からある方針を伝えられる。それは、家庭教育の開始だ。
私の早熟な才媛幼女というブランディングが功を奏し、4歳か5歳に開始される教育を前倒しして受けさせてくれるということだった。
これはうれしい。自分の才覚には教育と言う、全ての知的生命体が行える、最も得るモノが多い投資をしてくれるということだ。それだけの価値を感じているということを暗に示している。
そして家庭教師が付き、教育が始まって2か月が経ちました。
進捗は上々。というものの、基本的な国語や地理歴史は、書庫通いで粗方修めてしまった。よって、そのあたりの分野は復習といえる感じだ。なにも躓くことが無い。
教師役も非常に機嫌がよく、大層褒められながら、心地よい教育を受けられていたのだ。
だが、初めての障害に遭遇する。
「…えーと…?」
「おや、王女殿下。わかりませんか?」
「いや、計算はいいのだけどね…」
私は少し手間取っていた。
何に?”算数”だ。
いや、計算ができないわけではない。当たり前だ。自分は相応に勉学を修めている。なにせ、前世で卒業した国立大学は、文系大学でありながら受験科目の数学の難易度が異様に高いことで有名だったのだ。当時は反吐が出るかと思ったが、その努力はあらゆる経験に応用するにあたって役に立った。
それは、今でも変わらない。四則演算などちょちょいのちょいだ。
だが、思わぬ伏兵が現れた。それは、数字。
この国の数字は、ムーグ数字と言われる。言ってみればローマ数字に似ている形のものだ。この数字、元は大陸で牧畜の数を記すために生まれたという、由来からしてローマ数字に似ていた。
数を表すという点においてはまあまあ機能している。だが、ローマ数字に似ているだけだって、ある2つの欠点があった。
まず1つ。表記が面倒。10くらいまではいい。ただ、大きい数字になると、表記が無茶苦茶なように見えてしまうのだ。例えば…
「計算は出来ると?…では、552と419を足すと?」
「971ですね。」
「…ふむ、合ってます。では、紙に記してください。」
「はい…」
ここで若干詰まる。なにせ、私の頭の中では”971”と数字が浮かんでいる。
ただ、これをこちらの数字で記すと…”CMLXXI”となる。
この2つが、同じ意味を持つという認識が今一つ持てないため、すんなりと考えを切り替えられないのだ。
もう一つの欠点は、先の欠点に関連して、数字の練習をしているときにふと思い出した。なので、それは教師役に疑問として率直にぶつけてみる。
「ねえ。これさ、大きな数字を表すにはどうすればいいの?」
「はい?例えば?」
「971が”CMLXXI”だよね?これが9710になると?」
「えーと、こうですね。”MxDCCX”となります。」
「…は?」
桁が一つ増えるだけで、法則性に乏しい表記の変わり方をする。これは駄目だ。
何がダメか?私が分かりにくいというだけではない。この数字は、今後を考えた時に足かせになってしまうのだ。社会や学問の発展には、大きな桁数の数字の扱いが必要不可欠。大きな桁数の表記が面倒というのは、不利益が大きい。
「戸惑われるのもわかりますよ。算術は相応に難しいですからねぇ。私の兄のように、専門家となっている者もいます。」
「そうなのね…なら頑張って覚えるか…」
「ええ、頑張りましょう。」
私は決心した。まずはこの世界の数字を変えよう。
幸いにも、私は前世のインド・アラビア数字という非常に有用な数字を持っている。アラビア数字は最高だ。表記の法則性もわかりやすく、桁が上がる時も簡単に記せる。なによりも、”ゼロ”の存在がデカい。ゼロがあることで、もとより有用だったアラビア数字は完成形に至る。表記や進法を変えることで、巨大な桁数の数値を簡単に表すことができるようになったのだ。
この有用な数字をこの世に広める。そのためには、今ある数字をある程度使えるようにしなければ。
そして、時が来たら”私の”算術書を記して、この世の数字を置き換えるのだ。
うん、いい計画だな。成功すればこの世の数学は飛躍的に向上する…はずだ。
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