計算の書
さてさて。数字の改革を決心してから4週間が経ちました。フランです。
ローマ数字に酷似したこの世界の数字、ムーグ数字の扱いにも慣れてきた。ここら辺は、創造主にお願いした異様な能力の頭脳によって苦労なく習得できるようになっているのだろう。素晴らしい。
ムーグ数字への見識がある程度深まってきたところで、そろそろ私の数字…と言うのは若干おこがましいが…インド・アラビア数字への転換を目論んだ行動を起こしていこう。
まず、数字の置き換えについて。これは、”この数字の方が使いやすいです、置き換えましょう”と言うだけでは置き換わらない。なにせ、使いやすいという実感が無いからだ。ではどうするか?新しい文字とその”使い方”まで用意すればいいのだ。
前世、つまり地球の歴史を辿ると、ローマ数字の世界にアラビア数字がもたらされたのは13世紀にフィボナッチが記した”計算の書”がある。これは、ローマ数字を使用していた文化圏に、アラビア数字とそれを用いたインド生まれの筆算を伝えたものだ。他にも為替や利子の計算と言った実用的な用途も示しているどころか、方程式の解法に幾何学までと結構な範囲にわたる。新しい知識を用いた数学書だった。
その内容は、アカシックレコードのような能力ですぐに脳内に展開できる。あとは、出来の良くなった脳みそを用いて、この世界に即したように書き換えればいい。
ズルが過ぎる?知識を授けるだけでいいのだから、こんな楽な仕事はないだろう…
というわけで、側仕えに大量の紙と洋墨を貰い、執筆と言う名の写書を始める。
手順としては、頭の中に原典を思い浮かべる。それをまず書き記す。ある程度書き起こしたところで、こちらの世界との差異を調べるために読み返す。そして、この世界に合わせた内容を加えて、改めて書き直す。その繰り返しだ。
最初は順調に手を進めていたが、ある程度書き起こしたところで、思わぬ点に引っかかる。
「…計算記号がない?」
そう。私たちに馴染みのある、”+-×÷”と言うのが無いのだ。慌ててアカシックレコードのような能力を使う…あった。なんと、これらの出現は16世紀以降まで時代を進めないと出てこなかった。自分たちが当たり前に使っているものが、こんなに難産だったとは…知識とは怖い物である。
フィボナッチの紹介している筆算も、算盤を使用することが前提のムーグ数字にしてみれば使いやすいことこの上ないが、私はこの数字をごく一部の知識層のみが使う技能にしたくない。老若男女が使えるようになることこそ価値があると考える。よって、使いやすいものはなんとしてでも使いたいのだ。
「…面倒だ。”小学校”の算数の教科書をそのまま書き起こしてしまえ。」
結果、一番労力が少なそうな方法に流れた。だってしょうがないよね。前の世界で1000年くらいの変遷をこじんまりと纏めようなんて荒業、どんな問題があるかわからないもの。
よって、大まかにこう分けることにした。この世界でのこれからの数学の始まりとなるのが、計算の書を元にした”新説数学”。四則演算を記号を用いてわかりやすく解説しつつ、練習問題を付けて算数に慣れ親しんでもらう…小学校1年~2年程度の…書物を”幼年算術”としよう。
1週間ほど、空いた時間を執筆に費やしたら、形のあるものが完成した。
あとはこれを誰に渡すか…そういえば、今の教師役は兄が算術担当の文官って言っていたな…
教師でいいか。
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