実際の評価

私はマーク3世。現代のクラビア王国国王である。


私の最近の悩み。それは生まれていくばもいかない、末娘フランのことだ。これが非常にかわいい。我が子であるという点を差っ引いても、そう評されるという自負があるほどだ。決して親馬鹿ではない。


ただ、一つ問題がある。それは娘が賢いことだ。いや、賢いことは悪いこととは言わない。だが、限度というものがある。


そう思い始めたのは、フランが王宮書庫への立ち入り許可を求めた日の夜からだ。

妃であるアデルは、フランの側仕えをしている侍女や乳母から、その日のフランの様子を聞き出すという日課がある。私は妃と寝台に入る時、その話を聞きながら眠るというのが最近の日常となっていたのだが…その日は様子が違った。


まず、自室でくつろいでいるときに、アデルは侍女を伴って訪れた。その表情はやや思うところがあるものだった。


「…どうした?」

「あなた。フランのことなんだけど…」

「何かあったか?今日は書庫に行ったはずだよね?」

「ええ。その…どう言ったらいいのかしら…」


アデルは言葉を慎重に選んでいるようだった。フランは年齢に不相応な様子をすでに見せている。それは非常に喜ばしいし、楽しいことではあるのだが、今日は何があったのか…


言葉を紡ぐことを躊躇しているアデルに代わり、彼女に伴われてきた侍女が説明を始めた。もちろん事前にアデルの耳元に囁き、断りを入れている。


「その…本日、王女殿下のお供として、書庫に参りました。そこで、王女殿下の申されるように、本を選ぶなどしていたのです。」

「ふむ…それで?」

「そこで少々不敬ではあったかと思うのですが…家庭教師が最初の教育で用いるような本のほかに、王書初年度歴史書を選び、王女殿下に渡しました。」

「初年度歴史書?王立学園の教科書じゃないか。」


王立学園。王国が運営している学び舎で、主に貴族が通う高等教育機関だ。私も通ったし、アデルも同様だ。下級貴族家の出身である、説明をしている侍女も卒業生だ。つまり、歴史書は私たちにとっては非常に馴染みのあるものである。


ただ、問題はその難易度だ。教科書とは言えども決して優しくない。なぜなら、王立学園への入学は12歳。貴族が通うことを想定されている学校で、入学時点で家庭教師などを用いた初等教育を施されていること”前提”で、学習要綱が組まれている。


つまり、侍女がどういう考えだったかはさておき、2歳児に渡す本としてはあまりにも不釣り合いなものを渡してしまったということだ。

そこで私は、起こってしまったであろうことを想像して、話を始める。


「なるほど…しかし、2歳にとって読解が不可能であることはしかたないことだ。そこは私達両親がしっかりと言い聞かせよう。」


私は間違った判断をしていないはずだ。しかし、アデルと侍女は疑問を抱いた表情で目線を合わせている。


「…うん?なにかおかしなことを言ったか?」

「いえ…その…なんと申せばいいのか…」


今度は侍女が返答に窮してしまい、話が止まってしまった。

なぜこのような微妙な雰囲気となったのか?大雑把に考えれば、私が言った言葉が的外れであったということだ。少し考えて、状況確認を行うことにした。


「…フランが理解できない難読な本を渡されたことに、機嫌を損ねたという話ではないのか?」

「いえ、違うのよ。マーク。」


アデルが即座に否定する。やはり、私の予想が間違っていた。だが、そうなるといったい何が起こったのか…私が考えに窮したのを見越した侍女は、少し硬い表情ながらも説明をしてくれた。


「…王女殿下は、初年度歴史書を問題なくお読みになりました。」

「…は?読んでいるふりとかではなく?」

「はい。書庫からお戻りになられる際にご質問もされていたので、概ね理解されていると思われます。」

「質問?どのような?」

「…王国は、帝国と法国に対して弱腰ではないかと…私は返答を控えました。」


私は絶句した。2歳児が教育を受けた12歳が手にする書物を読んだ?問題なく?しかも内容を理解して、疑問を抱き、質問をした?さらにその質問内容が痛いところをついている。王国の2大国に対する対応は、王国がある程度の趨勢を築いてからの命題とも言えるのだ。王国で記された歴史書にはその思想が少なからず入っている。


書いてある文字を辿るだけでもなく、文章をいたずらに反芻するだけでもなく、その先にある心情を理解し、思想を抱き、もっともな疑問を沸き起こす。それは紛れもない知性だ。私の娘は2歳にして、青年一歩手前のような知性を有しているのだ。


あまりの衝撃の事実に沈黙を続ける私に、アデルは優しく、しかし力強く話しかけてきた。


「マーク。フランは早熟な子供と言う範疇に収まりません。明らかに神童と言っても差し支えない程です。」

「アデル…私はどうすればいい?フランをどのように育てていこう?」

「フランが求める教養は全て授けましょう。王家の総力を、娘の才覚につぎ込むのです。」

「…ジークはどうする?そのうち王太子となり、私の後を継ぐのはジークだぞ?」

「もちろんジークもです。二人の子供たちに、私たちの全てを注ぐのです。これは王国の将来にとって、必ずや多大な影響を及ぼします。」


アデルには明確な未来が見えているようだった。明確な得意分野があるわけではないが、全てをそつなくこなして安定感のあるジーク。すでに非凡なる能力を溢れ出させているフラン。この2人を王国の次代として育て上げることで、王国は繁栄を極める…


この日を境に、フランにはさらなる後援を与えることにした。王宮書庫へ赴く際は、地理や歴史に詳しい文官を付けることにした。その場で抱いた疑問をすぐに解消してもらうためだ。同時に、文官と言う王政に携わる人間と関わらせることで、王国人としての自我を育てる。あてがった文官は、最初は子守りのような細事を押し付けられたことに不満があるような雰囲気を持っていたが、フランと接して数日も経つと、その才覚に絆されていた。そして、時頼行う報告の際には、フランの将来は文官にと、前例のない進言までしてくる始末だ。


その気持ちもわからないでもないので、咎めることはしない。なにせ、フランは帝国や法国の政治体制や主要産業の情報を把握したどころか、帝国の食糧事情は王国が握っていることを素早く看破して、王国はそれを盾に帝国に強気に出るべきという、王政に携わるものなら最初に考える戦略思考を、いとも簡単に発案した。勉学に勤しみ結果を出し続ける日々は終わらず、なおも新しい考えを紡ぎ続けていた。


私たちは”鷹ノ子”を生んだようだ。


すでに、4~5歳で始める家庭教育の前倒しを準備している。3歳になるころには、より進んだ教育を受けさせられるだろう。


フランと王国。この先に待つ未来は栄華か、それとも…

私に分かるわけもないが、夢を見ずにはいられないというのが、正直なところだ。

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