新理論の夜明け
魔法の新しい理論を思いついてから数日。夜更かしの代償や、早めの教育と合わせて、高位な身分向けの芸術や舞踊といった修練も始まったため、年齢に似つかわしくなく結構多忙だった。
そして今日。再び魔法教育の日である。新理論お披露目の日だ。
私はこの日のためにまとめた、魔法自然学緒論を記した紙の束を手にララーの前に立つ。
「おはようございます、王女殿下…?」
「おはよう!今日は良いものをもってきたわよ!」
私は紙の束をララーに差し出す。彼女はとりあえずそれを受け取った。
「王女様?これは…?」
「私が考えた魔法の理論!」
「…へっ?」
おや。この呆気にとられる感じ、見たことあるな?…まあいいか。
私は紙の束を1枚目から説明し始めた。
その構成はこうだ。まずこの世に存在する物質の成り立ち。それらは様々な方法で固まり絡まることで、物として我々が認識していること。さらに、その物質を細かく見ていくと、物質の構成の最小単位である分子の構造が存在すること。さらに、分子の構造は原子というさらに小さい構成物があることを説明していた。言ってみれば、物理学と化学の上っ面をさらっと記したものだ。
この部分が前提として入っていないと、私の魔法理論の理解が根本からできない。なので、”世の理というモノを考えてみました”という体で、独自に解釈したものという形にしてみた。
そして次段で本丸。魔法を発動する因子というものが、存在していることをぶちあげる。魔法を発動するものは原子以下の構成物で、我々が知覚できない状態でありとあらゆる空間に漂っているし、含まれている。それが魔法を発動するという行為によって、望んだ形に姿を変えるというものだ。
そして、魔法の発動自体に話は進んでいく。人のような生き物がどうやって魔法を行使しているのか?それは目や鼻といった感覚器のように、魔法原子を発露する器官があって…と生物学もかすったような内容になっている。
「…というのが、私の考えた魔法の理論なんだけど、どうですか?」
「えっ…えーと……ちょっと考えさせていただけますか?」
こういうとララーは押し黙ってしまった。ただ、時頼小声でつぶやいている。
例えば、「いや、ここはこうすれば…でも…」とか、「あれ?説明がしやすい…でも…いや違う…」とか、「これは団長案件…ああ…」とか。
私の説明を反芻しつつ、紙の束を幾度となく行ったり来たりして見比べて…
しばらくして、はっとしたように私を見た。そこで声をかける。
「…何か質問は?」
「…いえ、ありません。というより、破綻している部分がありません…」
その言葉に私は微笑みを浮かべた。
さて、構築した理論が破綻していないことはわかった。あとは実践あるのみだ。
「では…私の理論が正しければ、魔法の可能性は大きく広がると思うんですよ。」
「えーと?…例えば…?」
「ん?うーん…教わってない魔法を使えるとか?」
「えっ?」
と言うわけで、一つ魔法を撃ってみることにした。その魔法とは…炎。
原理は簡単だ。魔法原子の一部を火種として、その周りに高濃度の酸素という支燃物を配置するようにする。燃えだしたら酸素を継続的に生成して送り込むイメージを持てばいいだけだ。
「…”炎よ”」
私が唱えると、眼前に火球が出現する。それは絶えることなく燃え続ける。そして、さらに燃焼を促すと、火球は大きさを変えていく。気づけば、私の頭と同じくらいになっていた。それを見た私は、満足してララーに顔を向ける。
「成功した!」
「えぇ…」
ララーは解せぬという顔で私を見ていた。あれ?おかしいな?
今ここで起こっているのは、それまで普遍的に存在していた技術の新しい仮説、そしてその証明なのに。これから起こるのは魔法革命。魔法の使い方が変わり、その難易度も変わる。魔法を学ぶ人は、これからは聖書ではなく科学を信仰していくのだ。
神など死んだ!あるのは科学技術のみ!ビバ・テクノクラシー!
…という段階まで世界が進むのは、もう少し後かな。
私がそう夢想に耽っていると、ララーが思い出したかのように私に言った。
「…あっ、いけません王女様!それ以上魔法を使うと魔力切れが…!」
あ、そうだ。火球を出したままだった。確かに、このまま使うと魔力切れだ。
だが、そうはならない。なぜなら、私には魔力循環という新しい技能があるからだ!
…と言っても、説明しなければ。そう思った私は一旦火球を消し、ララーの元へ戻った。そして、紙の束を手に取って、何枚かめくり…魔力切れに関しての記載部分を見せながら説明をする。
「魔力切れに関しても対策したわよ。まず、魔力切れの仮説として、魔法を行使するときの魔法原子は、体内に蓄積されているものから使用されると仮定しているの。」
「えーと…はい。そこは読みました。」
「いいわね。でね?魔法を使用していないときに充填されるのは、体外にある魔法原子からだとすると、魔法を使用しているときにも魔法原子を取り入れられるのではないかな?と考えたのよ。」
「…はぁ…」
イマイチ合点がいっていないララーに説明を続ける。言ってみればこうだ。体内の魔力原子の入れ物を水筒のようなものと考える。水筒が空になると魔力切れで気を失う。水筒から減った分は、自然と充填される。であれば、水が出る傍から水を注げば?水筒から水が出ても、すぐに水は補充されるようになるのだ…理論上は。
「…というわけで、今から試します!失敗したときのために支えは任せたね!」
「えっ…えっ!?い、いけません、王女様!?」
ララーが状況を飲み込むより少し早く、私は魔法を発動した。基本と言われていた水の魔法だ。私の指先に生まれたこぶし大の水球は、私が意識を強くするたびに大きくなった。私の背丈はすぐに超え、纏う魔力に沿うようにして水が生み出されていく。そんなときでも私に変化はない。魔力を使う傍から、魔力を吸い取るイメージを並行しているからだ。
そしてあれよあれよと水球は大きくなり…野外訓練場の上空には巨大な水球が浮かんでいた。
全く問題ないことを確認した私は、ララーに向き直って言った。
「うまくいったわ!!」
私は満面の笑みである。実験は成功だ!!
一方、ララーは驚愕に満ちた顔で水球を見つめていた。
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