信仰の重さ
魔法の理論を実践で証明していい気分になって…1週間。多忙さは相変わらずだ。
高貴な身分と言うのは、担う義務に伴って学ばなければいけないことが多い。それを実感する日々だ。普通の教育は良いが、芸術に舞踊が結構緊張する。前世では可もなく不可もなく、才能がない常人程度の出来だったと思うが、今世では褒められることが多い。どうやら授かった能力らしい。助かったと言える。
そういえば、魔法に関しては、かつてのごとく理論書をララーに押し付けた。私は専門家と言うわけではないので、詳細な部分はその道の人にという考えからだ。
…あれ?前も同じ考えで数学関連で騒動が起こった。
そして今日は久しぶりの魔法教育の予定…そういえば、なぜ1週間も間が空いたのだろう?予定を変更したいとララーから連絡があったと聞いているが…
物凄く嫌な予感がする。今日の魔法教育には普通に向かうけど…
そう思いながらブランチ後のお茶を頂いているときだった。従者が私の傍に言伝を持ってきた。
「王女殿下、本日のご予定に関してですが…」
「あら?なにか変わりが?」
「はい。魔法教育の際に、国王陛下の元へお向かいください。」
「…父上?なぜ?」
「理由は存じ上げません。言付けでは、陛下の元へと…それのみです。」
…どうやら悪い予感が当たったようだ。
というわけで、数か月ぶりの国王執務室前でございます。
何人かに事情を聞いた限り、理由は不明だが、教師役”含め”全員がそこにいるので、よしなに対応するようにとのこと。
今日の魔法教育は執務室でされるのでしょうか?そんなわけはありませんね。
様々な思いを抱きながら、扉を開けてもらい中に入った。
執務室には国王陛下の父、宰相公爵、それに非常に緊張した面持ちのララーと…誰だあれは?会ったことないな。銀髪に蒼い目、筋通った鼻にすっきりとした口元…好青年と言える知らない男性が居た。
私は部屋の中ほどへ進み、執務机に座る父に往訪を改めて報告した。
「参りました、父上。」
「うむ、よく来たな…さて。話を始めようか。」
そういうと父は立ち上がる。そして宰相に目配せをした。宰相はそれに応えて、懐から紙の束を出す。うん、非常に見覚えのある紙の束だ。またこのパターンか。
紙の束を受け取った父は、執務机の上にそれを広げた。そして、私たちに向き直り、話し始める。
「さて、今日集まってもらったのはほかでもない。この紙に記された…新しい魔法理論に関してだ。この新しい理論に関して、今後の取り扱いを決めたいと思う…まず、これを記した者だが…フラン、本当にお前がこれを書いたのか?」
「…はい、間違いありません。私が書き記しました。」
「そうか…」
父は息を吐き出すように言って、机に手をついて…項垂れた?
そこまで心労をかけるようなことだったのかな、この新理論は。
たしかに、この世界の成り立ちから解き明かそうという始まりは、いささか壮大すぎるかもしれない。しかし、あくなき知の探究というのは、その手の途方もない目標を持つところから始まる。そのとっかかりとして、あらゆる万象に介在できる可能性のある魔法はうってつけなのだ。だから、受け入れてください、父上。
「国王陛下。これは新しい魔法の夜明けです。どうか、ご寛大な判断を頂きたく。」
「…そうは言うがな、ハリーよ。これは影響が大きすぎる。お前なら、その問題点が理解できるだろう?」
「ええ。理解したうえでの上申です。」
銀髪の好青年はハリーと言うらしい。面識がなく疑問を浮かべる私に、彼は気づいた。そこで姿勢を正して自己紹介をしてくれた。
「これは王女殿下、失礼いたしました。お初にお目にかかります。私、ハリー・スクワイヤーと申します。王宮魔法士団の団長を拝命しております。」
「初めまして、スクワイヤー殿。よろしくお願いしますね。」
名乗ってくれたのだから、こちらも礼を返す。しかし、魔法士団長と来たか。つまるところ、王国魔法界の重要人物であるのだろう。たしかララーは魔法士団の所属だったはずだから、そのつながりだ。どうやらララーは、私が渡した理論書をそのまま団長に直接届けたらしい。恐らく、読解の適任者であるという判断だろう。
私が思案を続けていると、ハリーは一歩前に出た。そして私を熱い感情の籠った目で見ている。なんだあの表情は。すこし怖いぞ。
そして始まったのは、怒涛の麗句だった。
「私は感服いたしました!世界の理を解き明かそうとする新しい論説、それをもとにした魔法の新解釈!最初は斬新であるという印象でしたが、それらの理論をもとにして魔法を使用したら…効率が段違いではありませんか!!それに加え、魔法の発動に関する人体の新理論!!特に魔力切れ対策は革命です!私はその有用性に気付いたのち、昼夜を忘れ魔法の発動に費やしました!それでも魔力切れは起こしておりません。つまり!この理論は正当性があるという事なのです!!世界の理を解き明かす段落では、あらゆる物質の構成を解き明かす必要性を説いておられますが、私は熱烈に賛同を示します!!恐らくはその他の理論もお考えではないのですか?どうです、将来は魔法士団に属し、その見地と才覚を存分に私たちと発揮していこうではありませんか!?そうだ!我がスクワイヤー伯爵家に5歳の末弟がおります!是非ご婚約などをお考」
「ハリー!」
「はい、陛下?」
「自重したまえ。」
「…失礼しました。」
父が止めてくれて賛辞の嵐は終わった。助かった。なにせ、大げさな身振り手ぶちを交えた熱弁は留まるところを知らず、私との距離が徐々に近づき、幼子である私の目線に合わせるためか跪き、そして顔をさらに近づけて大声でまくし立ててくる。これは一種の脅迫ではないかと思った。
場を収めた父により、魔法士の考えは要約された。つまるところ、素晴らしい!全力でこの理論を広めましょう!ということだった。
まあ、恐怖感を抱きかねない熱意はともかくとして、予想通りではある。開明的な魔法士は、恐らく従来の魔法使用理論に限界を感じているのではないかと思っていたのだ。団長はそのターゲットに完璧に合致したということだ。
とりあえず、今のところは目論見通りではある。ただ、この場が設けられるような問題が思い当たらない。そこは今後の推移を見守るしかなさそうだ。
「さて、話を戻そう。この魔法理論の有用性は、ハリーを始めとした魔法士団の一部のみにだが伝えられ、立証されている。さらに、専門家ではない私達も、魔法の行使に有効性が認められた。恐らくは身分立場を問わず、この理論で魔法の世界は広がるだろうと思っている。」
「…ご評価ありがとうございます、父上。」
「だがしかし、だ。」
「何か問題が?」
「ああ。この新理論には、信仰が無い。」
「信仰…?」
「ああ、信仰だ。魔法とは信仰の賜物。神の御業をお借りするもの。その根底を覆すというのは、あまりにも影響が大きすぎるのだ。」
父は幼子である私に、言い聞かせるように説いてきた。だいぶ言葉を選んでもらっているようだ。そして同時に、私も問題点を認識した。というより、私の落ち度だ。
新しい生を受けたこの世界の文明程度を考えると、信仰というモノは存外に重いのだった。偉大なる主を信じることは、世界を信じ、隣人を信じ、家族を信じる。そして世界を知り、社会を知り、学びを知る。全ての根底になっているのだ。そこに私のようなパンピーが、信仰とは無用であり、あるのは研究と実験に裏付けされ体系化された事実のみであると説いてみよう。受け入れられるわけがない。
前世は森羅万象を主のお導きと説いていたら説明が終わった時代が、終わりを告げつつある時勢に生まれ育った上に、母国は世界的にも宗教観が不思議で緩い謎の国だった。宗教と信仰に対する価値観を軽視してしまったのは、これが要因だろう。
「フランにはまだ理解が及んでいないかもしれないが、私もお前も、敬虔な主の愛し子なのだよ。それを否定することは出来ないのだ。」
ふむ…あとはあれか。法国もいちゃもんを付けてくるだろうな、と私は思う。
信仰している宗教の本山がある国が、信仰を不要とする理念を受け入れるわけもない。父が言及しないのは、信仰と言う敬虔な行為に外政という下賤な行為を紐づけるには年齢が早すぎるという判断だろう。まあ、勝手に理解しちゃうがね。
さて…一計を案じる必要があるな。魔法理論自体は認められているのだし。
信仰を否定するのがよくないのであれば、信仰を絡めてしまうか?でも、このたたき台は科学で…科学…
いや待て?科学ってもとは信仰を解き明かすことが始まりじゃないか?
神や世界とは何ぞやという問いかけを行うことが、学問の始まりだ。
ああ、じゃあ何も問題ない。こう言えばいいな。
「…父上、理解いたしました。そのうえで説明させていただきますわ。私の記した魔法理論は、信仰を不要とするものではありません。むしろ、信仰そのものです。」
「…ふむ?信仰そのもの?」
「はい。信仰の捉え方を、より深化させたものなのです。」
「聞かせてもらえるかい?」
「はい。従来の魔法理論では、魔法の行使に神の御業をお借りするという言及だけでした。私はその考え方をさらに深く思案し、主の作り出したこの世界を解き明かすことが、魔法と言う信仰に必要なことであると考えたのです。そして、世界の成り立ちを紐解く中で、魔法と言う技術こそが、この世に作り出されたモノの間を埋める術として、主がご用意なさったと解釈しました。」
「なるほど。」
「あとは簡単です。魔法とは存在している物を変遷させる御業。それを生命が行使できるようにしたのは主の御意志。それを扱いやすいように解釈を変えるということには、信仰を否定する要素はなにもございません。いかがでしょうか?」
「…むう。」
魔法の新理論を信仰と紐づける理論…いや、方便か。
とりあえず即興で作り出したが、問題点を回避する方法は提示できた。
あとは、王国の頂点足る国王の裁可次第…だといいなぁ。
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