抗えない技術

私はマーク3世。国王だ。また会ったな。調子はどうだ?


さて、今日は難題に直面している。それは…娘がもたらした魔法の新理論だった。


私の娘が偉才過ぎる。学問を修めたと思ったら新しい数字を考えて王宮文官に騒動を巻き起こした。それが一段落したと思ったら今度は魔法…前にも言ったが、限度があるだろう。まだ4歳だぞ?


しかも、今度の魔法新理論は大きな問題があった。大陸の共通した信仰が大きな要素になっている魔法において、その信仰は必要ないと言い切ってしまったのだ。

そこで、私は信仰の大切さを娘に滾々と説明する。わかってほしい。


さらに言ってしまえば、信仰の在り方を根本から問うてしまうと、法国が何を言い出すかわからないという面もある。まあ、それは4歳には早すぎるだろう…さすがにね?


そう思って、信仰の大切さを説き終わったところで…娘は新理論のさらなる説明をし始めた。信仰の否定にはならない、解釈を変えただけと言う内容だ。


…おかしい。まるで施策の意図を問われた文官が、印象を変えるために使う弁論法ではないか。それを4歳がやってる。私の娘だよね?


衝撃を受けつつもそれを何とか表に出さず、娘の説明を聞き終えた。粗が無い。信仰の是非を問われても、信仰は変わらずという説明に終始できる。王国内はおろか、法国にも説明できるな。それを用意したのが4歳というのはさておきたいが…


とにかく。材料は出そろった。後は私が判断するだけだ。そこで、こう決めた。


「…この魔法理論は、現時点では公表しない。魔法士団でも、現在周知されている者以上に広めてはならない。ここにいる者も口外しないように。公表の時期は追って判断する。以上だ。」


私の裁断に、部屋にいる者全員が頷いた。その後、少し言葉を交わして、まずフランと教師役のララーが退出した。魔法教育のためだ。


そして、私の執務室に残るのは宰相と魔法士団長のみ。

3人で中央寄りにあるカウチに腰かける。今後の対応の詳細を詰めるためだ。


「国王陛下。魔法士団では、現在新理論を知っている者だけで、専用班を組織します。そこで、新理論の運用と研究を行いたいと思います。」

「…口外厳禁は一応王令だ。厳守できるか?できなかったら…」

「はい、心得ております。極刑もあり得る。しかし、理論の有用性を判断した段階で、信頼できるもの数名にしか知らせていません。抜かりはございません。」

「ララーはどうする?」

「班に入れます。彼女も相応に優秀なので。それに知っている者ですし。」

「ふむ…よかろう。」


まず口火を切ったのはハリー。魔法士を多く輩出しているスクワイヤー伯爵家の出身で、現在の魔法士団長だ。王国随一の魔法の使い手であり、魔法の研究に勤しんでいる。若干、魔法に対する熱が強すぎるきらいがあるが…先ほどはそれが娘に対して出ていたので諫めてしまった。


そんな彼であるから、すでに知ってしまった物を取り上げられるのは防いだ形だ。まあ、問題はない。自分の責任で行うと言っているし、なにより私も取り上げる気はない。


「…で、宰相。法国はどうする?」

「懇意にしている王国大司教で様子を見ましょう。魔法に関する信仰の解釈変更を伝え、反応を見るのです。そこで悪くなければ、我々側に引き入れましょう。我が国が優位性を築いてから、法国に伝わる様にしても問題ないように。」

「それなら、法国との折衷は私が担当しますよ。スクワイヤー伯爵家としてね。」

「おや?よろしいので?」

「ええ。西方の貴族は法国に伝手があります。我が家も例に及びません。」


法国に対する対応も早急に決める。遅かれ早かれ、この技術は広まる。そう確信している。であれば、今のうちに起こるであろう芽は摘んでしまいたい。


とりあえず、決めなければいけない方針は決めた。そこで私はカウチに身を放り出し、大きく溜息を吐いた。そして、思わず吐露してしまう。


「しかし…私の娘なんだが、2人はどう思う?」

「…まるで手練れの文官ですな。あのような弁論を短時間に行うとは。」

「私も目を見張りました。魔法の新理論を考えただけでも異常なのに…聞けば、算術家向けに新しい数字も考案したとか?」

「ああ、事実だ。」

「陛下。忌憚なく申し上げれば、異才です。天才の枠さえも超えてしまうような。」

「うむ…」


ハリーの言葉に、また深いため息が出る。4歳の娘が世界を変えるような発想を1年ごとにしでかしているなど…親としては贅沢な悩みだろうが、悩みであることには変わりがない。身分や立場を考えると、変化が起こる度に、決めなければいけないことも増えるのだ。


「…ああ、そうそう。我がスクワイヤー伯爵家の末弟の婚約者にという私の発言。その場の勢いではなく本意ですので。」

「は?正気か?」

「ええ。そのために弟には意地でも叙爵させます。家督を譲ってでも。」

「…まだ嫁ぎ先の話は考えておらんぞ。」

「それはいけません。あの才能、世に出れば高位貴族全てが、フラン殿下を取りに来ますよ。国内で済めばいいのですが、法国や帝国もその例に漏れないでしょうな。その中で、あの異才にいち早く触れられた私は幸運と言えます。」

「…まったく。」


決めなければいけないことも増えるのだ。それはこういうことも含んでいる。


△△△


父との話し合いから数日後。今日は魔法教育の日だ。

あれ以来、秘儀となっている私の理論は、私と教師のララーしか使っていない。でも、ララーも色々と理論を解釈しているようで、その魔法の精度は日に日に上がっているようだ。私も楽しい。


そんな今日の教育日だが…変化があった。というより、一人加わった。


「…なぜ魔法士団長様が?」

「ご機嫌麗しゅう、王女殿下。」


銀髪の好青年たるハリー・スクワイヤーが、この野外訓練場にいた。なぜ?


「えーと?」

「すいません、王女様。加わると言い出して聞かなくて…」

「王女殿下の魔法の才覚は認めております。であれば、王国でも魔法の名手である私も、教育に参加させていただければと思いまして。」


いや、これわかった。この人、魔法の教育が目的じゃなく、私の新理論とそれに付随する知識が欲しいんだ。絶対そうだ。


「じゃあ、普通に教練を始めてもいい?」

「ええ。できれば、どのようなお考えで魔法をお使いしているのかも、ご説明できるようになるとなお良いかと。」


ふむ。一見するとおかしなことは言っていない。訳も分からず感性の赴くままに技をふるうのではなく、体系的に整理された理論を持つというのは道理にかなっている。

ただ、あなたのそれは私の理論を聞きたいだけですよね?そうですよね?


「…では、まず水の魔法から…」

「いいですね。ちなみに、水の素とはどのように思いついたのですか?」

「えっ?えーとですね…水自体を扱っていたというより、他の魔法を試したときに気付いたのですが…」


と、私は前世の知識を総動員して尤もらしいストーリーをひねり出す。


水分子の発見には、水素を混ぜた空気を爆発させると水が生成されるというのがはじまりにある。そこから、水自体を分解することで水素と酸素が発生することを突き止め、水がこれらから成り立つと証明したという流れだ。


ただ、このまま言っても理解されるわけがないので…


「というように、燃焼の魔法を使用すると、少量ながら水が発生していました。さらにそこから、水自体を操作すると、”上の方で燃える空気”と”下の方で燃える空気”に分かれたのです。そこで、水は2つの性質の異なる物で成り立っているのではないかと着想しまして…」

「…ばらし…」

「えっ?」

「素晴らしい!!」


ハリーは私の手を力強く掴むと、振り回し始めた。そしていつか見た賛辞の嵐を浴びせてくる。


「魔法の基本とは実践と観察です!それに斬新な発想と言う応用が加わって芸術と言える様相を呈します!王女様は、その、完璧な魔法と言う姿をすでに会得しているのです!!これが素晴らしいと言わずしてなんと言いましょうか!!」

「あっ、あの…」

「団長、自重をお願いします…!」

「おや、これは失礼。」


ララーの助け舟でハリーの感情の暴走は納まったように見える。なんと忙しい人なのだろう。

しかし、これからの授業…もしかして…


「では、色々な魔法を使用していきましょう。そこで気づいた”使い方”は、都度説明しても構いませんので。」

「は、はい…」


つまり、あらゆる魔法を教えるので、その原理の予想を全て話せと…なんということでしょう。


こうして、あらゆる化学反応や相転移の概念を、”今思いついたように”話しながら魔法を使う日々が始まった。さらに、その概念を体系化して書籍に記すという作業も、魔法士団の特殊班と共同で行うことになった。


つまり、仕事が増えたのである。

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