金の生成書

時は数日前に遡る。

私は父の執務室に来ていた。あるお願いがあってのことだ。


「…で、今日は何かな?」

「はい。数日後の金創士説得に向け、一つ許可を頂きたく思います。」

「ほう?内容は?」

「私の魔法理論を彼らに開示したいのです。」

「それは…なぜかな?」

「魔法により金を作れるからです。」

「ふむ、金を…えっ?」


父の時が止まる。やっぱり気づいてなかったか、この可能性に。


そもそも、科学的に金を作ることは可能なのか?実は可能だ。

物質を形作る陽子と中性子の数を金と同じにすれば、それは金となる。それには特定の水銀を使う。水銀は原子番号80番で、79番である金の1個後だ。特定の水銀に中性子を照射すると、その水銀は中性子の数が増える。すると、水銀はベータ崩壊を起こし、一つ下の物質、つまり金へと変化する。


…さて。この説明を元に察するに、実現難易度は非常に高い。なにせ中性子の照射という工程が必要だ。とんでもないエネルギーが必要である。さらに、金に変化する水銀も、水銀全体で見れば量は多くない。


つまるところ、あらゆる面から見て実用的じゃないというのが、結論となる。


だがしかし。それは前世での話だ。こちらの世界では?そう。魔法がある。


新理論が正しいという前提にはなるが、魔法は全く未知の原子だか粒子が元になった摩訶不思議でニュートラルな代物だ。正確に物事を念じれば、望んだものは生成できる正にチート技術。


そして原子番号79番、Auという金の組成を私は知ることができる。完璧だ。


「というわけで、こちらが現物になります。」


私は、自身のこぶし大ほどある金塊を父の執務机の上に置いた。父はそれを見て口を開けたり閉じたりと忙しそうだ。少しして、落ち着いたのかようやく声が出た。


「ふ、フラン…これは、魔法で…?」

「はい。作りました。想定はしていましたが、無事に実現できてよかったです。」

「いや、でもこれ、どうやって…」

「ですから、魔法です。私の新理論であれば、可能となります。」

「…そ、そうか。あの理論では魔法は物質を作る術と言っていた…確かに理論上は可能か…」

「そういうことです…まあ、金の組成を完璧に理解しておく必要がありますが。」


父は落ち着きのない表情で椅子に腰を下ろす。いつの間にか立ち上がっていたようだ。それだけ驚いたのだろう。ちょっと突飛過ぎたか。

私が机に置いた金塊を手に持ち、神妙な面持ちで観察を続ける父。それに、慎重に言葉を選ぶように、私に質問してきた。


「フラン、これは誰でも可能か?」

「はい。理論を理解していれば。ですが…」

「ですが?」

「想像以上に魔力が必要です。どうも、貴重な物質を生成するのは高負荷なようです。私もその大きさの金塊が精いっぱいでした。」

「なる…ほど。ということは、実用的とは…」

「そうですね。少々難しいかと。」


これは嘘じゃない。水を生成するよりも、段違いの集中力と魔力を持っていかれた。魔力切れ対策を展開していなければ、3回は気絶している。

理論を構築して会得した私でさえこれなのだから、基本の基本から始める者はさらに難易度が上がるだろう。


父はまだ思案顔を続けている。ただ、デモンストレーションとしては申し分ないはずだ。私は結論を仰ぐ。


「では父上。新理論の開示、了承していただけますか?」

「うん…どういった形で行うのかな?」

「魔法と金の生成に必要な知識を簡単な冊子にまとめます。恐らく、口頭よりも形のあるものが心証がイイでしょう。」

「そうだね…了承しよう。」

「ありがとうございます!」


よし。条件達成。これで説得の確度がぐっと上がった。計画も気分も上々だ。

目的は果たしたので、執務室を後にすることにした。

父に挨拶を行おうとする…と、少し真剣なまなざしをした父が、私に声をかけてきた。


「フラン、一ついいかい?」

「はい?」

「…あの、そのだな…」


歯切れが悪い。態度も煮え切らない。父はどうしたのだろう?何をそんなに思い詰めているのか?私は合点がいかなかった。二の句を私が待っていると、父は大きく溜息をつく。そしてもう一度私に視線を向けてきた。


「…いや。今はやはりいい。時が来たらまた聞く。」

「はぁ?…何かご質問がございましたら、何時でもご対応します。」


私は半分社交辞令な返答をした。一体何だったんだろう?


△△△△△


そして、現在に戻る。


私の金は作れる発言により態度を180度転換したボーズ家たち。

今は場所を変え、彼らの家の応接室と思われる部屋にいる。マリアたちは部屋の外で待ってもらうように命令してしまった。魔法の新理論はまだ秘儀に片足突っ込んでるからね。仕方ないね。


さて。私の面前に座るボーズ兄弟だが…微動だにせず、一点を見つめている。それは、机の上に置かれた、私がまとめた金の生成に関わる冊子だ。ここに全てを書き記した…とまで言えるかはわからないが、基礎的なところはおさえているので、訓練をすれば金を作ることは可能なはずだ。


「…王女殿下。これを、拝見しても?」

「はい。そのために持参しました。お読みください。」


ベンが辛うじて私に問い、それに応える。私の返答を聞いたベンは、恐る恐ると言う感じで冊子を手に取り、開いた。


ここからしばらくは沈黙となる。魔法の新理論概要、物質の成り立ち、金の組成…触れる知識は今までに無い代物だろう。ベンは必死にその見識にくらいついた。

私はそれを邪魔しないように見やる。


先祖代々、金を作り出すということを研究し続けた学者一族の末裔。積み上げられた見識は、膨大だろう。当代の彼らは、それを頭の中にほぼすべて入れているに違いない。そして、今、私が与えた新たな知識を照らし合わせることで、その実現性を必死に考えている。


結構な時間が経っただろうか。とりあえず冊子に目を通し終えたベンは、それを閉じた。そして、まずはジンに渡した。彼も冊子を受け取ると、すぐに開いて読み始めた。一方で、ベンは私に問いかける。


「殿下、この冊子にかかれていることは、私達が到達できそうでできなかったものです。理解が及ばない点もありますが、合点がいくところも大いにある。」

「そうですか。お眼鏡に適ったようで安心しました。」

「ええ…しかし、一つ理解できないところがございます。」

「はい、なんでしょう?」

「なぜ私達にここまでしていただけるのですか?」


ベンは率直な意見を言った。確かに、硫酸が目当てとはいえ、一族数百年の悲願を一気に達成する術を渡すのは度が過ぎている。人は利他的な行為をされると逆に警戒するというのは本当なんだなと思った。同時に、先ほどまでの敵対心溢れる雰囲気での質問ではない当たり、一抹の不安を拭っておきたいという本心の表れとも言える。


そこで、私も率直に本心を伝えることにした。


「それはですね、あなた達が可能性の宝庫だからですよ。」

「可能性の…宝庫?」

「はい。ご説明しますね?」


私は立ち上がる。座りながらの説得よりも、身振り手振りを交えた方が印象に残るだろうという判断からだ。


「金創士として数百年、金を作ることだけを目的に貴方たちは過ごしてきました。その中で、あらゆる鉄鉱の性質を調べ、変化させる術を模索し、その様態を観察し続けた…それを愚直に繰り返してきたのではないかと思います。」


ベンが小さく頷く。否定する気はないという意思表示だ。私は部屋の中を歩きながら話を続ける。


「金を作るという目標は、今まで達成できなかったかもしれません。しかし、試行錯誤の歴史と言うのは、全くの無駄にはならないのです。」


私は両手を大きく広げる。大げさなアクションは、印象を強くする術だ。


「それらの失敗は、金を作るという目標だけにおいてのこと。しかし、見方を変えれば、それらは私たちが積み重ねなかった知識、そして教養の地層なのです。私たちは新たな事業を興そうとしています。それには、貴方たちのような存在が必要不可欠です。」


少し部屋を大回りに回り歩いて、元々座っていた椅子へと再び腰掛ける。そして、ベンを真っ直ぐに見据えて最後の仕上げとなる。


「つきましては、まずは金属を溶かす薬剤の存在をお教えください。もし生成方法までご存じであれば、王家が出資者となり生産施設を作りましょう。」

「…薬剤のためだけにこれらのことを?」

「いえいえ。薬剤は序章に過ぎません。」


私はベンに手を差し出して言う。


「欲しいのは、金創士としてのあなたたちの歴史そのもの。そして、新たな技術学問の創始となることです。例えば、この冊子に記されている金の組成、物質の成り立ち、そしてあらゆる金属の特性を網羅している研究情報…これらをたたき台として、全く新しい歴史を紡ごうではありませんか?」


よし。口上は終わった。あとは相手の出方を見るだけ。


「…ダン。鉄溶剤の生産方法を持ってこい。」

「兄貴、いいのか?」

「ああ。私はボーズ家当主として決めたよ。」


ベンはそういうと、私が差し出し続けていた手を握った。


「王女殿下。奇天烈な人物だが、俺ら一族を預ける価値はありそうだ。」

「…ご決断、感謝いたします。」


交渉成立。ゲームエンドである。

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中年転生者は、大陸に生きる 臣民同志 @shinmindoshi

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