金創士の攻略

「ここがあの女のハウスね!」

「は?」

「いや、気にしなくていいわ。ちょっとした冗句。」


王都から出て少し行ったところに、その工房はあった。

レンガと木材が主体であることこそ王都にある建物と相違はないが、球状の形をした炉らしきものがいくつも立ち並ぶことによって、通常とは違う雰囲気を醸し出しているそれ。


ここがかつて国策で金を作ろうとした一族。金創士ボーズ家が代々住まう屋敷だ。


「先触れは出ているのかしら?」

「はい。王宮からの出立前に。」

「なら行っても問題ないわね。」


私の言葉にマリアは頷く。そして歩き出した。マリアよりも2つ頭ほど大きい扉の前に付くと、マリアがそれを叩く。そして王女殿下が来訪したことを告げ、扉を開ける。


「フラン王女殿下の来訪である!!」


扉の先には、少しこじんまりとした雰囲気の玄関ホール。そして、そこに3人の男性がいた。長身で痩せ型の狐目に、小柄だが筋骨逞しいマッチョ、そして中肉中背で平凡そのものな風貌の者。三者三様だが、彼らが現在のボーズ家代表なのだろう。


「…お初にお目にかかります。私、ボーズ家当代のベンと申します。」


中肉中背が当主だった。小柄マッチョが次男のダン、そして長身が末っ子ジンということだった。


さて、自己紹介が普通に終わったように思えるだろう。

だが、すでに雰囲気は異様だった。

なぜなのか?


この一連のやり取りの間、ボーズ一族は片膝を付くどころか、一礼さえもしていないのだ。末席とはいえ相手は王族。この国の最高権威の一端であるのにだ。


この不敬罪に問われてもおかしくないような態度に、近衛であるマリアは、元来の雰囲気に似つかわしくないような表情をしていた。ある種の憤怒である。


私はとりあえず黙して状況を見ることにした。この場に飲まれる?それはない。この程度の嫌がらせで音を上げる玉ではないのだよ、こちらは。


少しして、ベンが話し始める。それは大きな溜息と共に。


「…私は非常に落胆しています。」

「落胆?」

「クラビア家の行動にですよ。かつての先人を切り捨てたかと思えば、突然の王族来訪の知らせ…名誉回復の機会かと期待すれば、訪れたのは歳もいかない幼子の末娘…これが侮辱でないと?」


ほう。言ってくれるじゃないか。まあ、言わんとすることはわかる。数百年ぶりの王族との伝手と思ったら、来たのがこんな幼女だものね。

だが、そんな小さな尊厳は、私には通用しない。


「…侮辱に落胆ですか。それはそれは。」

「はい。ですので、何も話すことは…」

「私こそ落胆致しました。」

「…は?」


こういう時、人はまずどう行動するべきだろうか?下手に出て相手の懐にもぐりこむ?友好的な態度を取り続け、打開点を探す?それも一つの手だ。


ただ、相手の感情は数百年の恨み辛みが凝縮されたもの。一筋縄ではいかない。


そういう時は、逆の発想をしてみればいいのだ。例えば、さらなる怒りをぶつけるとか?


「私はボーズ家は、支援に恵まれずとも、自分たちの使命をただひたすらに追い求める探求の一族だと聞かされておりました。それが蓋を開けてみればどうです?相手が幼子であるという些末な理由で場を捨てる。全く持って落胆以外の感情が浮かびません。」

「なっ!?」


効いてるね。そりゃあ、相手はいい年した大人。私は幼女。そんな存在に今の言葉を投げかけられれば、精神の安寧はどこかへ飛び立つってものだ。


「これでは私の望むものが存在するかも怪しいでしょう。一族の使命を追い求めているかどうか、それさえも疑わしい。」

「おい!!王女だからって言っていいことと悪いことがあるぞ!!」


次男のダンが我慢できずと言った感じで私に食って掛かる。そうそう。それでいいのだ。


おっと。その様相に近衛であるマリアが剣に手をかけている。私はそれに気づくと、マリアの腕を引いた。彼女はそれに少し驚きを交えながら視線を送ると、私の表情を見て一歩下がった。


さて。そろそろまとめに入るかな。


「では、手早く済ませましょう。私が本日ここに来た理由を言ってもよろしいでしょうか?」

「…聞くだけはタダです。ご自由に。」

「はい。一つは金属を溶かす薬剤をお取り扱いしているかどうかです。」


まずは本題。これが私たちの第一目標だ。硫酸が手に入らなければ、この一家に用はない。


「さあ、どうだったか。薬剤はいくつか持っておりますがね。」

「そうですか。」


私は確信した。硫酸を彼らは持っている。その上でこの態度に出ているのだ。

これは取引をしたいというようなものではない。彼らの場合、純粋な嫌がらせだ。


でも、私にはそれを打ち破る一手がある。


「…あともう一つ。皆様にお教えしたいことがございます。」

「ほう?なんでしょうか?」


ベンは無表情ながらも侮蔑を隠さない視線を私に投げかける。

いいね、それ。それでこそ、私の次の一言が映えるのだ。


「金は作れます。」

「………………は?」


恐らくは、脳が私の言葉を解釈するまでに時間がかかったのだろう。

少しの静寂の後、間の抜けた返答が来た。なので私はそれにダメ押しする。


「ですから。金は作ることができます。」

「え…えっ…え?」


ボーズ一家は全員が顔を見合わせた。

私の言葉が聞こえているが、理解はできないという感じだ。もう一押しだな。


「金を作る方法に興味が無いのであれば、このまま私は引き揚げます。」

「お、おま、お待ちください!!王女殿下!!」


ベンはやっと理解が及んだのか。片膝を付いてきた。彼の弟たちもそれに慌てて続く。そりゃあ、一族の悲願が突然叶うかもしれないんだもんね。必死になるよね。


さて、あとは落ち着いた話し合いができるかな?

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