初めての”王都”

おはようございます。フランでございます。本日は周りが少々騒がしい。


さること10日前。新しい肥料事業のプレゼンテーションを完遂させた私は、父から条件付きで事業の統括を任された。その条件は、かつて王家に協力したものの、大災害で傾いた国家を立て直すために切り捨てられた一族、金創士を説得して肥料事業に組み込むというもの。


今日がその運命の日となる。つまり、王宮を出て王都を抜けて、王都郊外に工房を構える金創士のもとへと赴くのだ。5歳の幼女が。ほぼ単身で。


極一部の人間にしか知らされていない詳細だが、私の側仕えは大慌てだ。格式が必要な場に赴くわけではないから、軽装でいいはずなのに衣服を入念に見繕っている。それにその大荷物はなんなのだろう?日帰りのはずでは?


右往左往する側仕え達を後目に、私は2人の騎士と相対していた。


一人は、茶色の緩い癖毛に大き目なたれ目をした丸顔の、一見すると覇気がないように見えてしまう女性騎士。ただ、鎧に着られているような雰囲気が無いあたり、練度は高そうである。


もう一人は、金の短髪で怒り気味の眉をして口を常に一文字に結んでいるような、堅物そうに見える男性騎士。こちらは絵にかいたような、騎士と言うそれ。鎧も帯剣している両手剣もそこにあることが必然であるかのような佇まいだ。


「王女殿下、本日はお世話になります。私、マリア・トーアと申します。近衛兵団第三分隊長です。」

「私は!ジャック・フォステックスです!騎士団王宮隊第二班長を拝命しております!!」


マリアは物腰柔らかに、ジャックは威勢よく自己紹介した。全く見た目通りだな。続けてマリアが話を続ける。


「本日の王女殿下身辺には、私達近衛兵団第三分隊と、騎士団王宮隊第二班が御付き致します。」

「つまるところ、マリアたちが私自身の盾で、ジャックたちが私たち全体の盾といったところかしら?」

「…お噂通りですね。その通りでございます。」


私の素早い理解に、マリアは驚きを交えた微笑みで応えた。このくらいは、まあね。

その後、今日の外出道順の説明に入った。王宮を出発した私たちは、王宮北門から王都に入る。本来は、貴族街へと直通の正門から出るのが習わしではあるが、今回の私の王宮外出は基本的にお忍びとなっているので、従者や御用商人が主に使う北門からとなる。その後、王都の西街区から北街区を通り、北正門から王都外へ。そして、郊外近郊にある金創士の工房へと到着する。


片道で二刻。つまり2時間ちょいの小旅行だ。


「西街区は商店が、北街区は工房が多いのよね。目にするのは初めてだわ。」

「あまりお顔を見せるのはよろしくありませんよ。」

「あら。いいじゃない、少しは。」


いや本当に良いじゃない。そのくらい。だって初めての王都だよ?

私、王都に生まれたのに王都を一度も目にしたことが無いんだが?


「原則としては、窓布を下ろします。その間から外を見るくらい、ですかね。」


手厳しい。これが箱入り娘の扱いと言うやつか。


△△△△△


先の予定通り。


王宮を出立した私たちは、現在王都の中を進んでいる。私はと言うと…窓布の隙間から必死に外を見ていた。だって、レンガと木材でできたどこかの中世だが近世の中間くらいの街並みが広がっているのだもの。前世の観光…もとい、世界一周転勤祭り…を思い出して気分が高揚する。それに人がたくさんいる!そうだよ王都は王国で最大の都市と言われている。本来であれば、これが街というものなんだ。


やっぱり、人間多少は表の世界に出なければならないな、と思う。


恐らく、この世に生まれてから初めてかもしれない年相応な様子を見せている私を、馬車に同乗しているマリアは微笑ましく見てくれた。


「少し安心しました。王女殿下にも、年相応なところがあるのですね。」

「…少しはしたないかしら?」

「いえいえ。私は好きですよ。それに、教育係などもおりませんから。ご自由に。」


マリアは慈愛に満ちた表情で言った。どうやら彼女は私に幼女としての可愛さがあることが嬉しいらしい。考えてみれば、これまでは才媛ぶりを発揮する方向でしか大人と接してなかったな。これからは、年相応な言動も多少は心掛けてみるか?


という物思いを少し抱いていると。窓布の隙間からある商会の軒先が見えた。

そこでは、私より3か4歳ほど上であろう子供が、大人に指示を出されて働いていた。


「あんな子供でも仕事しているのね。」

「…丁稚奉公ですね。西街区では珍しくない光景です。」


この世界では、ある程度成長した子供は即労働力として扱われる。そこで現場研修と言う名の労働を行い、いっぱしの大人になっていくのだ。


私はその光景を見て、私は呟いた。


「…でも、仕事しながら学習をするっていうのは、あの年齢では大変だろうな…」

「へ?…あ、いや。奉公は教育も兼ねていますから。その心配はありませんよ。」

「いやいや、教育は別でやるべきよ。やっぱり、5、6歳くらいから2、3年で、初歩的な教育を集中的に施す。その後で、商会に行くなり、より高等な教育を受けるなりを選択する…というのが、最良だと思うのよね。」

「…えぇ…」


私は思わず持論を述べた。やっぱり、初等教育を行うのは重要だ。最低限の読み書き計算ができる前提で人を扱えるようになると、社会の選択肢が格段に広がるのだ。将来的には、王女殿下という肩書を元に資金を募って、初等教育学校を全国に建てるのもありか…と、考えている私を、マリアが引きつった表情で見ているのには気づかなかった。


しばらくすると、馬車の揺れ方が少し変化する。道の作りが変わったのだ。


それで私は別の街区に入ったことにそれで気づいた。なので再び窓布の隙間から車窓を見る。今度の風景は、建物の作りこそ大きく違いはないが、軒先には鉄製品や木工品、ガラスや武器防具が並んでいるところが多くなった。


街を行く人も、肩が盛り上がった筋骨隆々の男が多い。耳をすませば、釜を炊いたり鉄を打つ音がかすかに聞こえた。


「ここが北街区です。工房が立ち並んでいるでしょう?王都の鉄工や木工、硝子製品はほとんどがここで製造されています。私の剣も、お抱え鍛冶師に鍛錬してもらっていますよ。」


マリアの説明を聞きながら、外の様子を伺い続ける。ここでもいろいろな考えが浮かぶ。


「…ゆくゆくは、ここの工房にも協力を仰ぐことになるんだろうな。あー、顔通ししたいなぁ…」

「え?どういうことです?」

「あら。今日の目的地は、王国の新事業立ち上げの第一歩よ?これが上手くいけば、ここの工房も一気に様変わりすることになるわ。聞いてない?」

「はぁ…委細までは…」

「そう。そのうち、今までにないほど強靭な剣もできるようになるわよ。楽しみにしてて?」


私はマリアに片目を瞑って笑いかけた。ウィンクだ。


肥料事業が稼働した暁には、化学や鉄鋼で技術的特異点が発生している可能性が高い。その中で、ここの工房主たちにも協力を仰ぎ、その見識を与えているだろう。それは彼らの技術をさらなる次元に引き上げ、発展させていく。そして産業革命を経て、科学と魔法が融合した新たなる世界へと生まれ変わるのだ。


私は夢のある未来に胸を躍らせて上機嫌だ。


ただ、私の発言がイマイチ理解できないマリアは、微妙な表情を見せ続けた。

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