外の世界に

あとは話が早かった。父が大筋を話し、宰相が詳細を詰める。たまにどちらからか質問が私にあり、それに短く答える。それで王国の威信をかけた一大事業が一気に形になり始めた。


私はその様子を見て、これが父の本来の仕事風景なのだと思った。即断即決、宰相が委細を掌握。時折、識者に助言を求める。実に効率的で気分が良い。


「うむ…魔法士はやはり魔法士団に話を通すか…となると、”あれ”もいよいよ本腰を入れて扱いをしなければらなんな。」

「ええ。効率は段違いでしょう。王女殿下もそれをお望みでは?」

「…”あれ”ですね。はい。あれも、王国の発展に必ずや寄与します。」


事情を知らないフレディが居る手前、不出の秘儀状態となっている魔法の新理論を大っぴらには公言できないが、私と父と宰相の間ではその重要性は共通認識となっていた。すでに王政との付き合いも長いフレディは、何か自分のあずかり知らぬところがある事を察して深くは聞いてこなかった。


話は大分進み、いよいよ具体的な内容になっていく。


「さて、肥料の生産に関わる試験場だが…本来であれば、王都郊外にある御料農場周辺に土地を確保することになるな。」

「はい。用地は確保できるでしょう…しかし、何か腹案がありそうですな?」

「いやなに…そのだな…」


父は口元に手をやり考えをまとめようとする。その姿勢は慎重そのものだ。しかし、何か大きな決定をしようとしている。


「まだ委細を詰めなければいけないが、という前提はある。それを踏まえて…フランに実質的な指揮を執ってもらおうかと思っている。」

「…なんと。」


私は驚いた。あれだけ渋っていた父が、事業の総指揮を私に委ねてくれるというのだ。一体どんな変心があったのだろうか?


「私も酔狂と言われるのは覚悟している。だがしかし、だ。今日の事業紹介を見聞きして、ある一つの判断は確実にできた。」

「その判断とは?」

「フランでなければ、計画の推移を完全には掌握できない。」


父の論調はこうだ。まず、この肥料事業の叩き台にあるのは、植物の育成に必要な元素が存在するという化学だ。この世で本格的に学び掘り下げられているという話は聞かない分野だ。それに加え、処理場や精製施設、そしてその基礎知識は工学という、世界に登場していない可能性のある見識だ。


全てが世界初の試みとなる、新たな肥料事業。

その総指揮を執るのは誰か?これは非常に重要な要素となる。


「確かに、王女殿下が直接的に介在すれば、指揮を執れる人員の養成という課程も省略できますな。ですが、よろしいのですか?王女殿下は…」

「わかっている。だから、酔狂と言われることを覚悟しているのだ。」


現在の私は、お披露目会を終えていない一人の幼女に過ぎない。つまり、この世に存在していないに等しいのだ。それを踏まえてでも、私に事業を実質的に託すというのが、父の決断だった。


「寛大なるご判断、誠にありがとうございます。父上。」

「…うむ。ただ、一つ条件がある。」

「はい?」


父は私に人差し指を立てて差し出して言った。それに私は素直に疑問を示す。

ここで条件を示すとは、どんな内容なのだろう?


「金創士の説得を完遂させてみろ。彼らの協力は、恐らく重要なのだろう?」

「…委細を理解しました。全霊を尽くします。」


私は父の条件の意図を理解できた。

5歳の幼女という自身が、この一大事業の実質的中心人物になるということの意味。それに携わる人間は、恐らくは海千山千の手練れ達だ。各分野の第一人者が集うだろうし、彼らは一筋縄で扱える人物ではない。それらを制御できなければ、事業を統括するなど不可能だ。


父は私を試す。実力の程を確実に見切るために。その試金石が、金創士の説得ということだ。王家と仲違いした学術肌の偏屈一族の説得。たしかに、この上ない条件がそろっている。


「フランが金創士を説得できたら…試験場の建設を行う。王宮用地の北側だ。牧草地や田畑にしても有り余る広さがある。」

「…そちらは、陛下と王妃様の離宮予定地では?」

「構わん。そもそも、離宮など最低限の生活ができればそれでいい。それくらいの土地、王都外縁にいくらでも余っているだろう。」

「わかりました。ご決断を支持致します。」

「…あの、父上?どうして王宮の北側に?」

「フランのためだ。極力王宮から離さないようにする。特に、お披露目会が終わるまではな。」


自身が王位を退いた後の棲家を建てるつもりだった土地に、私の事業の試験場を作るという。これは父は本気である事を示した形だ。宰相もそれをくみ取ったからこそ、全面的な肯定を示した。


そうだ。ちょっとここは欲をかいてみよう。


「父上、そこまで便宜を図っていただけるのであれば…試掘現場などにも赴きたいのですが…」

「それは駄目だ。」


あら。無碍もなく断られた。私のちょっとした憮然な表情を見た父は、少し疲れた様子で眉を下げながらも、説明をしてくれる。


「試掘を行うであろう土地は、王都から相応に距離がある。どちらも往復で一月は要するだろう。今のフランでは、金創士のもとへ行かせるのだけでも精一杯なのだ。そこは理解してくれるよね?」

「…承知しました。差し出がましい御願い申し訳ありません。」


まあ、無理か。あれだけお披露目会前の息女を表に出すというのに難色を示していたのだし。私は物分かり良く振舞うことにする。


「…さて。決めるべきところは大体決めた。あとは…フランが王宮を出る時の手はずだな?」

「はい。近衛と騎士団に話を通し、必要な人員を協議しましょう。それから…」


この長丁場な話も大詰めを迎える。最後に決めているのは、私の警護手順だ。


…そうか。私は初めて王宮の外に出るのか。

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