中年転生者は、大陸に生きる
臣民同志
逝去して
さて…ここはどこだ?
白い壁に白い天井、白い床に白い机。これが夢だとしても、少し気が滅入るような空間だ。
しばらく様子を見ても、変化がない。とりあえず、自分の手をつねってみる。感覚はあるが痛くはない…つまり、夢である可能性が高い。
そもそも、昨夜は普通に就寝している。夢であるというのは、少し考えればわかる事だ。
ただ、一つおかしなことがある。夢は夢であると認識すると、大抵目が覚める。しかし、この夢は違う。一向に目が覚める気配がない。
…どうしたものか。様相が変わらない空間を、首を振って見回す。幾度か視線が行き来を繰り返したころ、目の前に人が現れた。突然に。
白い髪に白い髭に白い眼球の、白いジャケットとシャツを着た老齢の男性…また白尽くしだ。はてさて…この人はどういう記憶が作用して夢に出てきたのか。
「はい、神楽雄二さんですね。元の世界の時間軸で、45歳…貴方はお亡くなりになりましたが、ご自覚はありますか?」
「…はい?」
悪い夢だ。突然現れた、一見すると面識がない男性に自分は死んでいると言われる。何かの凶兆だろうか?
どうにもぞっとしない。とりあえず考えを巡らせてみるが、有用な答えは出てこない。そもそも夢であるならそろそろ覚めてほしいが、その気配もない。
少しの思考を経て、目の前の推定人らしきものと会話してみることにする。
「…これは夢ではない?」
「ええ、違います。現実です…ある意味では。」
「では…ここは死後の世界?」
「大局な見方をすれば。厳密には、貴方が居た世界と私が管理する世界の狭間です。」
「なぜ、この空間に?」
「私の世界に貴方を送るにあたり、説明を行ったり、または要望をお伺いしたりしようかと思いまして。」
「…本当に死んだ?死の淵から生還する可能性は?」
「ありませんな。急病の発症部位が致命的で、即時対応が行われれば、万に一つはあったかもしれませんが…」
「…一人暮らしの就寝中。発見まで相応に時間を要する。つまり助かる可能性が無い状態であったと。」
「そういうことです。ご理解が早い。」
再び思考に耽るため押し黙る。先の会話でこれは現実であり、死亡は確定。この空間は彼のテリトリーであり、ここに呼ばれたのは転生のための事前確認と…転生でいいのか?
「先ほど”私の世界に送る”とおっしゃいましたが、俗に言う転生とされるもので、認識に間違いはありませんか?」
「ええ、その認識で相違ありません。皆様が好まれる異世界転生と言うものですよ。私が創造した世界に、新たな命として貴方をお送りいたします。」
成程。確かに一部が好みそうな状況だ。しかし、死後の世界に意識があるというのも新しい発見だな。生きているときとあまり変わりがない…いや、それはおかしい。違和感を覚える。
「ひとついいですか?死を迎えた、私のような命が転生するというのはよくあることですか?」
「ええ。輪廻転生とされるものです。命の種というのは新規に作成するのは結構コストがかかるのですよ。それで、すでに存在する命を再利用することで効率化を図っています。」
「わかりました…もうひとつ。私のように転生する際に、前世の意識と感覚を持った状態で貴方とやり取りを行うというのも、よくあることですか?」
「む…」
思った通りだ。白い老人は返答に窮している。もし命を再利用するというのであれば、わざわざこのような場を設ける必要が無い。機械的に右から左へ流せば済む話だ。世界を創るような存在がこのような手間を取る理由付けができない。
よって、この転生には何らかの裏がある。そう結論付けた。
あとは老人の次の言葉を待つだけだ。こういう時は、こちらからは声をかけない。沈黙と言うのが、二の句を告げるのに有用な効果をもたらすからだ。
「…少々、理由と事情がありまして…」
「お伺いしましょう?」
やはりだ。老人の口調は重く、表情も硬くなった。こういう時は、話を聞くに限る。必要な判断は、的確な状況把握により成し遂げられる。話を聞いてからでも何も問題ない。
「まず一つに、生命は理想とされる活動期間と言うのがありましてね。それに満たなかった命の種には、再利用…つまり、転生のことですが、その際に相応の便宜を図るという規定があります。」
「便宜ですか。具体的には?」
「例えば、裕福な家庭に生まれて不自由なく過ごす人生を約束されるとか、有用な能力を授けられて歴史に名を遺すとか…簡単に言えばそういうものです。」
ふむ。つまるところ、高いステータスを貰って豊かな第二の人生を歩みやすくすると。悪くない規定だと思う。一例をあげるとすれば、私のように急病で終わりを迎えた命には、次は無病息災でも約束するという感じだろう。
だが、先の理由のみでは、現在の状況を説明するには不足しているところがある。次はそれをこちらから促してみよう。
「…しかし、それだけではここに私が呼ばれた理由にはなりませんね?」
「はい。それが事情ということでして…」
ここから津々浦々と語られたのが本題だった。彼の作成した世界は、俗に言う魔法を使用できるようにして、命の種が繁栄するように様子を見ていた。ただ、魔法も科学も発達が非常に緩やかで、こちらの人類が文明を築くようになってから現代までの発展を1とするなら、半分未満の進行度しかないらしい。
そこで、私のような存在が出てくる。相応の能力を授けた上で生を受けさせることで、世界に急激な変化を発生させて栄華を極めさせようということだ。
有体に言ってしまえば、主の加護を持つ存在を世に放ってしまおうと。
その後は、中々壮大な実験農場と言ったところだな。
さて。様々な便宜を図られたうえで、新たな生を受けるというのは悪い話じゃない。だが、その恩恵を授かるには、世界を栄えさせるという使命が付いてくる。
つまりこれは責務だ。責任が生じる。
「ご事情はよくわかりました。」
「それは結構。では、次の生命での詳細を説明いたします。」
「はい…ああ、そうだ。」
「何でしょう?」
私は神楽雄二。結構良さげな国立大を卒業して、大手商社に滑り込んで20年と少しを過ごした。仕事では何故か世界中を回りに回らされて、様々な経験を積んだ。一応部長まで上り詰めたが…着任翌日に死んだがね。
「転生先の情報を聞いてから、要望をお伝えいたします。」
経験のおかげで交渉は得意だ。
必要な判断は、的確な状況把握によって。先ほど言ったよね?
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