魔法教育の始まり
数学書のあれこれからしばらく経つ。まあ、大変だった。その後が。
なにせ、王宮の算術家が揃って私に面会を求めてきたのだ。算術に一門の能力ありとみられて、その見識を垣間見ようという魂胆だ。
まだ3歳という年齢と、お披露目もしていないというので王宮が全て撥ね退けたのはありがたかった。
それに、知識は見放題使い放題で、編纂できるだけの能力があるとはいえ専門と言うわけではない。専門家の熱意についていける自信はない。
なので、弾除けとして手の空いているときに中学数学と高校数学の内容をまとめている。それが一番楽だからな。適当なところで差し出そう。今度は父か宰相あたり経由でね…
大学数学は…一応経済学部だったので統計とかやったけど…コメントは差し控えることにする。良い記憶じゃない。必要になったら能力で補う。うん。
まあ、忙しい日々は置いといて、だ。
何だかんだで4歳になり、今日から新しい教育が始まる。
それは…魔法。やっと来た!異世界と言えば魔法!火や水や風やなんたらを巻き起こす秘儀!
その様相は全く想像がつかないが、森羅万象を意のままにできるようで心が躍る。
「初めまして、王女殿下。ララー・マーシャルと申します。王国魔法士団所属です。これからどうぞよろしくお願いいたします。」
栗毛で丸顔の大きな目を持つ可愛らしい女性。彼女が魔法の教師役となる。私はそれに笑顔を向ける。期待の発露だ。
そんな私に、ララーはこう言い始めた。
「では、魔法の教育ですが…魔法に必要な物は何かご存知ですか?」
「えーと、たしか信仰が必要って聞いたわ。」
「そうです!魔法とは、この世界を創りし創造主のお力をお借りします。そのためには、主を崇め奉る精神が必要となります。というわけで…」
ララーが私が座る卓上に、一冊の本を取り出した。
「…これは?」
「主の創世記…エデア教の聖書です。まずはこれを読み解きましょう。」
「…あれ?なんか魔法の使い方とかを学ぶんじゃ…?」
「ええ。信仰の体系をまず学ぶことで、魔法の発動を理論的に感じ取れるようにします。これが最初の授業です。」
…信仰を学ぶことで理論的に?すでに理論的じゃない気がするけど大丈夫だろうか?
私は信仰は否定しない。ただ、未知なる力の見えざる手というのも…あまり信じていなかった。前世で40年以上、ざっくりとした不可知論者生活を送ってきたせいか、すんなりと受け入れろと言われると簡単にはいかない。
いや、会ってしまっているから存在は疑いようもないが…大分俗物のような雰囲気を纏っていたので、敬える対象かと言われると…という感情もある。
そんな心情をよそに、授業は始まった。初日は聖書の読み込みで終わった。
△△△
授業2日目。初日は座学で終わったものの、今日から実学である。
場所も移動して、王宮敷地内にある魔法士団の野外訓練場だ。
聖書の内容に関してだが…まあ、前世で目にしたマタイやヨブあたりの書物と相違はなかった。そもそもあの手の書物は、起承転結がちゃんと練られたものではなく、数百の小咄や伝聞が連なる形式で読み辛いことこの上ない。なので、途中から要点だけをかいつまんで何が言いたいかをざっくり理解することに集中した。
その結果…信仰と魔法の発動に因果関係があると思えなかった…とだけ、言っておこう。いや本当に。
なにはともあれ。この不安は実学で払しょくするとしよう。
教師役のララーは、今日は動きやすい軽めのローブに身を包んでいる。私も簡易的な服装だ。
「さて…今日から実際に魔法を使っていきます。信仰に対する理解は大丈夫ですか?」
「はい…聖書はおおむね理解しました。」
「いいですね!では…」
ララーは腰元に着けていた杖を取り出して掲げた。
「魔法に重要なのは信仰、そしてそれを励起する意志です。しっかりと精神を保ち、唱えます…”主の力を顕現せん、水を我が元に”」
ララーがいわゆる詠唱をすると、その杖先にこぶし大の水が現れた。素直に感嘆する。なにせ何もないところから水球が出現するのだ。
「おぉ…水ですね…すごい…」
「ありがとうございます。ちなみに、水を操るのは魔法の基本なのですよ。」
「基本?」
「ええ。水は生命にとって重要ですから扱えると有用ですし、水を出した後は火を扱いにくくなります。」
水を出した後は火が扱いにくく?至極単純に考えれば、濡れるから?
うん、合点がいかない。なにせ、今目の前で何もない空間から水が生成されたのだ。そんな技術が、濡れる濡れないの影響を受けるのだろうか?
「ちなみに、今出した水を消すにはどうするのですか?」
「消えることを念じながら、意識を外してくださいね。」
そう言いながら、ララーは杖を軽く振る。水は消えた。
全く持って説明のしがたい技術だ。果たして私は使えるのだろうか?いや、使えるはずだ。なにせ、転生時にあらゆる技能に特効を付けてもらっている。それは魔法も例外ではない。
「では、次は殿下の番です。私と同じように成句を唱えて意識を集中してください。」
「はい…………”主の力を顕現せん、水を我が元に”」
詠唱を唱えると手元に何か感触が生まれるそれが徐々に大きくなって……なにも起きなかった。えっ?
私は憮然とした表情になった。ララーはそれに微笑しながら答える。
「あぁ、私と同じことをしようとしましたね?それは難しいです。最初は指先程度の範囲を目標にするといいですよ。」
それなら最初に言って欲しい。軽い赤っ恥だ。
その後も詠唱と発動の練習を繰り返すが…あまり成果は出なかった。
「…何かやり方が間違っているのかしら…」
「いえいえ。最初の発動は誰しもこんなものです。人によっては、1年は発動まで要することもあります。」
「1年」
少し衝撃を受けた。せっかく前の世界にはなかった夢のような技術、魔法を使えると聞いたのに、その制御には途方もない訓練が必要…らしい。
…いやいやいや。もっと効率的な方法があるはずだ。
そこで一計を案じる。まあ、こういう場合、よくあるのが…水を科学的に思い浮かべるって方法だ。H2Oという水素と酸素の化合物というやつ。それがたくさん集まって、私たちが水と認識しているものがある…科学的というには少し乱暴かな?
まあ、主のお導きだのなんだかんだと観念的に頭を使うよりかは、ずっと具体的なはずだ。ともあれ、それでやってみよう…手を前に出して、指を立てる。そして、その先に意識を集中して…
「…”水よ”」
先ほどとは比べ物にならないほどの力の集まりを感じて、それが指先に。そして、ピンポール大の水球が出現した。成功だ。
「…えっ?もうできた?しかも成句を短縮してる…えっ?」
ララーは驚嘆している。予想外に早い習得と、熟練者でしかできない詠唱の短縮と言うお決まりな展開を目の当たりにしたせいだ。人から一目置かれるというのは気分が良い。
「うん…やっぱり。考え方を変えたらできました。もっと練習してみます。」
「考え方を…変えた…?」
私の言葉にララーはまだ合点がいかないという感じだ。
そちらは傍らに置いといて、私の魔法練習を始めよう。
と言っても、水の出し入れを繰り返すだけだ。そのうち、詠唱も面倒くさくなってしなくなった。ララーはさらに呆気に取られていたが…後にしよう。
徐々に魔法を使う事に楽しさを覚える。出せるのは水だけだが、その形を自在に変えながら、魔法の使い方を体になじませる。興に乗ってきた私は、自分の体躯と変わらないほどの大きさの水球を出した。それを自分の頭上斜め上に掲げる。そこで…
「あれっ?」
ふっと意識が遠のき、後ろに倒れた。そのまま頭を打つかと思ったが、間一髪、ララーが私の体の下に手を入れて支えとなってくれた。
「王女様!申し訳ありません、魔力切れの説明をしておりませんでした!!」
「…魔力切れ?」
ララーは説明する。人には一度に使える魔力に上限が存在し、それを超えた魔法を行使すると失神のような意識消失を起こすらしい。先の私がまさにそれだ。
まさか、昨日の今日に魔法を学び始めた幼子が、魔力切れを起こすほどの魔法を使いだすとも思わなかったので、説明していなかったという。それは仕方ないな。
「今日の授業はここまでにしましょう。王女殿下は魔法に一門の才を持ち合わせていると確信しました。次からはより発展的に魔法を学びましょう。」
「ええ…わかりました。」
と言う形で、初めての魔法を使う1日は終わった。
さて、ある程度魔法に関しての認識が溜まってきたので、復習がてら纏めてみましょうか…
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