マーク3世の苦心は終わらない

やあ…国王だよ。早速だが愚痴らせてくれるかい?


私はもう疲れたよ。


本来であれば、可愛い愛娘が誰もが舌を巻く才媛を持っていることは喜ぶべきかもしれない。それが例え、文官が意見を二分して騒動になろうとも、宗教の在り方を問うことになって外交問題の火種になりそうとも…一門の人というものは、そういう波乱を巻き起こす可能性があるというのは、理解ができる。


だが、今回は流石に許容範囲を超えた。大幅に。


私の見地では説明のつけられない現象、そして娘の”英知授与”発言。


フランには、まずはその英知を手に取れる形にまとめたいというので、今日の予定は全てそちらに注力するようにした。この世界を創りたもうた主が授けたというだけあり、その知識はかなりわかりやすいうえに具体的らしい。


そして、あの場に集まり英知授与の現象を目撃した者たちには、他言無用を厳命した…まあ、守られる可能性は低いがね。人の口に戸は立てられぬ。


あとは私だが…手に余る案件であることには違いないので、生贄…もとい、相談役として宰相に伝令を出した。この件が今後どう推移するか…切れ者の意見は重要なのだ。


朝食も取らず、私は執務室で宰相を待つ。そして速足な足音と共に、戸が開かれた。


「陛下、お待たせしました。」

「いや。こちらこそ悪いな、早朝に。」

「いえいえ。なにか問題が?」

「うむ…問題と言えば問題だな…あとは何が出てくるかというのも…」

「はぁ…?」


私の煮え切らない返答に、宰相は疑問を隠さない表情を浮かべる。それは致し方ない。


そこで、私は日の出頃に起きたことを説明した。光が渦巻く幻想的な現象に、その渦中にいた娘。現象の消滅と共に目を覚ました娘が、英知を授けられたという話…


要点だけかいつまんでも、起き抜けに見た訳も分からぬ夜夢のような様相だが、あいにく私を含めた十数人の目撃者がいる現実だ。


説明の間、表情をほとんど変えない宰相だったが、話し終えると思案顔で少しの間黙り込んだ。そして、いくつかの質問をゆっくりと投げかけてきた。


「…陛下。王女殿下が授けられた英知ですが、その内容はお聞きになりましたか?」

「簡単にな。どうやら、肥料に関する知識らしい。授けられた知識が正しく、そして活用できれば、農産物の収穫量は大幅に増えると。」

「なるほど…現象に関してはどうです?魔法の残気などは?」

「私もできる範囲で感じ取ったが…魔法らしきものはなかった。そもそも、光を放つ魔法は、今まで存在を聞いたこともない。」

「そうですね…」


そしてまた宰相は思考に耽る。


私も独自に考えないわけではないが、独断専行と言った行動に走るよりは、一人でも多くの見識を蓄えた方がいいと考える。


そして、彼の頭はこういう時に切れるのだ。それを期待している。

しばらくして、考えがまとまったようだ。宰相は話し始める。


「…陛下。まず最初に、語弊を恐れず意見を述べたいのですが、よろしいでしょうか?」

「構わぬ。忌憚のない発言を期待する。」

「では…まず今回の出来事で、考えらえる可能性は二つ。”真実”か、”狂言”です。」

「ほう?」

「はい。まず真実の場合ですが、これはまごうことなき主の奇跡が起こったということです。実に喜ばしい。」

「…で、もう一つは?」

「狂言の場合ですが、王女殿下が何らかの思惑で奇跡を演出したという話です。」

「つまり、光の渦もフランの手によるものと。しかし、魔法の痕跡はなかったぞ?」

「ええ、それですが…”並みの人物であれば”、それで正しいのです。しかし、王女殿下は魔法の新理論を考えた才媛です。」

「…私たちの見地が及ばない魔法…その可能性は、高くないが無くはない。」


私は深く溜息をついた。娘があの奇跡を演出した。全く考えなかったわけではないが、すぐに思考の選択肢から消したものだ。だが、宰相は決してあり得ない話ではないと考えている。


「さて、狂言の場合ですが、重要なのはその目的です。私は、王女が知識を披露するために演出したと考えます。」

「…授けられた英知か?」

「はい。恐らくは、主から授けられたという演出を与えないといけない理由がある…」

「知識がそれだけ膨大で、尚且つ我々の常識から外れている?」

「はい。そのような知識は、披露してもすんなりと私達が受け入れられないでしょう。」


思わず天を見上げてしまった。前提が魔法の異才であるというものだが、それができるとすれば、その予想は筋が通っている。

そうなると問題は、今フランがまとめているであろう英知をどう扱うかだ。


「問題ありません。その英知を見てから判断しましょう。」

「いいのか?」

「ええ。この騒動が真実にしろ、狂言にしろ。英知が真実であることは変わりません。よって、有用である可能性は極めて高いかと。」

「うーん…」


宰相の言う通りだ。本当に奇跡なら、虚偽の見識など授けられない。狂言だとするなら、これだけの騒動を起こす価値をフランが感じている何かがあるということ。


何が出てくるかわからないが、見てから判断しても何も問題が無いということだ。

それは素直に嬉しい。やはり私も親だ。愛しい我が子が功績を上げることに、何も感慨が無いと言えばうそになる。


それが王国に寄与してくれるならなおさらだ。そして少し気が楽になる。

しかし、宰相はある問題を指摘してきた。


「…今回の騒動で問題があるとすれば、奇跡が起こったということです。」

「うん?」

「奇跡が起こったという事実。それの目撃者はどれだけいらっしゃいますか?」

「それは…側仕えの侍従に近衛に…ああ、騎士団もいたな。」

「それだけいれば、明日には噂は王宮中に広まります。」

「そうだな?」

「…この世界で、”奇跡”というものを一番欲しているのは?」

「………法国か。伝わるか?」

「はい、ほぼ確実に。王宮に務める貴族家出身者は、三分の一は法国に伝手がございますから。」


私は再び天を仰いだ。この先起こることが予見できてしまったからだ。

念のため、その予想を確認してみることにする。


「その…法国は出張ってくるか?」

「可能性は格段に上がりました。奇跡を授けられたか、演出できたか。どちらの場合でも処遇に介入したくなるでしょう。それだけの逸材が王女殿下です。」

「だよなぁ…」


魔法の新理論の反応もまだろくに見ていない。その状況で、奇跡を起こしたという情報が伝われば?確実に取りに来る。下手すれば枢機卿あたりに聖女候補として召し上げられてしまう。


結局のところ、騒動は新たな問題を増やしたという事実だけが残った。

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