王国の今を知る

執務室を静寂が包む。ちょっと疑問に思ったことを聞こうと思っただけなのになぁ…


私が態度を考えていると、最初に父が発言してくれた。


「…フランは、先ほどの会話が理解できたのかい?」

「え?…はい。農地の収穫量を記した報告書をもとにお話しされてましたね?収穫量は増えたようですね。それに、四圃式栽培法という農法と思われるものや、土壌改善の施策を行っていることも理解できました。」


私は、質問が子供の戯言ではないことを示すために。先の会話が理解できていることを端的に述べた。さあ、質問に答えて…


え?なんで黙るの?しかも宰相と顔を見合わせちゃってる。なんなのこれ?


しばらくして。父と宰相は無言で意図をやり取りしたようで、宰相の小さな頷きをもって、父が姿勢を正した。そのまま質問に答えてくれるらしい。そんなに気を入れるものかな…?


「うん、じゃあ…四圃栽培法だったね。これは、同じ農地で4つの作物を植え替えながら栽培する方法だよ。この農法の利点は…」

「…休耕地を設けないことで生産量が増える?」

「…えっ?」

「もしかして、栽培する作物のうち2つは、家畜の飼料になる作物ですか?」

「…そ、そうだよ…」

「すごい!!この農法、どうやって確立したんですか!?」

「えっ?えーと…宰相?」

「はい。始まりは先々代の国王に遡ります。大飢饉以降、地域ごとで統一性に欠けていた農業を集約することから始めました。」


宰相は説明を始める。


かつての地球。その農法の移り変わりは、社会の安定を元にしてやっと訪れた。耕地を入れ替え、作付けと休耕を繰り返す二圃制に始まり、耕地を三区分して春と秋に作付け、そして休耕地で家畜を放牧し、その糞尿で地味を改良する三圃制。三圃制が成立してから、かなりの年月をかけて、人の数と土地分配が変化していく。そして休耕地を設けないフランドル農法、そしてノーフォーク栽培法、輪裁式栽培法が登場することで、近代農業はその礎を築いた。


一方で、この国の農業は…

大飢饉以降の立て直しに本格的に取り組み始めたのは、先々代の国王からだ。彼はまず、王国中で農業がどうやって営まれているかを一斉に調べた。同時に、収穫量の絶対的な集計を開始した。結果、ある一部の諸侯農地で、三圃式農業を行い、生産高が多いことが判明した。当時の王政は号令を出して、全国の農法を三圃式農業へ一斉に転換させる。それに即した土地分配法も整備したほどだ。


この成果は、10年単位の時を経て結果を出し始めた。新しい農法は効果があったのだ。それを見た王国は、次なる一手を考えた。さらに収穫量の多い農法を。そこで、経験豊富な農夫を王家直轄領の農地で雇用し、農法の研究に従事させ始めた。


農法の研究は、次の国王、つまり先代国王が即位した直後に成果を出した。それが休耕地を設けず、豆や根菜を育てる方法だ。これは順次王家直轄領の農地から広まっていく。ここから王国の食糧生産高は力強い上昇基調となった。さらに、飼料の生産も増えて畜産が盛んになり、堆肥の効果が認められたのもこの頃だ。


そして、農法の研究はさらに進み、先代の後期になってさらに発展的な農法である四圃栽培法を編み出した。これも直轄領で成果を出したのち、当代の国王になって全国への普及を促している。


ざっと説明するとこんな形だが、一言で言えば奇跡としか言いようがない。


なにせ、前の世界で知っている800年ほどかけた農地変遷とその改革を、この国では100年足らずで行っているのだ。しかも成果を出している。


「生産高を上昇させる栽培法…それを可能にする農地王令…さらに増加した畜産を利用した堆肥生産の事業化…なんと先進的か…」

「えーと、フラン?」

「これは革命です!!」


私は思わず天に腕を突き上げた。新たに生を受けた国が想像よりはるかに賢く聡かったのだから当然だ。


この国は、今、農業と言う人類が行う行為の革命の始まりにいる。後世の歴史家は、この出来事を必ず書き記すはずだ。なにせこの先に待っているのは、労働者で消費者である人口の増加、そしてそれに伴う社会の発展、そして産業革命へ…


文明が加速度的に発達していく可能性を大いに秘めている。


「父上、この施策はこの上なく重要です!食が富めば人が増え、人が増えればさらなる労働力が増え、労働力が増えれば社会が変わります。この国はより良くなっていくのです!!」

「え?あ、うん、そうだね…」


あぁ、この世に生まれて早5年。突然の転生には度肝を抜かされたものの、予想以上に楽しい人生となりそうで心が躍る。


そうとなれば、私の身の振り方も大いに検討しなければならない。特に知識と能力は率先して提供していこう。


そこで思案を始めてみたが、部屋の雰囲気がおかしいことに気付いた。


「…あれ?皆様どうしたのですか?」

「い、いや…フランこそ、大丈夫かい?」

「ええ!非常に興味深い話でした!」

「そ、そうか…」


父上も宰相も、なぜ私に戸惑いを隠さない視線を向けるのだろう?

そう思って隣の兄上ジークを見る。私と父たちとのやり取りを、微笑みながら見ていたようだ。ただ、私に一言あるらしい。


「…フラン。僕には話していることがあまりわからないけど…うれしいことがあったみたいだね?」

「はい!それはもう!」

「うん、それはよかったね。でも、喜びすぎて父上たちのお仕事を邪魔してはいけないよ?」

「…あっ。」


そうか。私がやらかしていたのか。思わぬ革新さに度肝を抜かれたせいだ。

私は一言、礼と詫びを短く言う。そして、おとなしくカウチに座りなおすのだった。


あとは静かにしつつ、この先の方策を練ろうかな…

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