神の眼は隠したい

「まずは、骨粉製造所稼働を目標とします。薬剤で処理した骨粉…処理骨粉に関しては、金創士の協力が仰げるかどうかで、要検討、と。」


私は黒板に今までの議論推移を書き記した。ちなみに、黒板の上のほうには届かないので、お立ち台に上っている。


「さて。一先ずは必要な元素のひとつ、リンの目途が付きました。次はカリウムです。」


私が冊子の頁をめくると、部屋で冊子を持つ人もそれに続く。


「カリウムを入手する方法ですが…まず簡単なものとしては、植物を燃やした灰を使う方法です。灰に水を入れ、その上澄みを煮詰めると入手できます。」


黒板にカリウムの入手法を書き記していく。まず示したのは、初歩的なやり方だ。


「では、これも工房を立ち上げるか?」

「いえ。この方法は推奨しません。」

「おや?なぜでしょう?」

「資源である森林が確実に足りなくなります。」


私は黒板に書いた、植物からカリウムを入手する方法にバツ印をつけた。

この方法は実に簡単だ。しかし、燃やす植物の絶対量が問題になる。王国は相応に広く、そのすべての農地にいきわたるだけの肥料に必要なカリウムはかなりの量になる。それを王国内の森林だけで補うのは恐らく不可能だろう。


「…では、どうする?」

「新たなカリウムの供給源を見つけましょう。カリウムは鉱物としても産出します。」

「鉱物?」

「はい。特徴は冊子にまとめました。」


黒板に新たな供給源として、カリウムの鉱物、カリ岩塩のことを書いた。

草木灰から生成していたカリウムの代わりとなったのは、岩塩層から算出するカリ岩塩だ。これにより、森林を消費するものから鉱物を採取する形に変化した。


「叩くと粉を出さずに凹む、苦みが強い塩…これはもしや?」

「廃物塩のことですな。」


父と宰相はその特徴に心当たりがあった。それもそのはず。この国では岩塩と塩が産出する。つまり、カリ岩塩も採取できる可能性が高いのだ。


カリ岩塩の主成分である塩化カリウムは、その特徴から通常の塩ではない外れ扱いされる。その報告が上がっていれば、両名のように思い当たりがあるというわけ。

その目論見は成功したようだ。


「すでに当てがあるのなら話は早いです。あとは鉱物を集め、処理場を作りカリウムを生産するだけです。その図は次頁にあります。」


全員が冊子をめくる。そして…溜息が出た。


「こ、この図はなんだ…?」

「鉱物からカリウムを精製する工程です。これに即した装置を作ります。」

「…こういったものは、初めて見ますな。」


ここに記した工程図。そしてその装置概略。それはこの世界に存在しない、工場というものそのものだった。家内制手工業さえも定着しているかどうかというこの世では、あまりにも想像しがたい代物だろう。


だが、今後を考えると必要なのだ。このブレイクスルーは。


「この装置を完成させるには、鍛冶師に木工師に大工、それに魔法士の協力が不可欠でしょう。提案者からこういうのもあれですが、前代未聞の大事業となります。」

「…試験地の造成だけでも骨だな。」


父は眉間を抑えて苦悶の顔をする。ただ、ここは耐えてもらうしかない。

ここで宰相が手を上げて質問を求めた。私はそれに応える。


「王女殿下、一つよろしいですかな?カリウムの原料となる鉱物ですが、その選定はどのように?」

「選別の英知も授かりました。私が行ってもよろしいでしょうか?」


私はそう言うと、父に視線を向けた。宰相も顔を向ける。父はそれに深いため息をついていた。


「…検討する。正直なところでは、まだフランを表に出したくはないがな。」

「よろしくお願いします。」


私は父に小さく礼をする。

さて、選別の英知とは言ったものの、実際に使うのは神の眼だ。色々考えたが、今現在ではこの能力を隠しておこうと決めた。


手札はしっかりと持っておく。無駄遣いしない。重要な戦略だ。


だが、ちょっと考えてみる。今回のような大事を引き起こし、王国始まって以来の大事業をぶち上げようとするこの行動。重要な部分は私が英知を授けられたことになっているため…全部自分に返ってこないか?


…今は深く考えるのをやめよう。前世ではそれなりに事業やプロジェクトに関わってきたんだ。今回もなんとかなるさ。楽観論で乗り切ろう。


さて、カリウムも目途はついた。あとは最後の窒素だ。

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