ノエル・エリクシルの驚愕
私はノエル。エリクシル男爵家の長男だ。今は王宮で文官として働いている。担当は経理を含めた算術全般。言ってみれば、算術士だ。
さて、今の時間だが…夜明けだ。私は、今、ある書物を読みふける事に熱中している。
これは妹であるナノが持ってきた。ある人が記したため、その内容を専門家に判断してほしいとのことだった。
”新説数学”、”幼年算術”…新説数学では、現在の世界で使用されているものとは違う、全く新しい数字を提唱。それを用いた算術と、発展的な利用法を記している。片や幼年算術では、新しい数字を元にして、理解しやすさに特化して、それこそ幼年でも計算ができることを目的としている。
私はその本を昨夜手渡され、寝る前に読み始めた。徐々にその有用性に引き込まれる。私は計算を記すときに使う黒板に向かい、新説数学の記すとおりに新しい数字を書き、それを用いて計算を行っていた。
解ける。解けるぞ…なんだこの数字は。
桁が変わる時に表記がほとんど変わらない。それに桁数が増えても煩雑にならない。筆算の考え方は理論的で、ずっと使いやすい。
そして何よりも大きいのは、”0”という数字。これは大発明だ。
何もないことを記す数字の存在が、ここまで有用だとは思わなかった。なぜ誰もこれを思いつかなかったのか、理解に苦しむほどだ。
私は夜更けから夜明けまでの数刻の間で、この新しい数字の虜になった。
「…歴史が変わる。これは革命だ。」
そうつぶやいた私は、窓の外を見やる。この白む朝が、まるでこれからの算術を暗示しているようだ。
私はこの書物を広めなければならない。まずは王宮の算術家たちだ。
△△△△△△
「と言ったのが、概要だ。」
私は不眠で王宮に出向いた。職場であるから、仕事のためでもある。だが、今日課せられた仕事は特急で片付けてしまい、手の空いた算術家を集めて、あの本の内容を教え始めた。今日の私の最大の目標だ。
概ね説明を終えたところで、集まっていた算術家たちを見やる。3割ほどは合点がいかない顔をしていたが、残りの半分は教えられた計算法を頭の中で反芻している。もう半分は、すでにそれを終えてこの有用性をはっきりと認識していた。
有用性を認識しているであろう一人が、私の傍に近づいてきた。
「…本当に計算が簡単になったのか?例えば23×33だとどうなる?」
「それなら、こうだ。」
私は習得した筆算を早速使用して、黒板に計算を行う。すぐに答えは出た。
「…確かに簡単だ。」
「だろう?桁が少ないなら、黒板に書く必要もない。これを頭の中に思い浮かべればいい。」
「…算盤は?」
「いらない。私がこの説明を始めてから使ったか?」
「…いや。」
近づいてきたヤツは、口に手を当てながら思案顔になり、私が持ってきた数学書を読み始めた。
そこにまた一人近づく。彼は大きな桁数の表記に興奮していた。
「…100がこれで、1000がこれ…10000がこれ…」
「ああ。桁を増やしたいなら、適当な数字を後に着けるだけだ。」
「算術版がいらない…」
男は呟いて思考の海にまた潜る。しばらく経つと、思案を続けていた者や合点がいっていない者も、有用性に気付き始めた。
それを確認した私は、彼らに向き直ってこう言った。
「この新しい数字と計算。これが広がることで、算術は算盤もいらず、身分も問わずに使える技術となる!これを広めるべきではないか!?」
部屋は騒然とした雰囲気に包まれた。
私はここから新しい数字と算術が広まると思ったが…その後は順調とは言えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます