第13話 最高にスリリングな生き様

 アルルが後ろの車輌へと飛び移ると、白装束たちも彼女を追いかけて後方車輌へと移動してゆく。伯爵も杖を突きながら彼らの後に続き、この車輌を後にした。


 この機関部に残されたのは私と、そしてドリュアスの心臓だけ。あれだけ騒がしかったのに、今やもう誰もいなくなってしまった。


 私はいったいどうすればいいのだろうか。流石にそろそろ魔導マナの消耗が激しくなってきたころだし、やめても平気なのだろうか。


 自身のすべきことに悩んでいると、突如開いた天井から誰かが車輌に入ってくる。

 古風なローブに禍々しい杖。その姿は紛れもなくジャンヌだった。


「マジで消えてるじゃん……ねぇ! あんた、いるんでしょ? もういいから出てきて」


 ジャンヌは周囲を見渡して、私を捜している。アルルの言いつけもあるからどうしようかと少しだけ迷ったが、ジャンヌの言葉を信用し能力スキルを止めて彼女の前に姿を現すことにした。


「ジャンヌさん、どうしてここに?」

「うわっ! 何だ、そこにいたの……マジビビるからいるなら返事してよ」

「あっ、はい。すいません……」


 配慮が足りてなくて怒られてしまった。もう少し気をつけなければと反省する。


「いや、どうしてここに? それにアルルさんまで」

「アタシらは予告状の通りに盗みに来ただけ。別に、それ以上でもそれ以下でもないし。そしてアタシはこの魔導列車トレインの制御を奪いにきた」


 あまりに大胆な告白に私は驚いた。


「できるのですか!? そんなこと」

「舐めないで。これだって魔導マナで動いてるんだから、アタシにできない道理はない」


 ジャンヌは堂々とそう言って、姿が見えるようになったドリュアスの心臓へと両手をかざした。すると、すぐさまドリュアスの心臓は眩い光を放ち、車輌全体が大きな揺れに見舞われた。


「よし、あとはこの辺に……! あぁ、これか」


 しかし、ジャンヌは気にせず壁際に備え付けられたよく分からない機械を触り始めた。すると、揺れは治まって列車は何事もなかったかのように走り続ける。


「とりま、これでよし」

「もうできたんですか?」

「当たり前じゃん。アタシを誰だと思ってんの?」


 言葉の端からものすごい自信が伝わってくる。しかしながら、言葉負けせずにジャンヌは請け負った全てのことを難なくやってみせている。この人もこの人で何者なのだろうか。


 ジャンヌはカラフルな爪で難しそうな機械を忙しなく操作していたが、いつのまにかにやめていた。彼女は機械のもとを後にして、この車輌から出ていこうとする。


「どこへ行かれるのですか?」

「決まってんじゃん。アルルのところで仕事の仕上げ」


 ジャンヌの口からアルルの名前が出てきたところで、私は今の彼女の境遇を思い出した。


「そうだ! アルルさん、伯爵たちに追いかけられていて」

「知ってる。だってそういう手筈だし。てか、これから大事な大詰めだからあんたと喋ってる暇ないんだけど」


 大詰め、つまりアルルの盗みのクライマックスということだ。


「なら、私も行きます!」

「いや、邪魔になりそうだし、別に来なくていいから。それに、ここの方がよっぽど安全なのに、何で来たいとか言い出すわけ?」

「だって、アルルさんに言われましたから。『私の盗み、特等席で見てて』って」


 ジャンヌは何とも言えない表情をする。そんな顔を何て呼べばいいのか分からないが、そこにはいろんな感情が混ざり合っている。


「もう……アルルのバカ」


 ジャンヌは小さな声で呟いた。

 そして、


「分かった。でも、邪魔にだけはならないでよ」


 渋々ながら首を縦に振ってくれたのだった。


 ジャンヌは地面に向かって杖を振ると、助走もなく車輌の屋根まで飛び上がる。あまりの唐突さに驚いてしまったが、私も遅れまいと壁を利用しながら屋根に上がった。


 遥か後方の車輌に、屋根伝いで移動するアルルの姿が見えた。ジャンヌと私も彼女と同じように屋根の上を走り、その後を追う。

 少しするとアルルは屋根から降り、車輌の中を移動し始めた。彼女が車輌に降りた途端、魔導銃マスケットを撃つ音が絶え間なく聞こえくる。


 その勢いは相当激しい。つい、アルルのことが心配になってしまう。


「アルルさん、大丈夫でしょうか?」

「愚問」

「えっ?」

「この程度なら、心配するだけ損だから」


 ジャンヌはアルルがピンチだというのに眉ひとつ動かさない。


 しかし、その言葉の通り、アルルは無事に逃げられているようで、争いの気配は徐々に後方の車輌へと移ってゆく。


 逃げるアルルを追う伯爵と白装束、その後に続く私たち。アルルをめぐる奇妙な追跡劇はついに佳境に差し掛かる。アルルと伯爵たちの銃撃戦が後方の客車にたどり着いたのだ。


 白装束たちが貨物車輌に乗り移っていく。貨物車輌に逃げ込んだアルルを追っているのだ。貨物区画の後ろに車輌は続かず、完全な行き止まり。そこにもう逃げ場はない。


 貨物車輌は他の客車より大きくできている。しかし、十余名の白装束たちが乗り込めばかなり窮屈だろう。それに、あそこには危険石のパイロープガーネットや武器が満載されている。下手に魔導を使えば、即大爆発してしまうだろう。そんな中で、伯爵たち相手に立ち回るなんてできるのだろうか。


「アタシもそろそろ準備しよ。形状変化モードチェンジ対物質魔導杖アンチ・マーテリア】!」


 貨物車輌からやや離れた客車の上で、ジャンヌは呪文を唱え、自らの杖の形状を魔導銃マスケットの形へと変化させる。その形は昨日馬車の中で見たのと同じだ。しかし、今日は杖本体が赤い光を放っていた。そして、彼女のブロンドの髪の毛もまた、燃えるような赤色に染まっている。


 ジャンヌは腹這いになって杖を構えると、自分の左耳に触れた。彼女の耳には私の耳にあるのと同じ魔導の耳飾りが着けられていた。


『アルル、こっちはいつでも大丈夫』

『そりゃ助かる』


 私とアルルがそうであったように、ジャンヌもまた離れたアルルと会話ができていた。しかも、それは私にも聞こえてくる。


魔導列車トレインの方は?』

『アタシの魔導マナで掌握済み』

『流石、ジャンヌ。頼りになるな』

『ありがと……うれしい。ねぇ、もっと褒めて?』


 耳飾りから、驚くほど甘く可愛げのあるジャンヌの声が聞こえてきた。彼女が私に向けるのは棘のある口調だけだから、こんな声を出すだなんて想像できなかった。それに横目でチラリとジャンヌの顔を見ると、ツンとしていたその表情が柔らかに弛んでいた。


『続きは帰ったらしてあげる。だから、よろしく頼む』

『うん』


 ジャンヌは返事すると杖のレバーを強く引いた。その表情は既にグッと引き締まっており、刃物のように鋭い瞳で杖に付いた望遠筒スコープを覗き込んでいる。


『あとはアルル次第』

『任せなさい!』


 アルルが自信満々に答えると、車輌の中で何かが弾ける音がして、その音に続き車輌の窓や通風口から激しく白煙が立ち昇り始めた。アルルが屋敷で使った魔導具だろう。


 もくもく。煙が出続ける貨物車輌の窓から黒い影がするりと飛び出し、曲芸じみた身のこなしでくるりと屋根の上に降り立った。そんなことができるのは、あの人しかいない。


「アルルさん!」


 彼女が無傷であることに安堵し、怪盗の活躍する姿を見れて心が嬉しくなってしまう。しかし、そんな私をジャンヌは諌めた。


「アルルの邪魔しないでって言ったよね」


 冷たく暗く、低い声。決して荒らげているわけではない。しかし、私は直感的に命の危機を感じて、一歩身を引きジャンヌの後ろで体勢を低くする。


『固いこと言わないの、ジャンヌ』

『でも、この女は……』

『せっかく見に来てくれたのなら、私は楽しんでもらいたいの。最高にスリリングなこの仕事を』


 アルルは振り向いてこちらを見ると、私たち向かって手を振りだした。


「やっほー」


 敵のど真ん中で場違いなくらい楽しげな声を出すアルルを見て、ジャンヌは苦虫を噛み潰したような顔をする。


『怪盗アルルの生き様、しっかり見てて』


 その真剣な言葉は耳飾りを通じて伝わってきた。どうせなら直接伝えてほしいと、少し思ってしまう。しかし、そこには彼女の息づかいや気迫、熱意の滾りがこれでもかとこもっていた。


 ──私には分かる。アルルの心は燃えている。


 アルルの盗みを、その魂の輝きを、全てこの眼に焼きつけるべく、私は姿を消して息を顰める。


 夜の荒野に怪盗が一人。その手の中のヴァルサーは月明かりを受けてギラリと輝いた。


「さぁ、ショータイムだ」

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